6.隠された世界の構造①
「それじゃ、俺たちも今日は帰るとするよ」
ギルドの近くまで戻ってきたところで、フィルさんが欠伸を噛み殺しながら言った。外出の目的は果たしたし、後はギルド支部で情報収集といきたいのだろう。
「分かりました。今日はありがとうございます」
「いや、情報としてはあまり有益じゃなくてすまない。ただ、協力者が増えたのは良かった」
「トウマくんの人望かしらねー?」
「あはは……恥ずかしいですけど、それなら嬉しいですね」
ルディさんも決して冗談で言っているわけではなさそうだし、照れ臭くはあるが胸が温かくなる。
「では、これで」
「ああ。どこかから情報が入ればすぐに伝えるよ」
そう交わして、僕たちは別れた。
街の喧騒の中、独り残された僕は、レオさんの意識が回復していることを思い出す。一度目覚めたとはいえ、また眠りについている可能性はあったが、現状ですべきことが明確なわけでもないし、とりあえず彼のお見舞いに行ってみることにしよう。
時刻がお昼時だったので、付近の喫茶店で軽めの昼食を済ませてから、病院へ向かう。僕も朝までお世話になっていたその病院は、商業地区と住宅地区の中間あたりにあるので、現在地から程近かった。白く高いシルエットを目印に歩き、ほんの五分ほどで到着する。
受付に向かうと、看護師さんは僕が痛みを訴えて戻ってきたのかと勘違いして、すぐに再入院の手配をすると言ってくれたのだが、それをやんわりと否定して、レオさんのお見舞いに来たのだと本来の目的を告げた。
病室のベッドにはレオさんが上体だけを起こし座り、開かれた窓から外の日光と心地良い風とを浴びているのだった。
「おはようございます、レオさん」
「……トウマ」
来客が僕だと分かると、レオさんは申し訳なさそうに顔を背ける。陽光の加減で、彼の横顔は暗く翳った。
「意識が戻って良かったです。まだ退院するには時間がかかるでしょうけど……」
「……そうだな。体が言うことを聞かないよ」
フッと自嘲気味に笑って、彼は自身の右手のひらを見つめる。勇者の紋がくっきりと発露したその手は、力が満足に入らないためか小刻みに震えていた。
「俺は……俺の犯してしまった過ちを償わなければならないのに。そうしなければ彼女を救えないのに……ここから動くこともままならない」
「……レオさん」
「最低だ、俺は」
そんなことない、と口にすることは簡単だが、無責任な言葉を投げかけるのは止めておいた。
これは、彼の心の中での問題だ。
レオさんを慰めることよりも、為すべきことが僕にはある。そしてそれが結局、彼の心の傷を和らげることにもなるのだ。
「僕はギルドの方々や信頼できる人と協力して、ヒューさんを探しています。彼の居場所が分かれば、僕はすぐにでもセリアを救出しに行く」
「……すまない」
「レオさんは、ヒューさんが向かいそうな場所について心当たりはありませんか?」
僕の問いに、レオさんは暫くの間まぶたをきつく閉ざしたが、やがて、
「……奴はライン帝国に拠点基地を建造中だと口にしていた。この国を計画の終着地に選んだのなら、そこに向かっているのかもしれない」
「拠点基地、ですか」
やはりヒューさんは帝国内にいる可能性が高いようだ。虱潰しに探せれば、いずれは見つかるかもしれないが。
「奴は、具体的な場所については俺にも伝えなかった。勇者の剣を抜ける段階になったとき、奴と別れたが……ちょうどその頃に建造物とやらは完成したらしいしな」
「つい最近ということですね」
それはヒューさん自身が話していたことと一致する。最近まで建築中だった施設。人の出入りなんかを探れば比較的簡単に見つかったりしないだろうか……。
「しかし、奴がセリアを連れ去って何をしようとしているのか。俺にはそれが分からないんだ。勇者と魔王の仕組みを守るため、セリアに何をさせたいというのか……」
「……そうですね。何らかの役割を果たさせたいんでしょうし、すぐに命の危険があるわけじゃないと僕は思っている……思いたいんですけど」
「俺も思いたい。……だが、嫌なことを考え出すと怖いよ」
僕も、それは同じだ。
でも、まだ自由に動ける分、僕の方がマシなのかもしれない。
ベッドの上で、身動きできずに待つだけの彼は。
セリアの心配と罪の意識とで、圧し潰されそうになっている……。
「ヒューさんは、セリアについて話すことは無かったんですか?」
「セリア個人のことは何も。ただ、そう……封魔の杖には興味を持っているようだった」
「封魔の杖に……?」
「ああ。封魔の杖……勇者の剣と対を成す神器、だとか」
