7.隠された世界の構造②

「惑星リバンティア。コーストン公国、グランウェール王国、リューズ共和国、ライン帝国と四つの国が存在するこの世界は、それなりに発達した文明を築き上げているというのに、遡れる歴史はたかだか三百数十年ほどだ。それ以前にも当然人の営みはあったと学者たちは言うけれど、文献や情報の一つすら残っていないのは正直言っておかしいよね」


 サフィアくんはすらすらとリバンティアの歴史の裏側について語っていく。

 

「じゃあ、世界は本当に三百数十年前にできたのだろうか? その答えはイエスなんだよ」

「ちょ、ちょっと待て。最初からとんでもないことを言い出すんだな、君は」

「とんでもないと思われるのは分かってたんだけどね。事実だから仕方ない。リバンティアという世界は、正確にいえばそう……三百四十三年前に誕生したんだよ」


 つまりは、リバンティア歴として数えられている歴史の元年より前には、この世界は存在しなかったということなのか。

 なら、人々は僅か三百年ほどでこれだけの文明を築いたというのだろうか?

 いや、まずこの惑星ができあがった時点で人間がいたというのもおかしな話ではないか……?


「多分、トウマくんが疑問に感じていることは正しいことだよ。僕の話が事実だとすると、惑星が生まれた瞬間に人間ほか生物の営みが始まったことになる。でも、実際それが本当のことなんだ。何故かってそれは、このリバンティアそのものが作られた世界なんだからね」

「作られた……?」


 自らの生まれ育った世界が『作られた』と言われ、平静でいられるはずもない。レオさんは掠れた声で振り絞るように言う。


「そう。この話をしていくにあたっては、トウマくんが非常に重要な存在になってくるんだけど……さてトウマくん。このリバンティアが何かに似ていると思ったことはない?」


 急に名指しで質問され、僕は一瞬焦ったが、とりあえず思うままに答えてみることにする。


「まあ……よくあるファンタジーの世界だなって思いましたよ。漫画……本とかで読むような、物語の世界です」

「うん、それもそうなんだけれど、もっと根本的なところで似ているところがあるはずだ。ファンタジー世界って、どういう世界だい」

「うーん……えっと、中世の外国風……みたいな?」


 そんな答えでいいのかと思ったが、どうやらサフィアくんはまさにその答えを期待していたらしい。


「そう、トウマくんがいた地球で言う中世の時代。文明の発展度合いからしても、リバンティアはそんな感じだよね?」

「まさか……サフィアさんが言いたいのは」

「そのまさか。リバンティアはね、中世のイギリス周辺を基盤として作られた世界なんだ」


 イギリス……リバンティアに来て地球の国の名前を聞くことになるなんて、全く予想もしていないことだった。

 だが確かに、言われてみればリバンティアの大陸は何となく、イギリスやアイルランドの形に似ているような気がしてきた。


「待ってくれ。トウマは勝手に納得してるけど、俺は全く分かってないんだ。イギリスとかいうのが何かは置いておくとしても、それを基にして世界が作られたとはどういう意味なんだ」


 僕もそこまで納得しているわけではない。こんな惑星がそんな易々と作られるなんてとんでもないことなのだ。そのカラクリがどんなものなのか、納得のいく説明が欲しい。


「レオさん、世界には何柱の神様がいるのか覚えているかな?」

「ど、どうして突然……確か、七十二の神様がいるというのは知ってるよ」

「正解、七十二柱だ。ところでトウマくん、ファンタジー好きな君が七十二柱と聞いて何も思い出せなかったのはねー」

「え? ……七十二柱」

「それとなくヒントもあったはずだよ? アルマニス遺跡で、サブナックという神様の名前を聞いたり、或いは遺跡の名前自体もヒントと言える」


 七十二柱、サブナック、アルマニスにノヴァといった遺跡の名前……。

 いつか遊んだことのあるゲームが想起され、そこから何となくネットで調べた記憶もまた連想される。

 そうだ、あれは確か……。


「――ソロモン七十二柱……?」

「やっと辿り着いた。まさしく『天地を模った』七十二柱の神様とは、地球で言うソロモン七十二柱、つまり悪魔たちのことなんだね」

「あ、悪魔だって……!?」


 神様のことをあっさり悪魔だと言ってのけるサフィアくんに、レオさんはなんて罰当たりなというような表情を浮かべた。

 だが僕はそんなことより、ソロモン七十二柱というそれこそファンタジックなワードが出てきたことにびっくりするばかりだった。


「ソロモン七十二柱は、かつてソロモンという王様が使役したとされる悪魔たちの総称だっけ。でも、そんなものはあくまで聖書や魔導書に書かれたフィクションだと思っていたけれど」

「残念ながら、いやファンタジー好きなトウマくんにしてみれば幸運にも、かな? 七十二柱の悪魔たちは実在するんだ。そして三百四十三年前、イギリスのとある場所でその悪魔たちを召喚した人物がいた……」

