3.現れる魔王の城
「……ヒューという人物の怪しい行動が浮き彫りになった、というくらいが収穫か」
「ラインのどこかにはいそうだけどねー」
教会を出てすぐの路地で、僕たちは先ほどの話の整理もかねて話し合っていた。
オリヴィアちゃんからの説明で得られたのは、フィルさんとルディさんが言ったその二点くらいだろう。
ライン帝国で造られていた建造物が怪しい、というのはそれなりに有益な情報だが、それでも調べる範囲としては広過ぎる。おまけに身動きもとり難いし、今後の方針をどうすべきか、悩ましいところだった。
「この国はギルドの支部数も少ないので、各支部に連絡を入れたとて容易に見つかるとは思いませんね。ただ、すぐに頼んでおくつもりではありますが」
「お願いします。……僕にも何か、出来ることがあればいいのに」
「もどかしいだろうが、今は人を頼るしかないよ。魔王討伐という重い責務は君たちが背負ってここまで来たんだ。こういうときくらい、他の誰かが助けにならなきゃな」
「……今までも、十分色んな人に助けられてきましたけどね」
「それでも最前線は君たちだった。……これまでに築いてきた繋がりが、今度は君たちのために全力を尽くしてくれるはずだ」
これまでの繋がり、か。やや駆け足で続けてきた旅だったけれど……確かに多くの出会いがあった。良い出会いもあれば、悪い出会いもあった。その中で僕たちに力を貸してくれた人、思いを委ねてくれた人も沢山いた。
信じて待てば……助けは訪れるだろうか。虫のいい話かもしれないけれど、そうあってほしいと思う。
「……何ができるかは分かりませんが、僕も動くのは動いてみます。その上で……カノニア教会やギルドの皆さん、或いは他の誰かが良い知らせを持ってきてくれるのを、信じることにします」
「ああ、今はそれしかないだろう」
フィルさんは大きく頷き、僕の肩をポンと叩いた。
「それじゃあ、今日のところはこの辺で解散としようか」
「ええ、そうですね――」
僕が答えようとした、そのとき。
突如として世界が傾いだ。
「――なッ……?」
「地震だわ……!」
ルディさんが声を上げた。
地の底から伝わってくる振動。それは途切れることなく延々と続く。立っていられないほどではないのだが、十秒、二十秒と揺れ続けるこの地震には只ならぬ何かを感じた。
やがて、その答えはヘクターさんの口からもたらされた。
「まさか、これが――魔王城の出現……!?」
「あッ……!」
そうだ。ショックなことが立て続けに起きてすっかり失念していたが、結果として四体の魔皇が討伐されたのだ。
ならば、魔王の君臨する魔王城が出現するというのは不変のルール……!
「港に行けば、見えるかな……!?」
「行ってみるか!」
ルディさんの提案に乗ることにし、僕たちは急ぎ東側の港へ向かうことにした。
その間も、微かな音を立てながらの縦揺れは全く収まる気配がなかった。
「やはり、都民も怯えていますね……」
「でも、事情を説明してる人もいるわ。前回の魔王城出現を経験した人なんでしょうね」
何事かと不安げな表情で立ち止まる若者たち。それに対し、これは魔王城の出現だと声を上げるお年寄りたち。突然のことに混乱は広がっていたものの、具体的な説明をしてくれている人たちのおかげで、それほどまでの騒ぎにはなっていないようだった。
街路も通れないほどの混雑ではなく、僕たちは十数分ほどでダグリンの港へ到着した。ちょうどその辺りで揺れは消え去り、耳障りな音もしなくなった。
「……あれだわ……!」
空が晴れ渡っているおかげで、水平線の彼方まで視界はクリアだった。
ルディさんが指し示す、北東の方角。……そこに黒いシルエットがあるのがハッキリと見て取れる。
グランウェールからリューズへ、リューズからラインへ。海を渡ってきた僕には分かっている。
あんなものは、今まで存在していなかったと。
「あれが……魔王城」
城、と名付けられている通り、そのシルエットは城に近い。尖塔のようなものが無数にそびえているような感じだ。
ただ、それらは形や角度が歪で、本当に尖塔なのかどうかは判然としない。どちらかと言えば黒曜石で出来た柱が突き刺さっているようにも思われた。
「ここからでも、かなり大きいように見えますね」
「ああ……出現の影響で海面もおかしい。もう少ししたら高波が何度か押し寄せてきそうだな」
「だから船を繋いだりしてるのねー……」
言われてみれば、なるほど船員たちが船をビットに繋いでいる。帝都の港は相当数の船が停泊しており、街中よりも大慌てだ。
「ここにいた人たちは、魔王城の出現をリアルタイムで見てたわけね」
「街中にいた人よりも、恐ろしかったことでしょうね」
「はあ。……あんなところに、勇者は向かわなきゃならないわけか。繰り返されてきた歴史とは言え、重い責務だね」
「……まあ、勇者ですから」
現れたる禍々しい黒影。出現までの過剰な演出とも相まって、確かに恐怖心は高まっていた。
それでも勇者として……いや、それだけでなく未来を託された者として。魔王を討伐した上で生きて帰らねばならないのだ。
恐怖なんかには負けていられない。
「魔王城は出現した。これで……最後の舞台は準備されたわけだ。だから後は、ヒューさんを捕まえ、セリアを助けて。あの城に乗り込み魔王を倒す」
「トウマくんならできるさ。俺には分かる」
「へえ……珍しいですね、フィルさんがそんなことを言うのは」
「俺だってたまにはそういうこともあるよ。……ヘクターこそどうなんだ」
「僕は……そうですね。可能性は高いと思います」
「わざと難しく言ってるでしょ、ヘクター」
「そんなことありません」
そんな掛け合いに、僕たちは笑う。
そんな掛け合いに、勇気をもらえる。
大丈夫、きっと上手くいくはずだ。
あともう少し。……どんな困難が立ち塞がっても、そのもう少しを僕たちは駆け抜けてみせよう。
そして、生きて帰るのだ。
「――おおい、魔物が出たぞ!」
ふいに、そんな叫び声が聞こえてきた。港の南側、貨物船が並んでいる方だ。
作業中の船員が叫んだようだが……少なくとも陸地には魔物の姿はない。
とすると――。
「どうやら、海からやって来ているようですね」
「……らしいな」
ヘクターさんとフィルさんも気付く。海に揺らめく影がポツリポツリと点在していた。
あれら全てが魔物だったとすると……軽く二十匹以上は押し寄せてきているのではないだろうか。
「ただ城が出現するだけで終わるとは思っていなかったが……やっぱり魔物が出てくるわけだ」
「出現の影響ってことなんでしょうか」
「確証はないが、多分ね。悪しき者どもの最後の抵抗ってやつじゃないか?」
残っているのは最早魔王だけ。討伐されればそれで全てが終わる。
魔物たちの動きが活発になるのもおかしなことではない……か。
「魔王城出現に伴う一時的なものの可能性もあるし、まあとにかく、この場は何とかしないとだな」
「……ですね!」
今は目の前の危機を救うことが肝要だ。
僕たちは上陸してくる魔物を迎え撃つため、岸壁の方へと駆けていくのだった。
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