5.迫り来るは悪②

 僕たちが地上へ降り立つと、シヴァさんはすぐに気付いて声を掛けてきた。


「貴方たちは……!」

「どうも、隊長さん」


 フィルさんは頭を掻きながら、自らの得物をクルリと回す。


「ようやくトウマくんの旅も大詰めでね、魔王城が現れた。……助太刀させてもらうよ」

「……お願いします」


 シヴァさんは特に文句を言うこともなく、素直に僕たちの助力を受け入れた。争っている場合ではないと判断してくれたのか。

 とにかく、向かってくる数十匹の魔物を倒すのが今は先決だ。

 街の外なので、スキルの制限も特に必要ない。殲滅戦ならさっきよりもずっと難易度は低いな。


「僕が右側をもらいます、それ以外は頼みました!」

「お、流石トウマくんだねー。んじゃあ任せた」

「僕たちは邪魔にならないようやりましょう」


 実際、範囲スキルを正確にコントロールするまでの技術はまだないんだよなあ。そこは協力し辛くて申し訳ない。


「――アローレイン!」


 戦闘開始早々、僕は上空に幾つもの魔力の矢を放つ。足止め程度のつもりだが、それでも地上に降り注いだ矢で二、三匹の魔物は絶命させることができたようだ。

 動きが素早い兎の魔物もいて、そいつらは巧みに矢を躱して襲ってくる。


「おっと」


 単調な引っ掻き攻撃だったが、やはり兎とあって跳躍力が凄い。攻撃のタイミングが掴めず、初撃は僅かに頬を掠めてしまった。触れた手に薄っすらと血が滲んでいる。


「まだ甘いなあ」


 対応力の無さに苦笑しつつ、僕は次の一撃をあえて待った。魔物――多分ヴィシャスラビットという名だ――は着地と同時に百八十度向きを変え、ほとんど間隙なく二度目の引っ掻き攻撃を繰り出してくる。


「――流水刃」


 だが、僕がカウンターを用意する時間は十分にあった。攻撃を受け流されたヴィシャスラビットは無防備に背中を晒し、その隙を逃すことなく僕は一刀両断する。跳躍の勢いそのままに、切断されたヴィシャスラビットの上半身と下半身は遠くまで飛んでべちゃりと落下した。


「――ブリザード!」


 隣では、ルディさんの魔法が炸裂している。吹雪によって動きの止められた魔物たちが、フィルさんとヘクターさんによって一匹ずつ確実に仕留められていく。


「――剛牙穿」

「――バレッジショット」


 安定の連携だ。あっという間に魔物の数は減っていく。

 シヴァさんも大技で何匹もの魔物を薙ぎ払っているようだ。ここからでは遠いが、大牙閃撃の巨大な軌跡だけは見て取れた。

 これなら全滅までにさほど時間はかからないな。


「――爆!」


 こちら側にいた最後の魔物を倒しきったところで、他の首尾を確認すると、フィルさんたちもシヴァさんもちょうど戦闘終了という場面だった。


「……ふう、片付いたな」

「お疲れー」


 真ん中で戦っていた三人の元へ、僕とシヴァさんは歩み寄っていく。シヴァさんは近づきながらもずっと、僕の方を見つめていた。……少し怖い。


「ご迷惑……でした?」

「……いえ、そうではなくですね……」


 てっきり、未だに僕のことを許せないのだとばかり思っていたが、その表情を見る限り、どうも違うようだ。


「……協力いただき、感謝しています。その……実は帝国軍の情報網で、勇者についての話を聞きまして」

「と、言うと……」

「アルマニス遺跡へ魔皇討伐に向かった勇者が、何故か勇者の剣を持った男を連れて帰ってきたと。その情報の奇怪さに、私はお二人が運び込まれた病院へ立ち寄ったのです」


 ボロボロになって帰ってきたのは多くの人に目撃されていたし、レオさんが所持していたのが勇者の剣だと言うのも分かる人には分かるはずだから、噂になっているだろうなとは思っていた。しかし、それを聞きつけたシヴァさんが病院まで来ていたのは予想外だった。……というか、僕が退院した後のことかな。


