十七章 それは暗き星の導き―勇者と魔王、善と悪―

1.糸を引く者

 ヒュー=アルベイン。

 僕たちの旅の途中、何度も出会い、言葉を交わした優しい笑顔の司祭。

 レオさんの口からその名を聞いても、僕はすぐに信じることができなかった。

 何かの間違いじゃないのかと……そんな思いが、どうしても浮かんで消えなかった。

 レオさんが意識を失った後、僕たちはセリアを探しつつ遺跡の外へ向かったが、脱出するまでに彼女が見つかることはなかった。広い遺跡だが、出来る限り探索はしたつもりだし、事態は最悪な方向へ進みつつあるのだろうと僕たちは結論付けた。

 フィルさんが通信機で連絡を入れ、近くの町で待機していたダニーさんを呼んで、馬車に乗り込んだ僕たちは帝都を目指した。ダニーさんは何故かメンバーが変わったことに首を傾げていたが、複雑な事情があると察してくれたようで、何も聞いてはこなかった。

 帝都へ到着した僕たちは、まずレオさんを病院へ連れて行った。僕の体も中々にボロボロだったが、彼はそれ以上に満身創痍だったので、その日のうちに手術が執り行われ、数日間は絶対安静と医師から言い渡された。ちなみに僕も手術こそしなかったものの、レオさんと相部屋で一日だけ入院することになった。

 こうして落ち着かない気持ちを抱えたまま一夜を明かし。

 退院しても構わないと渋々許可を貰った僕は、目を覚まさないレオさんに別れの挨拶をして、情報を集めるためにすぐさまギルドへと向かったのだった。


「やあ。……もう体はいいのか?」

「ええ、この通り」


 受付に立っていたフィルさんに、腕を回したり腰を捻ったりして問題無いことを示す。けれど実のところ、そうする度に鈍い痛みが体を襲うのだが。


「ヘクターさんとルディさんは?」

「二人ともいるよ。珍しく、二人して情報収集してくれてる」

「……ありがとうございます」


 昨日の別れ際、フィルさんはギルドのネットワークを駆使して情報を集めてみると約束してくれていた。果たして有益な情報は出てきたのだろうか。


「とりあえず、部屋を移ろうか」

「はい」


 僕はフィルさんに連れられ、以前魔皇討伐の作戦を立てた会議室へと入っていった。


「あ、来たわね」

「お待ちしてましたよ」


 室内にいたヘクターさんとルディさんが声をかけてきてくれる。僕は軽く会釈をして、案内されたソファに腰かけた。

 机の上には何枚かのメモ書きが置かれていた。会議室の壁には通信機が取り付けられており、二人が方々に連絡をとって情報を集めてくれていたことが分かる。彼らの協力には心から感謝だ。


「……さて」


 ヘクターさんたちの隣に腰かけると、フィルさんはメモを手に取りつつ話を始める。


「各地の主要な支部から、ヒュー=アルベインについて、或いはここ最近あった何らかの異常や事件について確認してみたんだが……どの国でも一部のカノニア教会の司祭が行方を晦ませているそうだ」

「ヒューさんもカノニア教会の司祭だった。つまり……」

「ヒューの息がかかった者たちが失踪した……と考えていいだろう」


 ヒューさんの配下、か。世界的な宗教組織であるカノニア教会の中で、そのように過激な一派が萌芽していたとは。誰も気がつかなかったのだろうか……いや、気付いて泳がせていた可能性もあるだろうな。

 しかし、状況としては悪い方へと急転してしまった……。


「そして、これが重要な情報なんだが……コーストフォード支部のアーネストが教えてくれた。彼もトウマくんとセリアちゃんのことをとても心配していたよ」

「アーネストさんが……」


 心配をかけてしまって申し訳ない。その上で、情報をもたらしてくれたことに感謝した。


「彼は、どんな情報を」

「ああ。トウマくんも知っている人物のことだと前置きしていたが……キルスという男のことを覚えているか?」

「……はい、覚えてます。ライルさんと最初に出会った、ノナークという町にいたカノニア教会の元司祭です。対立組織であるクリフィア教会を貶めようと事件を起こして、ライルさんを誘拐したんですよ」

「あの子が……なるほど、それを君たちが助けてあげたわけだ。ライルくんが慕うのも分かる」


 フィルさんはそう言って微笑む。ルディさんの方をちらりと見ると、彼女は羨ましいわと口元を尖らせていた。ヘクターさんはそんな彼女へ冷たい視線を浴びせている。


「ライルさんを誘拐し、それをクリフィア教会の仕業にしようとしたキルスさんは、最終的にカノニア教会を追放されて捕まったはずです。僕たちはそこで町を発ったので、後のことは知りませんが……」

