2.間に合わなかった者たち
帝都ダグリンの住宅街に立つカノニアの教会。
来訪した僕たちを、オリヴィアちゃんは入り口前に立っていて出迎えてくれた。
ほとんど顔色も変えずにお辞儀をしてくれたが、感情表現が苦手なのが彼女の性格らしい。
僕たちも挨拶と感謝とを述べて、彼女の案内の元教会に入っていった。
「一応、来客用の応接がありますので」
堂内に入って右手側の扉から廊下が続いており、幾つかある扉のうち一つが応接室に繋がっていた。構造的にはノナークの教会と同じ……というか、全ての教会がほぼ同様に造られているのだろう。
「わざわざ時間を作ってもらってすまないね」
椅子に腰かけてから、フィルさんがまずそう切り出す。向かい側に座ったオリヴィアちゃんは緩々と首を振り、
「いいえ、教会としても今回の事態は方々に謝罪をしなければならないと思っていたところですから。こうして訪問してくださったのはありがたいです」
「ということは、帝国軍にも説明を?」
「今はまだ。ただ、他国では既に政府への説明をしているところもあるようです」
世界を股にかけて悪事を働いていたのだから、確かにどの国に対しても謝罪と説明を果たさなくてはならないわけだ。教会内は今、とてつもなく混乱していることだろう。
カノニア教会はほぼ唯一と言ってもいい宗教組織であり、国以上に大きな枠組みであるわけだが、本件の対応如何ではその地位が崩壊してしまう恐れだって十分にある。説明をするにしても慎重にならざるを得ないのだ。
「ウチの国で適当な説明をしちゃ、相当マズいことになりそうだものねー」
「……はい。世界最強を求める帝国は、世界一の規模であるカノニア教会をあまり好ましく思っていないでしょうし、甘い対応をしてしまっては潰されてしまいかねない。幸い、帝国では目立った事件を起こしていないようなので、何とか穏便に済ませたいところではある……というところですね」
「……その折衝、オリヴィアちゃんが任されてるわけじゃないよね?」
僕が何となく気になって訊ねると、彼女は何も言わずに作り笑いで返してきた。
……それは流石に重過ぎるのではないか、オリヴィアちゃん。
そんな心配が顔に出てしまっていたのか、彼女はこんな話を始めた。
「……実は、ヒュー=アルベインの背信行為については組織内である程度情報を掴んでいたのです」
「そうなのか?」
「ええ。そして確たる証拠をどうにか手に入れるため、私が帝国へ派遣されたのですね」
「……オリヴィアちゃんが?」
彼女はこくりと頷いた。
「トウマさんたちとは、セントグランで初めてお会いしましたよね。私がカノニア教会の一員となるきっかけとなった人が、ワイズ=クライスト教皇なのです」
「あの、教会で一番偉い人だね」
「はい。ドラゴンと戦った際、私の経歴が少々特殊だと説明しましたが……孤児であった私に魔法の素養を見出し、拾い上げてくれたのがクライスト教皇でした」
「孤児……」
なるほど、彼女の幼少期はかなり壮絶なものだったようだ。その闇から救い上げてくれたのがワイズさんであり、以来オリヴィアちゃんは彼を慕って、教会での活動を行うようになったということか。
「何となくお分かりだと思いますが、私はあまり社交的な人間ではないので、他の皆さんが行っているような活動は不得手です。しかし、クライスト教皇はそれでも構わないと仰ってくださって……代わりに戦闘面での技術を磨いてくださったのです」
「君の能力は、カノニア教会の教皇直伝だったと」
「そんなところです」
ワイズさんに素養を見出され、戦いのイロハを教え込まれた。
あれほど強かったことも納得だ。
「この話をした理由はもうお分かりでしょう。ヒュー=アルベインの背信行為を見抜いていたのはクライスト教皇なのです。教皇は怪しい動きがあることを私に伝え、急ぎ帝都へ向かってほしいと命じました」
「それでオリヴィアちゃんがこっちに来てたわけか……」
ヒューさんと一緒にいたのは偶然ではなく、必然だったのだ。
彼が尻尾を出さないか見張るため、同じ場所にやって来ていた……。
「……確かあのときヒューさん、ライン帝国で建設していた建物が完成したとか言ってたような気がするけど」
「それが怪しい動きです。トウマさんたちしかいなかったので大丈夫だろうと話したのでしょうが、カノニア教会はライン帝国で建物の建設などしていないのですよ」
「……やっぱり」
このご時世、帝国の土地に新たな建物の建設なんて難しいはずだ。そこに疑問を持ってもうちょっと詳しく聞いていたら、ボロが出ていたりしたのだろうか。
「話自体が虚偽というわけではなさそうです。要するにヒュー=アルベインは、教会にその事実を隠しながら、ライン帝国のどこかで何かを建設していた」
「一人で……ではなく、協力者がいたんでしょうね」
「ええ。ヘクターさんの仰る通り、協力者はいたはずです。現に一部の司祭が行方を晦ませている」
教会の人間もいれば、外部の人間もいるだろうが、とにかく複数人の仲間がいる。その仲間と共謀して何らかの建造物を完成させたわけだ。
「そのような大掛かりなことをしていたというのに、私たちは最終的に彼を追い詰めることが叶いませんでした。まさかセリアさんを連れ去って行方を晦ませるとは……予想外だったと言っても許されないでしょうが」
「セリアを狙ってるということ自体、予想外だったのかな?」
「各国で恐ろしい事件を起こしていたとはいえ、まさか勇者と従士の旅を邪魔するなんて、考えもつきませんでした……お恥ずかしながら」
実際には、勇者と従士の旅を『完遂』させようとしているのだが。まあ、ルールを破ろうとしている今回については邪魔なことに違いない。
しかし、各国で事件を引き起こしているわけだし、僕たちのことも数ある悪事のうちの一つでしかないわけだ。……心底恐ろしい組織だな。
「現状、教会では各国に対する報告をまとめつつ、ヒュー=アルベインほか行方不明となった者たちを捜索中です。ライン帝国で秘密裡に造られていた建造物が怪しいと踏んでいますので、私を含めたライン帝国にいる関係者で懸命に探しています」
「帝国軍が協力してくれたら早そうだが、期待を持つどころか噛み付かれかねないからね。教会に頑張ってもらうしかないのか」
「私たちもどうせ仕事はないようなもんだし、ちょっとでもお手伝いはしたいけどねー」
「それは州境の警備が緩くならないと、ですがね」
ギルドの三人は協力的だが、結局は帝国の厳重な警備がどうにかならないと動きにくい。それについては僕も同じだ。
一刻も早くセリアを助けたいけれど、手掛かりも少なければ行動も制限されてしまっている……歯痒い限りだ。
「なるべく早く、ヒュー=アルベインらの居場所を突き止め、捕らえてみせます。特にトウマさんは不安でたまらないかと思いますが……お時間をいただければ」
「……まあ、僕たちにできることも限られているから、仕方ないしね」
オリヴィアちゃんに言っても本当に仕方のないことだが。
カノニア教会の尽力に期待するしか、今は望みがない。
「カノニア教会の誇りにかけて、必ず早急に、良き報せをお伝えします。この度は本当に、申し訳ありません」
オリヴィアちゃんが深々と頭を下げる。……彼女に罪があるわけではないのだけれど。
僕たちはそんな彼女に頼むよと言葉を送り、そして教会を辞去したのだった。
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