8.隠された世界の構造③

 勇者と魔王、善と悪。

 その根源となる力――心の力は、僕が元居た地球より流入してきていた。

 だからこそリバンティアは、善き力と悪しき力がこれほどの影響力を持つようになったのだろう。

 何せ、地球上全ての感情が雪崩れ込む、受け皿の世界なのだから。


「悪魔たちは、楽しみながらこのリバンティアを作り上げたそうだ。彼らにとってはヒトの生態を観察できる箱庭のようなものを創れる機会だったわけだからね、乗り気になったんだろう。あくまでもダン=ブラムの願いに従う形ではあるけれど、リバンティア側の設定はダンには関係なかったから、悪魔たちの趣味嗜好で創られていった」

「その結果、こんなファンタジックな世界が構築されたと」

「悪魔たちと、地球の若者の趣味嗜好って似てるのかもね」


 サフィアくんはまた、くすりと笑う。


「地球と同じように、人同士が争うだけじゃ代わり映えしないから、悪魔に似せた魔物を創ろう。魔物たちと戦う術として、技や魔法を創ろう。そうすれば、流入してくる膨大な力も処理することができるし、何より面白い。だって神様じゃなく悪魔なんだものね、面白さこそが重要なことだったんだ」

「ある意味では、悪魔が面白がって作った世界ということになるわけですか……」

「ストレートに言ってしまえば、ね」


 そんな真実を知ったら、世界中の人が絶望することだろうな。

 カノニア教会の教えを信じ続けてきた、世界中の人々は。


「ちなみに、リバンティアという名前そのものも悪魔が付けたものだ。アナグラムというやつなんだけど、英語表記のリバンティアを並び変えると、ブリタニアになる」

「そうか、イギリスの……」


 古き名称だ。つまり、『Britannia』が『Ribanntia』に並べ替えられたというわけだな。

 遊び心満載なことだ。悪魔たちめ。


「で、悪魔たちは色々な設定を組み込んでリバンティアを創ったわけだけど、それを一つの石碑に記しておくことにした。これがグリーンウィッチ・ストーンなんだね。別にあの石碑はダン=ブラムが刻んだわけじゃなく、悪魔たちによって残されたものなんだ」

「グリーンウィッチ・ストーンは、リバンティアの説明書みたいなもの……?」

「まあ、とんでもなく捻くれてるけれど」


 確かに、言葉が難しいし抽象的過ぎて、恣意的な解釈になること間違いなしだ。実際、世界に広まるカノニア教会の解釈は間違えている。ロレンスさんに、教えてもらったから。


「そう言えば、アレまだ全部見つかってないんだっけ……まあいいや、脱線はしないでおこう。トウマくんは覚えているかな、グリーンウィッチ・ストーンに記された世界の構造について」

「旅の始めに読む機会があったけど、それきりで。ええと、世界の始まりについて書かれた後、勇者と魔王の記述があって、その後は五つのクラスのこと、それから救世主のこと……だったっけ」

「そうそう、全て悪魔たちが創ったルールの説明だ。あと一つ分先があるはずだけど、それは置いといて。……君たちの物語に必要なのはもちろん、勇者と魔王のルールだね」


 世の礎だとか、善き者に劔を齎すだとか、部分的にしか覚えてはいないけれど、大体そんな記述だったはず。……最後の、平穏は繰り返されるという一文には当時、感心したものだ。ちゃんと予言されているんだなと。

 ルールを創った者が書いたんだから、当たり前のことだったというのに。


「もう分かっていると思う。勇者とは言い換えれば善の力を、魔王とは悪の力をそれぞれリバンティアへ流入させる存在のことだ。勇者と魔王はどちらも、地球とリバンティアを行き来するような形で力の移行を司っている」

「行き来する、というのは具体的にどういう?」

「いわゆる魂、というやつだね。地球上で善と悪の力がある一定のバランスを超えた場合、勇者と魔王の魂を持つ者がその力とともにリバンティアへ移動する。通常それは、肉体の死を伴って行われるんだ」


 肉体の死を持って。……その言い方からすると、僕のような異世界転移ではなく、異世界転生ことが通常の在り方だったということだろうか。


「二、三十年に一度、力が溢れた際に勇者と魔王は運命的に死を迎え、魂と力だけがリバンティアにやって来る。つまり、記憶は完全に消滅しているけれど、その魂はずっと昔から変わらず同じものなんだよ」

「それは……僕とグレンさん、いやそれ以前の勇者も全部。同じ一つの魂だった、と?」

「そうだよ。だからこそ君は、勇者全ての希望なんじゃないか」


 ――ああ、そうか。

 そういうことだったのか。

 だから彼らは、希望を託して。

 僕に生きろと、強く願ったわけなのか。

 同じ存在だから――。


「君は――いや、君たちはね。リバンティアが創生される中で残酷な仕組みに囚われて抜け出せなくなってしまった魂なんだ。勇者も、そして魔王さえも。善と悪のバランスを保つという構造のために、生き死にを繰り返さなくちゃならなかったんだよ」


