10.真実

「……い、……おい、しっかりしろ!」


 遠いところから、声は聞こえてくるようだった。

 揺れを感じる。……肩を掴まれて揺さぶられているらしい。


「トウマくん。……目が覚めたか」


 まぶたを開くと、そこにはフィルさんがいた。……彼以外にも、ヘクターさんやルディさん、ライルさんも心配げに僕を見つめてくれている。


「ん……」


 僕は起き上がろうとしたけれど、全身に激痛が走って指一本動かすことも難しい状態だった。フィルさんに支えてもらって、何とか上体だけを起こす。


「すみません。……来てくれたんですね」

「ああ、こちらこそ遅れてすまない。……しかし、これは……」


 後から駆けつけた四人には、事情などまるで分からないだろう。滅茶苦茶に破壊された広間、無残な亡骸を残すだけの魔皇マデル、そして何より、壁際に倒れる青年と、その近くに投げ出された勇者の剣。聞きたいことは山ほどあるはずだ。

 僕は咳払いをして、何とか声が出るのを確認してから、四人に事の経緯を説明する。


「魔皇を倒したのは彼……レオさんです。勇者の剣を抜いたのも、レオさんだったんですよ」

「レオ……もしかしてレオ=ディーンのことか? アーネストやマルクから話は聞いていたが……」


 レオさんはギルドでお世話になっていたから、情報が回っているのも納得だ。それなら話が早くて助かる。


「彼はイストミア出身で……勇者候補の一人だったんです。平たく言えば、今回の魔王復活ではどういうわけか勇者になり得る人間が二人存在してたって感じですね」

「……つまり、トウマくんとレオくんの二人、というわけですか」


 モノクルを指で押さえながら、ヘクターさんが呟く。僕はそれにゆっくりと頷いた。


「過去の勇者たちは、魔王討伐の後帰ってこられないという辛い運命を変えるべく、手段を講じた。その結果として剣が抜けず……どういうわけか勇者が二人になってしまった」

「レオくんは、自分も勇者になれるんだって気が付いて、勇者の剣を抜きに行ったんだねー」

「……そういうことです」


 ルディさんの言葉に相槌を打つ。……そこではたと気が付いた。

 ……あいつはどこだ?


「フィルさん。……ここへ来るまでに、セリアは?」

「セリアちゃんか? いや、見ていない。俺たちもここへ辿り着いたばかりだから、てっきり彼女もここにいるのかと思っていたんだが……」

「……いない……?」


 どういうことだ。

 じゃあ、セリアは一体どこにいるというのか。

 ジア遺跡では地下の隠し空間みたいなものがあったが……彼女もそういう空間に落ちてしまったりしたのだろうか。

 だとしたら、早く助けてあげなくては……。


「……ぐ……」


 離れた場所で、呻き声が上がった。

 レオさんもまた、意識を取り戻したらしい。


「レオさん……!」


 彼のところまで近寄りたかったが、やはり体を動かすのは無理そうだった。

 代わりにヘクターさんとルディさんが、レオさんを支え起こしてくれる。


「……俺は……」


 僕と同じように後から痛みがやって来たのだろう、呟いてすぐに彼は顔をしかめた。


「痛てて……」

「大丈夫ですか、レオさん」

「……皆さんは」

「私たちはダグリンのギルド員よ。トウマくんやセリアちゃんと一緒に、魔皇マデルの討伐に来てたの」

「……なるほど」


 レオさんは苦しそうに息を吐くと、ゆっくり首を動かして周囲の様子を確認した。


「……セリア……」


 彼もまた、セリアの不在に思い至ったらしい。


「……ああ……くそッ!」

「レオさん……!?」


 突如乱暴に拳を壁へぶつけたので、僕たちは驚く。

 彼は歯を食いしばりながら、わなわなと震えていた。


「ああ……俺は、俺はなんてことを……!」

「ど、どうしたんですか、一体……!」


 僕が問う。するとレオさんは眉に皺を寄せながら、


「分かってたんだ……俺は。自分がただ、利用されてるだけだってことくらい……」

「利用? ……どういうことですか、レオくん」

「勝ち負けなんて、きっとどっちでも良かったんだ。あいつは……そっちの方が狙いだった……」

「レオさん、説明してください!」


 自身の戦いに決着がつき、冷静になって初めて状況整理ができたのだろう。

 どうも、彼の言動から察するに、事態はかなりまずい状況にあるらしい。


「……トウマ。俺はさっき、お前に話したよな。俺が勇者の剣を抜くことになった経緯について」

「……ええ」

「そのきっかけは……俺の元に現れたとある人物だった」

「世界の隠された構造を知る者……でしたっけ」


 僕はあのとき追及しなかったが、勝手にネイヴァンの民ではないかという予想をつけていた。

 それくらいしか思いつかなかったからだ。


「そいつは……そいつの目的は、俺をちゃんとした勇者にするという慈善的なものなんかじゃなかったんだ。そいつの目的はたった一つ……世界の構造を守ることだった」

「え……!?」


 ……では、要するに。

 その人物は、僕というイレギュラーを許せず、抹殺しようとしていた……?


「世界の構造が一つでも崩れれば、世界そのものがおかしくなるかもしれない。そんなことは許せないのだと、そいつは口にしていた。だからこそそいつは、俺を正当な勇者にして……イレギュラーであるお前を消し去るつもりだったんだ」

「繰り返される歴史通りの結末に、するために……」

「……そう」


 レオさんは頷く。


「だから俺は……そいつの目的がトウマの抹殺だとばかり思っていた。事実、この戦いを実現させるために、遺跡内で邪魔者を分断させていったのだし」

「あ……じゃあやっぱり、トラップが発動したのはボクたちのせいじゃなかったんですね!」

「全部、あいつが仕組んだことだ」


 ということは、その人物は僕たちと一緒に遺跡内部へ潜入していたわけか。

 じゃあ、セリアもまたその人物によって孤立させられた……?


「セリアは、その人に……?」

「多分な……ぐふッ」


 蓄積されたダメージが大きすぎるのだろう、レオさんは咳き込み、血を吐いた。

 目の焦点が合っていない。……もしかすると、このまま意識を失ってしまうかもしれない。


「レオさん、あなたを利用したその人物は一体、誰なんですか!? どうしてその人物は、セリアを狙うんですか!?」


 答えを知るために、僕は声を振り絞って問いを投げかけた。

 もしも答えを得られなければ、セリアが永遠にいなくなってしまうような恐怖に襲われて。

 ……そしてその恐れは、正しいものだったのだ。

 レオさんは声を震わせながら……答えを告げる。


「セリアは……従士は、勇者と魔王の仕組みにおいて重大な役割を果たしていると、彼は言っていた。だからきっと……それを果たせばお前という存在なんて関係なく、歴史は繰り返されるんだろう」

「そ、そんな……」

「そいつは……お前に勝てるように俺を育ててきた。勇者の剣を抜けるようになるまで、ずっと俺と旅をしてきた。……トウマ。お前も、何度も会っている」

「……ちょっと、待ってください。それって」


 レオさんと再会したとき、必ず同じ場所にいた人物。

 世界の隠された構造に気付き得る役職の人物。

 世界を正しい在り方に導こうと考え得る、人物――。


「ヒュー=アルベイン。あいつが……全てを仕組んだんだ」


 最後にその恐るべき真実を打ち明けると、レオさんはまた意識を失って、ヘクターさんの腕の中へ倒れたのだった――。

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