「それが、グリーンウィッチ……?」

「フフ、グリーンウィッチというのも面白い名前だよね」


 そこでどうしてか、サフィアくんはくすりと笑った。


「『R.O.Greenwitch』。グリーンウィッチ・ストーンと呼ばれる石碑に書かれた名前……のようなもの、だね。ちなみにこれ、ティーを抜いたらどう読む?」

「えーっと……」


 まずい、割と真面目にどう読むかが分からない。

 考え込んでいると、レオさんから助け船が出された。


「……グリニッジ?」

「あ――」


 グリニッジ。流石の僕でもそれは知っている。

 あの有名なグリニッジ天文台がある、イギリスの町じゃないか。


「イギリスのグリニッジで、悪魔たちは召喚された……?」

「ダン=ブラムという、天文台の初代管理人によってね」


 その名前は聞いたことがなかった。まあ、天文台の管理人名なんて目にする機会もないから当然と言えば当然だ。


「でも、どうして天文台の管理人なんかが、悪魔の召喚なんて」

「それについては、彼が魔術師だったからというしかないのだけれど」


 魔術師、か。この世界の魔術士のことではなく、どちらかと言えばオカルティックなものだろう。事は悪魔召喚だ、黒魔術と呼ばれるようなことを研究してきた人物なのかもしれない。


「イギリスは魔法の国だ。魔法を信じる者ばかりというわけでもないけれど、その歴史は実際、魔法と深く絡みついている。ダン=ブラムは純粋な魔術師の家系であり、イギリスの宮廷魔術師という裏の仕事を引き受けていた。その中で、一番の大仕事だったのが、ソロモン七十二柱の研究だった……」

「ああ……俺にはもうついていけない話だ。トウマは?」

「あはは……僕は意味を知ってるだけマシですけど、どっちにせよ信じられない話ですね」


 けれど、サフィアくんがさも当たり前のように話していく事柄の数々は、やはり世界の真実なのだと思う。受け入れられるかどうかは別として、彼は確かに本当のことを語っているのだ。


「ソロモン七十二柱を使役することができれば、その強大な力で様々な願望を叶えることができるからね。国がその力を欲しないわけがない。ということで、ダンに白羽の矢が立てられたんだ。彼は案外真面目な性格だったから、熱心に研究を続けた。そしてある日、それこそ天文学的な奇跡の下に、彼は七十二柱の悪魔を召喚することに成功したんだね」

「本当に……できてしまった」

「まあ、全ての悪魔が出てきたら未曽有の大災害にでもなってただろうけど、そんなことは起こらず、魔法円を通して交信ができるような感じだったらしい。そこで悪魔は、人間風情が自分たちを呼び出せたことに敬意を表し、あくまでも悪魔のやり方でだけど、望みを一つ叶えてやろうと持ち掛けてきたんだ」

「……悪魔のやり方で、というのが引っ掛かりますね」

「ダンは国から、悪魔たちに何を願うかは伝えられていた。ただそれは、イギリスを中心とした世界の統一というものだった。悪魔という恐ろしい存在にそんなことを願ったら、世界がどうなってしまうのかが不安でたまらない。そう思っていた彼は、少し――まあ少しじゃないかもしれないけど、願いを変えたんだよ」


 サフィアくんは、そこで勿体をつけるように一拍置いてから、告げた。


「――この世から人の争いを無くし、平和な世が続くようにしてほしいとね」

「争いを無くす……」


 その願いなら、よほど曲解されない限り人に危害が出ることはなさそうだ。だが、それがどうしてリバンティア誕生に繋がるというのだろう。


「ただ、如何に悪魔といえども世界中から争いを無くすのは難しかったようだ。それに、争いがない世界は悪魔にとってつまらなかった。そこで悪魔は、こんな仕組みを考えついたんだ。世界の小さなコピーを作って、そこに争いの元を転移させるのは面白い解決法では、とね」

「じゃ、じゃあ……それが?」

「うん。それがリバンティアだ」


 ……ならば、この世界とは要するに。

 ダン=ブラムという人物が生きていた時代のイギリスをコピーして、悪魔たちによって作られた並行世界のようなもので。

 地球から、争いの元となる何かが流入してくる構造を、持っている……。


「争いの、元……」

「気付いたかな? ここまで話してようやく、勇者と魔王の物語へと説明を移せるんだよ」

「……そういうこと、なんですか」


 だからこそ勇者と魔王は。

 善と悪の象徴だったということなのか。


「争いの元になるとすれば、それは人の心だ。七十二柱の悪魔たちは、善と悪という二つの感情をリバンティアへ流入させることで、地球からは争いを減らし、代わりにリバンティアで争いが起きるような仕組みとしたのさ」


 繰り返されてきた歴史の根源。

 それが今、ようやく紐解かれる瞬間だった。

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