神器というワードは、かつてナギちゃんから聞いたことがある。リューズ共和国に祀られた一張の弓をそう呼んでいたという話だ。空へ伸びる光の柱が出現し、その後に弓が奉納されたことから、神からの賜り物だとその呼び名がついたそうだが……勇者の剣と封魔の杖も、それに類する武具だということなのか。
それにしても……。
「対を成すっていうのはどういう意味なんでしょう。確かに、勇者と従士は一緒に旅に出ますけど……剣と杖が対というのは表現としてどうなのかと」
「勇者の剣は魔王や魔皇を討つ武器。封魔の杖は魔王や魔皇を感知する杖。まあ、魔王討伐セットと言えなくもないけどな」
絶対攻撃と絶対防御という二つの特殊スキルも存在するし、攻撃と防御、剣と盾的なイメージで対なのかもしれないな。……深く考える意味はない、か。
「セリア自身より、封魔の杖が重要……その可能性はありますね」
「何となく、俺もそんな気がするよ。だが……セリアが危険なのには変わりない」
レオさんはそこで、右手を自身の太腿あたりに強く振り下ろした。
「……畜生、早くヒューの尻尾を掴まないと……!」
「レオさん、焦る気持ちは分かりますが、今はその体をしっかり治してください」
「……すまない、トウマ」
また、レオさんは僕に謝ってくる。悪いのは彼ではないのに。
ヒュー=アルベイン。彼がセリアを危険な目に遭わせるよりも前に、必ず見つけ出さなければ。
必ず……。
「……ん?」
そのとき、ふいに足音が耳に届いた。特にどうというわけもない、お見舞いに来た人や入院患者と同じような足音だったのに。
それでも何故だか足音は、いやに特徴的に聞こえたのだ。
そして、扉がノックされる。
「……お邪魔するよ」
「え――」
スライドドアが開かれ、そこから現れたのは。
そのあどけない表情に神秘さを感じさせる、クリフィア教会の少年。
僕たちの旅路の中で二度、颯爽と現れ、そしてまた去っていった少年だ。
「……サフィアくん」
「やあ、久しぶり。それから……お待たせ、というところかな」
サフィア=N=プロケル。名前にネイヴァンを冠する者。
神と交信できると言われている、不可思議な一族の少年だった。
「君は一体……」
闖入者に驚いたレオさんは、険しい目つきでサフィアくんを見つめる。しかし彼は涼しい顔のまま、
「あなたがレオ=ディーンさんか。……そうだね、どうしようか迷っていたけれど、あなたにもこの場にいてもらった方がいいや」
「何だって?」
「あ、ごめん。自己紹介が先だね。僕はサフィア=N=プロケル。クリフィア教会に所属しているしがない魔術士さ」
どこがしがないだ、とツッコミを入れたくなったけれど、何となくそういう雰囲気でもなかったのでぐっと堪えた。
しかし、彼は一体何をしにここまでやって来たというのだろう?
お待たせ、などと思わせぶりに言ってきたが……もしかして。
「二人の勇者によって四体全ての魔皇が倒され、ようやく魔王城が現れた。時は満ちたというやつさ。これまでの旅で、トウマくんもある程度の事情は理解できただろうし、できていない部分についても受け止める覚悟は決まったと思う」
「……うん、決まってるよ」
その覚悟を示すように、僕はサフィアくんに対して強く頷いて見せる。すると彼も、満足げに頷き返してきた。
「勇者と魔王を巡る物語は、これが最終局面だ。そこでこうして僕が来た。隠された世界の構造と、それに組み込まれた勇者たちの思いを伝えるために」
「やっぱり君は……ネイヴァンの民なんだね」
「フフ。ネイヴァンの民だから、というだけではないのだけれど、そこは後々。……君たちが今知るべきは、世界の真実と、それに関係したヒュー=アルベインの目的だ」
「ヒューのことまで知っているのか……!?」
突然やって来た少年からヒューさんの名前が出てきたことに、レオさんはまたも驚き、ベッドから半ば身を乗り出したが、痛みのせいで脇腹を押さえて俯いてしまった。
「れ、レオさん」
「無理はしないで。トウマくんとの戦いがなくたって、あなたの体はそれなりに弱っているはずなんだから」
「それは……」
次々と的を射た発言をしてくるのに、レオさんはもう言葉を返すこともできなくなった。
……そうか。レオさんの体は、中途半端な覚醒のせいで弱っているのだな。
サフィアくんは、僕たちを軽く一瞥してから近くにあった椅子へ腰を下ろし、そしてこう告げた。
「答え合わせの時間といこう。勇者と魔王の戦いは何故繰り返されるのか、勇者と従士は何故生きて帰れないのか。トウマくんは何故この世界へ来たのか、そもそもリバンティアとは何なのか……」
――全てを知る覚悟はできたか。
もちろん、とっくにできている。
だから、聞かせてもらうことにしよう。
この世界の真実とやらを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます