4.迫り来るは悪①

「どいたどいたー!」


 ルディさんの声に、船員たちは慌てて道を開ける。

 岩壁の端まで辿り着いた僕たちは、そのままやってくる魔物の群れを待った。


「……来ますよ!」


 ヘクターさんが言うのとほぼ同時に、魔物が飛び上がって来る。

 複数の魔物がいたが……一番多いのは角が生えたサメのような魔物だ。


「ホーンシャークにポイズンジェリー、ハンマークラブまで……!」


 上陸した魔物の名称を、すぐにヘクターさんが教えてくれる。ホーンシャークは陸上でも発達したヒレで不自由なく動いているし、ポイズンジェリーは毒々しい紫色のフォルムでズルズルと地を這い、ハンマークラブは巨大なハサミを地面にぶつけて威嚇しながらジリジリと近寄ってきている。

 それぞれ特徴的な魔物どもだ。


「この四人なら大した敵じゃないが……周りの人間に被害が出ないよう、気を付けてあたるぞ!」

「りょーかい!」


 陸上でもそれなりに機動力がありそうなホーンシャークが一番厄介そうだ。フィルさんもそう判断してか、率先してヘルシャークの攻撃にあたっている。


「――無影連斬」


 短剣にて繰り出される至近距離の斬撃。一が十にも変わるスキルによって、先頭のホーンシャークは一瞬でお造りのように斬り刻まれた。


「えい――スパークル!」


 ポイズンジェリーはその見た目通り雷が弱点のようだ。ルディさんが雷魔法をぶつけると、奇妙な音と共にその体が弾け飛んだ。……下手をすると毒まで飛び散りそうだから、威力は抑え気味の方がよさそうだな。適正属性じゃない魔法なのに派手に弾けてしまい、ルディさんはかなり慌てている。


「――スナイピング」


 ハンマークラブのように硬い殻を持つ魔物は、ヘクターさんの銃が火を噴く。貫通性の狙撃スキルによって、ちょうど縦に並んだハンマークラブが二匹、何をされたかも分からぬ内に撃ち抜かれ、三、四歩ほどせかせかと歩いたところでバタリと倒れた。

 ドラゴン戦でもその戦いぶりは見せてもらったが、互いに最適な戦い方を自然にできる、素晴らしいチームだ。


「……よし」


 僕もただ見てるわけにはいかない。三人が倒しきれない魔物を対処すべく、武器を選びながら攻撃を繰り出す。


「――パワーショット!」


 初級スキルを込めた矢が、ポイズンジェリーを貫く。それだけなら大したダメージにはならないのだが、矢には雷のエンチャントを付与していた。

 ポイズンジェリーの体から電撃が発生し、先ほどよりも控えめにその体が爆ぜる。


「――砕!」


 背後から襲い来るハンマークラブの気配も察知していたので、振り返りつつ渾身の一発をお見舞いした。こちらも甲殻などお構いなしに弾け飛ぶ。


「いい身のこなしだ」


 すぐ隣にフィルさんが着地し、近くにいたホーンシャークを切り身に変えた。僕はどうもとお礼を述べつつ、目の前にいたもう一匹のホーンシャークを串刺しにする。


「――エナジーブラスト!」


 ヘクターさんの近くにいたハンマークラブが爆発し、大きなハサミ部分が彼の頭にゴツンとぶつかった。思わず笑ってしまったが、打ちどころが悪かったら相当痛かっただろうな。


「危ないですよ、ルディ!」


 案の定ヘクターさんは怒り、ルディさんはそこにいたのが悪いんだと反論する。こういうときでも平常運転だな。


「一匹逃げてるな、追ってくれ!」

「あ、はい!」


 フィルさんは常に全体を見渡しているので、指示も早い。僕は人の多い方へと移動を始めていたホーンシャークを追いかけ、上空から襲撃をかけた。


「――ブラストショット!」


 着弾したところで、ホーンシャークは内部からバラバラに吹き飛ぶ。……今更ながら、ちょっと爆発が多い戦いだな。後で掃除する人のことを考えて、控えめな技にしておくべきだったか。まあ、仕方がない。

 その後も危なげなく戦い抜いた僕たちは、ものの五、六分ほどでニ十匹以上の魔物たちを駆逐した。後には生々しい残骸が残ったものの、被害は最小限に食い止められたはずだ。


「ありがとよ、ギルドのみんな!」

「助かったぜ!」


 港で働く人たちから感謝の言葉を投げかけられ、それを笑顔で返す。これ、僕もギルドのメンバーだと思われていそうだな。


「しかし、軍の連中は遅いな……結局ギルドの人らが倒してくれるまで来ないとは」

「まあ、ドラゴンとの戦いで結構やられてたからなあ……」


 帝国軍の兵士たちは、ドラゴン戦で銃や大砲などで後方支援をしてくれていたが、怪我人もそれなりに出ていたはずだ。ここにすぐさま兵士を送る余裕がなかったりするのだろうか。

 それでも、隊長格なら様子見に来るくらいは出来そうなものだが……まさかこういうことにも関心が薄い、というわけではあるまい。

 などと思っていると、


「今しがた聞いたんだが、陸側からも魔物が来てるらしい。軍は先にそっちの情報を聞いて対処に行ったんだとよ」

「そういうことか……いや、ギルドの人らがいないと危なかったな」


 陸地からも魔物が襲ってきているのか。なら、少なくともシヴァさんやパティさんはそちらの対処にあたっていそうだ。

 魔王城の姿もこの目に焼き付けたし、もう港に留まっている理由はない。魔物が現れたなら、それを倒しにいくべきだ。


「行ってみますか」

「ん、そうするか。……南側なら宮殿から遠いし、ここからは近い。兵士が間に合ってないかもしれないな」

「じゃーそっちに行きましょう!」


 判断が早くて助かる。僕たちは船員たちにしばらくは気を付けるよう言い残して、すぐに港を出た。ここから帝都の南端までは、全力で走ればそれほどかからないだろう。向かっている最中、僕達とは反対方向に逃げていく人たちが何人もいて、南端からも魔物がやって来ているというのが把握できた。


「前回もこんな風に、魔皇を倒しきった後は魔物が沢山出たんでしょうかね」


 その前回を知っている人はこの中にいないのだけれど、僕は何となく聞いてみた。


「勇者グレンの旅は、魔皇を討伐してからも一年以上続いていたようですが……魔物の被害が増えたという話はなかったはずです。流石に魔物が急増した後も魔王を放置していたなら、もっと非難されていたでしょうからね」

「じゃあ、とりあえずは一時的なものか……」


 勇者の手記にもそれらしい描写はなかったし、この先もずっと魔物が攻めてくるということはなさそうだ。魔王城の出現が、一時悪しき力のバランスを変えたというところか。


「すぐに落ち着けばいいがなあ」

「そうですね。ヒューさんを探すどころじゃなくなるとまずいです」


 帝都だけでなく、他の場所でも魔物は活発化しているのだろうか。大きな被害が出ていないことを祈るしかないな。


「……見えてきた。何人か兵士は来てるな」


 フィルさんが呟く。確かに、閉じられた門の近くには五人ほどの兵士がいる。普段警備にあたっているのは二人くらいだろうし、応援に駆けつけた人が何人かいるようだ。

 そして、その中には見覚えのある姿もあった。


「あ、シヴァ隊長がいるねー」

「……本当だ」


 宮殿から一番遠い場所へ率先して来たのだろうか。彼の性格なら有り得そうだ。兵士たちに指示を出し、自身は階段で城壁の上部へ上っていく。


「外に飛び降りて戦うようですね」

「どれくらいいるんだろう……僕たちが加勢した方が良さそうなら、行きましょうか」

「ちょっくら偵察してみるかね」


 言うと、フィルさんは慣れた動作で付近の住宅の屋根に飛び乗り、そこから更に高い屋根へと飛び移っていく。やがてシヴァさんがいた方とは反対側の壁の上に着地すると、外の様子を一瞥してまたこちらへ戻ってきた。……流石フィルさんだ。


「港と変わらず……少し多いくらいか。あの隊長さん一人くらいでも何とかなるだろうけど、当然加勢した方が早く済む」

「そうしましょう」


 たとえ軍が僕たちを――僕を快く思っていなくとも、ドラゴンという共通の敵が現れたときは団結できたのだ。

 また敵が立ち塞がったのなら、力を合わせて戦うのが最善だと僕は思う。


「では、参加しますか」

「おー!」


 そんなわけで、僕たちもひっそりと外壁を上り、街の外へと飛び降りて魔物どもと対峙するのだった。

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