 生と死の狭間で聞いた、グレンさんの言葉が蘇る。

 君の旅は――勇者と魔王を救う旅だ、と。

 そうなんだ。考えてみれば、帰ってこられないのは勇者だけじゃない。

 魔王もまた、現れては殺されるだけの存在なのだ――。


「僕の使命は、世界の構造に縛られた勇者と、そして魔王の解放なんだ」

「その通り。君だけじゃなく、魔王すらも解放しなくちゃ実のところ意味がない。君だけが生き残ったって、絶対に君は悔やむことになる」


 僕だけが生き残っても、後悔することになる。

 僕と魔王が生き残らなければ……。


「ねえ……サフィアくん。ひょっとして、なんだけど」

「……うん、言ってごらん」

「魔王とは……魔王の魂とは」


 勇者の剣。

 対になるのは、封魔の杖。

 魔王と魔皇を感知する、神器。

 それが指し示すことは――。


「……セリアのことなんだね」


 その問いに、頷きで返すサフィアくんの表情が初めて、悲しそうに映った。


「……馬鹿な! セリアが……魔王だって?」

「正確に言えば、魔王の器だ。力のほとんどが封じられているのは、封魔の杖の方だからね。それは勇者についても同じなんだけれど」


 僕もレオさんも同様に勇者の器という感じで、善の力のほとんどは勇者の剣に集約されているようだ。だから僕には、圧倒的と言えるほどの力は無く、対して剣を手にしたレオさんは、あっさりと最後の魔皇を倒していた……。


「じゃあ……魔王討伐の旅は」

「そうなんだ。旅の終着点は常に悲劇でしかなかった。共に長き道を歩んだ勇者と従士が、魔王城に辿り着けば敵同士となり殺し合う。そして、善と悪の均衡のため対消滅する。そんな歴史。そんな物語」


 あまりにも、救いのない。

 決して幸せを掴み取れぬ二人の――繰り返される物語。


「悪魔たちも、そこはせめてランダムにすれば良かったものをね。よほど器として適正な魂の持ち主だったのか、ただの遊び心だったのか……とにかく奴らは二人の男女を勇者と魔王とすることに決めた。ゆえに二人は、凄絶な運命に縛られることになった……」


 僕たちは……悪魔に弄ばれたというのか。

 必ず引き裂かれるように定められたというのか。

 そんなのは――絶対に許せない……!


「まあ……実を言えば彼らは、世界が平和になるためならと悪魔の提案を受け入れたんだけれど、どこまで明確な説明がされていたかは定かじゃないし、地球は今も平和になったとは言い難い。だから二人には、あまりにも救いがない状態だよね。……だから、悪魔を呼び出し、この結果を生むことになってしまったことに責任を感じたダンは、決めたんだ。悪魔の創ったこの世界を、どうにかして変えていこうと」

「それが、世界の構造を壊すこと……」

「そう。その方法を探し……実現すること」


 では、過去の勇者が今日のための準備を始めた背景には。

 ダン=ブラムという人物が真実を伝えてくれたということがあるわけか。

 だが、彼が生きていたのは三百数十年も前の話だ。


「今、ダンという人はもう?」

「いいや、生きてるよ。だって彼もまた、世界の構造に囚われているからね」

「……生きてるん、ですか」


 長い長い時を、彼もまた生きている。

 それは、僕たちのような転生を繰り返しての話なのだろうか、それとも。


「ダンとその妻イヴリンは、リバンティアの管理人として繋ぎ止められることになった。だから二人は死という概念がないし、記憶もまた消えることがない」

「……それは、ある意味僕たちよりも辛い運命ですね」

「うん。それでもダンは、あくまで罪滅ぼしのために動いているよ。残念ながらイヴリンは、重圧に耐え切れず道を違えてしまったようだけど」


 ダンさんは……ずっと昔から孤独な戦いを続けてきたのか。

 妻に見捨てられ、それでもなお、リバンティアを生み出した責任を抱えながら。


「管理人の力として、彼らは例外的に地球とリバンティアを行き来できる。制限はあるけどね。今、ダンは地球にいるんだ。別の目的もあるんだけど、君たちの話で言えばそう……魔王役の子に時が来たのを告げるためだ」

「……はは、じゃあやっぱり、あれはお芝居だったわけだ」


 あれ、というよりもきっと。

 人生の全てがお芝居のようなものだったんだ……彼女の。

 ――僕には力を、従士には記憶を。

 ……明日花。


「通常開くことのない、地球とリバンティアを結ぶワームホールを、一年ちょっと前にとある人物に開いてもらった。世界を隔てるための杭を一本、抜いた感じかな。その影響で開くようになったワームホールで君を転移させることが、魔王役の子の役割だった」