「この情報は何故かあまり出回っていないようなんだが、どうもキルスという人物は、獄中で自ら命を絶ったらしい」

「……え?」


 一瞬、聞き間違いかと思ったのだが、フィルさんの真剣な表情からして本当のことらしい。


「罪を悔いて……?」

「という可能性もあるが、誰も自殺の現場を見ちゃいないんだね。首を吊って死んでいたと、ただそれだけだ」

「そんな言い方をするということは……」

「自殺と結論付けるのは早計ってことだ」


 もしもキルスさんの死が自殺でなければ……キルスさんは何者かに命を絶たれたということ。

 キルスさんをこの世から消し去ることで、得をする人間がいるということだ……。


「そして、キルスという人物は獄中で、不思議な言葉をよく呟いていたらしい。まるで神に祈るかのように」

「その言葉って……」


 どうしてだろう。

 フィルさんが告げるよりも先に、僕にはある言葉が既に浮かんでいた。

 なぜならそれは、僕たちの旅路で幾度か耳にした言葉だったから。

 悪に染まった者たちが口を揃えて発する言葉だったから。


「……暗き星の導きを。彼は何度も、そう呟いていたそうだ」


 ――暗き星の導き。

 悪しき研究者であるジョイ=マドックが、或いはグランウェール国王を暗殺せんとする仕立て人が、更には国を裏切るような行いに手を染めていたリューズ共和国のトップたる男が……口にした言葉。

 裏組織の合言葉である可能性については、セントグランでギルドの人たちと議論はしていた。結局あの場で答えは出なかったが、その後僕とセリアは星の導きという響きになんらかの信仰心を感じ取っていたのだ。

 そして、一度ヒューさんと話をする機会があったとき、僕たちは彼自身に星の導きというワードについて尋ねていた。彼はそのとき確か、クリフィア教会の名を挙げていたはずだ……。


「……キルスさんのときと変わらないじゃないか」


 つまり、ヒューさんは自身の組織が行っていた悪事をクリフィア教会のものだとなすりつけていたわけだ。

 しかもその悪事は、世界各国で行われていたのだからレベルが違う。

 あの優しそうなヒューさんが、とんでもない大悪人だったなんてにわかには信じられないけれど……受け入れるしかなかった。


「暗き星の導き。その合言葉についてもこちらで調べてみたが……君たちが辿ってきた旅路の中で、幾度かその手の事件に巻き込まれたみたいだね」

「ええ。グランウェールとリューズ、それにキルスさんの件も含まれると分かって……全ての国で彼らの意思による事件を経験してきたことになりますね」

「怖い話だわ……そんな風に暗躍してる組織があったなんて」


 ルディさんが両手で体を抱く仕草をしながら言う。さっきまでのおちゃらけた感じはなく、心からそう言っていることが分かる。


「近年発生している未解決の事件なんかにも、そいつらは関わっていそうだな。子どもの誘拐事件なんて、マギアルの事件を考えれば間違いなく何割かは黒だろう」

「……そんな気はします」


 マギアルで目にした、人体実験の研究室。それにここでも、レジスタンスのアトラさんが人体実験について話していた。……そうだ、だとすればヒューさんの組織は軍の一部すらも買収していたということになる。恐ろしいほどの力を持つ組織ではないか。


「敵は相応の戦力、財力を持つ組織でしょう。まずはその組織について少しでも情報を得なければ無謀な戦いになる」

「というわけで俺たちはさっき、ダグリンのカノニア教会にアポをとったんだ」

「ヒューさんはカノニア教会の司祭ですもんね。同じ教会の人間なら、あの人の情報を一番聞けそうだと」

「そういうことー。どうもオリヴィアちゃんが対応してくれるみたいだよ」


 オリヴィアちゃんか。教会の人間としてはまだ若いし役職も下の方な気はするが、何か知っているのだろうか。……それともただ下っ端に押し付けられただけか。


「まあ、行ってみないと分かりませんね」

「そういうことだ」


 フィルさんは神妙に頷いて、


「もう後一時間もすればアポの時間なんだが、トウマくんも来るだろ?」

「それはもちろん。少しでも情報を得て……捕まえにいかなくちゃいけない」


 彼は多くの罪を犯し。

 そして、僕たちから大切な人を奪っていった。

 出来る限り早く、僕は彼の元に辿り着かねばならないのだ。

 彼がセリアに何を求めているのかは分からないが……彼女を傷つけることなんて、絶対に許さない。

 必ず……捕らえてみせる。


「じゃあ、もうちょっとしたらここを出て、教会へ行こう。手掛かりを掴めればいいが」

「ですね」


 オリヴィアちゃんが、どんな情報をもたらしてくれるか。

 僕たちはそれを期待し、教会に向かうまでのそう長くない時間をただ待つのだった。

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