「病室にはもう、貴方はいませんでした。代わりにもう一人の勇者……レオ=ディーンさんがいて、まだあまり喋る元気も取り戻せていないというのに、教えてくれたのですよ。お二人の残酷な運命について」

「……レオさん、意識が戻ってたんですね」


 話の途中だが、お見舞いに行ってあげなくちゃいけないなと思った。……それに早く、セリアを取り戻して再会させてやりたい。


「トウマさん、貴方を勇者でないと言ってしまったこと、お詫びします。私は何も……分かっていなかった」

「いや、正直なところ勇者だと信じる方が難しかったと思います。あのタイミングで剣が抜かれたわけですしね。……自分ですら勇者であるという自信がなくなったくらいで」

「それだけでもないんです。トウマさんはロレンス氏の処刑を止めようとしていたとき、私に向かってこう言いました。軍隊長としての誇りは、自身の正義より大事なものなのかと。……その言葉はあまりにも的確だった。私は自分の思いを犠牲にして、軍としての体面を守っていた……」


 心優しいシヴァさんのことだ、軍の在り方に常々疑問を抱いていることくらいは察せられた。どうやらあのときの言葉が時間差で、彼の心に届いてくれたようだ。


「その問いに、今ならちゃんと答えられます。……自分の正義を信じて、少しずつこの国を変えていきたいと」

「……シヴァさん」


 無論、第二隊長のシヴァさんにとってそれは非常に困難な道のりだろう。

 上にはアラン=バルザック隊長がいるし、彼ですらオズワルド皇帝の操り人形に近い存在だ。

 オズワルド=エルヴィニオ……未だ会ったことはないけれど、きっと規格外な人物に違いない。帝国に変革をもたらす上で、避けては通れぬ敵だ。

 それでも頑張ってほしいと、無責任ながら僕は思う。


「……セリアさんのことも、レオさんから聞いています。まだ軍に情報は来ていないようですが、ヒュー=アルベインというカノニア教会の司祭が連れ去ったとか」

「そのことも話したんですね。……アルマニス遺跡の中で、ヒューさんはセリアを捕まえて逃げ去ったみたいです。ライン帝国で何かを建設していたらしいんですが……」

「私がトウマさんに恩返しできるとすれば今でしょうね。……帝国軍としてではなく、シヴァ=リベルグ個人として、私もヒュー=アルベインの行方を捜索させてもらいます」

「ほ、本当ですか……!?」


 それはとてもありがたい申し出だった。たとえ兵士を動かすことはできなくとも、軍のネットワークで帝国内の怪しい動きを調べることはできるはずだ。シヴァさんが軍内部で調査をしてくれれば、ヒューさんが見つかる可能性はぐんと高まる。


「それくらいのことをしなければ、罪滅ぼしになりませんから。いや、謝罪に行こうと思っていた矢先にトウマさんの方から来てくれるとは、驚きましたよ」

「僕もそんなことを言ってもらえるなんてビックリですよ……でも、本当にありがとうございます」

「ええ、必ずやヒュー=アルベインの居場所を見つけてみせますので」


 これまでに築いてきた繋がりが、今度は僕たちのために全力を尽くしてくれる。

 フィルさんはさっきそんな言葉を掛けてくれたが……それが身に沁みて感じられた。

 魔物の群れが全滅したので、閉ざされていた門も兵士たちの手で開かれる。この辺が帰る頃合いだろう。


「……それじゃあ、魔物の襲撃も落ち着いたようですし、僕たちはそろそろ失礼することにします」

「分かりました。情報が入った場合はどこに連絡しましょう?」

「とりあえずギルドへ。……それでいいですかね、フィルさん」

「ああ、ウチなら常に一人くらいは暇してるし、いつでも連絡を受けれる」

「では、ギルド連合ダグリン支部へおかけするようにしますね」

「お願いします」


 シヴァさんに頭を下げると、彼はいえいえと手を振りながら微笑んだ。


「……では、また」

「ええ」


 思いを託し、僕たちはシヴァさんと別れる。

 そして門をくぐり、ダグリンの街中へと戻っていくのだった。

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