「最初から言ってくれれば良かったのに。……いや、どれだけファンタジー好きって言ったって、急にそんなことを言われたら信じないか。にしても、屋上から突き落とされるのはなあ」


 今頃になって笑えてくる。僕の告白は、成功するとか失敗するとか以前の問題だったのだ。

 僕たちは、元々固く結ばれていた。

 それを永遠のものにするために、彼女は――僕を突き放したのだ。

 ああ……それはどれほどに心苦しい行動だっただろう。


「永遠の幸せのために、一時の幸せを手放したんだ、彼女は。……彼女にとっては、そこまでで終わりだったのに」

「……そしてその子は、セリア=ウェンディになった」


 後は体験してきた通り。僕とセリアは歴史に倣って魔王討伐の旅に出て、ここまで来た。レオさんが二人目の勇者として発現したのは、僕が通常ルートである転生という方法でなく、転移というイレギュラーで現れたことがやはり影響しているようだ。


「……なあ、サフィアくん。君はつまり、セリアこそが魔王となる存在だと言うわけだな?」

「そうですよ、レオさん。魔王城に着いたとき、杖の封印が解き放たれて従士は魔王になる」

「じゃあ、ヒュー=アルベインのしようとしていることは……」

「ええ、従士を魔王に変えてしまえばもう、仕組みを止めることはできなくなる」


 そうか、ヒューさんの目的はそこにあったのだ。

 セリアを魔王城へ連れていき、勇者が策を講じるより前に魔王にしてしまうこと――。


「なら、ヒューの行く先は間違いなく魔王城。しかし、奴は帝国内のどこかに潜伏している……そこから船にでも乗って、魔王城を目指すのか?」

「かも、しれませんね。いずれにせよ、ヒューさんが魔王城に着いてしまうまでがタイムリミットってことか……」


 舞台は整っている。向かおうと思えばすぐにでも行ける場所には違いない。

 僕たちに残された時間は、思った以上に少ないのかもしれない……。


「とりあえず、僕が今語ったのが、勇者と魔王が繰り返してきた歴史の真実だ。……ここから先がどうなるか、それは分からない。ヒュー=アルベインの居場所も、具体的にはまだ知らないしね」

「……ネイヴァンの力で、どうにかならないの?」

「悪魔たちと交信できると言っても気まぐれだし、ちゃんとした会話にもほぼならないよ。そもそも悪魔たちはリバンティアの創造主なんだから、ルールを壊す者たちに味方はしない。僕は神様の意に反してるってことだね」

「サフィアくん……」

「ダンさんがあんまりにも可哀そうだから、協力する気になっちゃったんだ」


 彼らの出会いがどういうものだったかは分からないが、サフィアくんはダンさんの境遇に哀れみを感じ、手を貸すことにしたのだろう。

 そして今日まで行動してきたわけだ。


「そうだね、ヒュー=アルベインの居場所を突き止めるよう、こちらとしても動いてはいるんだけど……首尾はどうなってるのかな」


 首を傾げながら、サフィアくんは言う。どうやら彼の他にも、ダンさんに協力する人はいるらしい。

 ひょっとしたら、クリフィア教会とはそういう者たちの集まりなのだろうか。

 ――と。


「あ。もう入っていい?」


 ふいに、扉の向こうから新しい声が聞こえた。突然だったので、僕もレオさんも一瞬、体をびくりと震わせてしまう。


「お……バッチリ。いいよ、来て来て」


 サフィアくんの言葉を受けて、再び病室のドアが開かれる。

 そして目に映ったのは、全身をすっぽりと包む、黒いフード付きのローブ。


「……え」


 その装いには覚えがあった。

 あれはコーストンとグランウェールの境界、グランドブリッジでの出来事だ――。


「ウィ……ウィーンズ?」


 確か、そんな名前だった。

 世界を股にかけて暗躍する、盗賊団の名前だとか。

 あのときはオーパーツを回収しにきたとか言っていたが、そんな子が突然この場に現れるなんて予想外だ。

 いや、それよりも……。


「お、オレの名前覚えててくれたんだね。ありがと、トウマ」

「ま……待って。その声、その話し方」

「……君、もしかして」


 僕もレオさんも、すぐに気付く。

 そうだ、あのときはまだ出会っていなかったから分からなかったけど。

 こんな風に喋る子は、多分あの子しかいない。

 グランウェールで出会い、リューズで共に戦った――少女。


「……ナギちゃん?」

「ちぇっ、やっぱりすぐバレちゃうや」


 ふわりとフードを外すと、そこにはやはり懐かしい顔があった。

 ナギ=トウスイの無邪気そうな笑顔が。

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