9.取り戻すために

「レオさんとは久しぶりだね。あのときは正直、あんまり警戒してなかったんだよなあ。サフィアももう少し情報共有してくれたら良かったのに」

「はは、ごめんね。勇者の力が発現しなければ、そっとしておくべきだと思ってたから」


 どうやらナギちゃんとサフィアくんは、それなりに親しい間柄のようだ。彼女もまた、ダンさんに協力する側の人間だったということか。

 それならば合点がいく。彼女の話はいつだって、世界の隠された秘密に触れるようなものだったから。実際に彼女は知っていたのだ。そしてそれを、さりげなく僕に仄めかしていたのだろう。

 しかし、ウィーンズがナギちゃんだったとは……恐れ入った。


「カッコいいでしょ。どっちかっていうとこの格好の方が気に入ってるんだ」

「はは……うん、カッコいいよ」

「む……素直だね」


 純粋に褒められるとかえって照れてしまう、いつものナギちゃんだ。

 別れたのは一週間ちょっと前だったはずだけれど、その照れた顔が懐かしかった。


「おいおい……ウィーンズと言えば、それなりに名の知られた盗賊団だったはずだぞ。まさかナギちゃんが盗賊団に所属してるなんて……」

「違うよレオさん。所属じゃなくて、ボクが団長なんだ」

「……はあ?」


 あまりのカミングアウトに、流石のレオさんも開いた口が塞がらないようだ。


「ただの盗賊団じゃないんだね?」

「グランドブリッジで遭遇したときにちらっと言ったかな。オーパーツを回収してるって」

「ああ……じゃあ君は、地球から流れてきた物を秘密裡に回収するお仕事をしてきたってことなんだ」

「当たり。二つの世界の関係性が知られたり、或いはこの世界に有り得ない技術が生まれてしまったりしないようにお仕事してきたわけさ」


 ギルドの仕事と盗賊団の仕事。その二つを彼女は同時にこなしてきたのだ。ますます恐れ入る。

 彼女はとんでもなく凄い子だったんだな……。


「リューズにいたとき、ナギちゃんは養子だってことは聞いてたし、どうも生みの親の関係者と会ってるらしいことも聞いてたけど……それがウィーンズ盗賊団だったんだ」

「そういうこと。元々はダンさんと親父の付き合いだったんだけど、それを引き継いでボクも協力させてもらってる」


 ナギちゃんは、シキさんのことをお父さんと呼び、実父の方は親父と呼んで区別しているらしい。しかし、先代から協力関係が続いてきたのか。盗賊なんて名誉な仕事ではないし、命の危険だってある。現にその親父さんは、処刑されたという話だったはずだ。

 だから、彼女が今盗賊団のトップに立っている……。


「トウマに心配そうな目で見られる筋合いはないからね。この仕事、ボクは好きなんだ。この世界がどういうものなのか、ダンさんやサフィアがいなきゃ知る由もなかったしさ。普通に生きてちゃ一生知らなかったことと向き合えて、未来のために戦える。それってやっぱりカッコいいじゃない」

「……大人だね、ナギちゃんは」

「ふ、ふん。トウマもそれなりにはね。あと、レオさんも一応」

「俺には子どもにしか見えないぞ」

「やっぱ撤回!」


 猫が威嚇するようにナギちゃんは吠える。まあ、そういう仕草は確かに子どもっぽいのかも。

 そのギャップがいいところだな。


「……ま、とにかく! ボクの話はこの辺でいいとして、情報だよ、情報」

「はは、すっかり仲良しになってるものだから、微笑ましく見ちゃってた。成果があったんだね?」

「仲良しとかじゃないですー。とりあえず、ヒューの居場所はある程度絞れたよ」

「ほ、本当か!?」


 小馬鹿にしていたレオさんも、ヒューの情報があるとなると話は別で、さっきも痛めたというのにまた体を前のめりにさせる。僕は慌ててそれを制した。


「ただねえ、その建物というか、施設が問題なんだ」

「どういうことだ……?」

「その施設、動くんだよ」

「……動く?」

「もっと言えば、飛ぶんだ」

「……飛ぶ」


 ……ということは、その施設とは。


「……飛行船か何か、なの?」

「うん。武装もされてたし、飛行要塞とか言った方がいいかもしれない」


 なるほど、そういう計画か。

 つまりヒューさんは、飛行要塞に乗ってそのまま魔王城を目指すつもりなのだ。

 だったら、ナギちゃんの言う通り飛行要塞の場所が分かってもあまり意味がない。

 飛び立たれたらどうしようもないのだ。


「帝国のカーク州あたりに、グランウェールから資源の搬入があったらしくて、そこが怪しいとは思ってるんだけどね」

「そう言えばアクアゲートで、コンテナ紛失事件に巻き込まれたけど……あれが資材だったのかな」

「完成したのは最近っぽいから、ひょっとするかもね」


 その行方を追っていたら、飛行要塞に辿り着いていたかもしれないのか。……まあ、その時点でこの状況を予期することなど百パーセント不可能だが。


「飛行要塞……奴がそんなものを作ってたなんて」

「一筋縄じゃいかない奴っぽいね、ヒュー=アルベインは。で、どうするかが問題になるわけだけど……」

「カーク州まで行って飛空要塞を見つけても、飛ばれたら指を咥えて見てるしかないってことだもんね」

「その打開策は一応、考えてあるんだ。準備に時間がかかるから、今日はムリだけどね。だから、今日のところはヒューが作戦を決行しないことを祈って待つしかないかな」

「どんな策を考えてるんだ?」

「それはお楽しみ。まあ、相手の出方によっては臨機応変にやってかないとだしさ」

「……はあ」


 気持ちが空回り気味なレオさんとは、ナギちゃんはちょっと噛み合ってないみたいだな。多分、彼女は彼女で空気が重くならないよう、考えてくれているのだろうが。


「ありがと、ナギちゃん。僕たちのために動いてくれてるなら、それを信じて待たせてもらうよ」

「……お、おう。大丈夫、ボクだってセリアを助けたいって思ってるんだからさ」

「ん。頼んだよ」

「……まあ、現時点で一番の希望は君だもんな」


 半ば諦めたようにレオさんは言う。彼が焦る気持ちも痛いほどに理解はできるのだが、今は待つ時間だ。

 誰かを頼りにしていい時間だ。


「……さて、長くなってしまったけれど、僕からの告白はこれでおしまいだ。後の物語がどうなっていくのかは、君たちにかかってる」

「ボクも手伝わせてもらうけどね。世界の理を変える重要な問題でもあるけど、それ以前にセリアはボクの大事な友達でもあるんだしさ」

「ん。ナギちゃんがいてくれれば心強いよ」


 任せとけとばかりに、ナギちゃんは親指を立てる。


「トウマくん、そしてレオさんも。勇者と魔王の長きに亘る呪縛を解き放つため……頑張るんだよ」


 全てを語り終えた後の締め括りに。

 サフィアくんはそう僕たちに告げ、静かに微笑んだのだった。

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