9.ぶつかり合う剣と想い③

 ……暗い。

 どこまでも暗くて、

 どこまでも寒い。

 世界から音も色も消え失せて。

 僕は独りぼっちだった。


 ……僕はどうなったんだろう。

 記憶が混濁して分からなくなる。

 そう……僕はレオさんに斬られたはずだ。

 そこから先の景色は途絶えている。

 ここは――死後の世界だったりするのだろうか。


 喋ろうとしても声が出ない。

 手も足も動かせないし、そもそも感覚がない。

 僕はただ、闇の中を漂っている。


 ……本当は、こうなるはずだったんだ。

 あの日、屋上から明日花に突き落とされたとき。

 それが何の因果かリバンティアへと飛ばされて。

 結果的にレオさんの居場所を奪うことになってしまった……。


「それは違う」


 ……誰だろう。

 何もないはずの暗黒に、初めて声が響いた。

 聞いたことがないのに、なぜだか懐かしく感じる声。

 何かに似ている、男の声。


「……繋がっちゃいけないんだけどな。それだけ死に近づいてるんだろう」


 あなたは誰、と聞こうとしたけれど、やはり僕は声を出せなかった。

 でも……不思議とその正体は、予想できた。


「いいか、浅木刀真。君は俺たちの希望であり、そしてまたレオ=ディーン自身の希望でもある」


 懐かしい男の声は、僕に語り掛けてくる。


「つまるところ、君は『勇者』の希望なんだ」


 僕は――勇者の希望。


「俺たちは、希望を繋ぐために君をイレギュラーにした。そう、君の想像は正しい。それこそが世界の構造を打ち破るための方法だと、俺たちは信じたんだ」


 あの日、ロレンスさんと交わした言葉。

 それが今、明確に重なる。


「だから……君には力を、そして従士には記憶を封じた。この言葉の意味は、君ならもう分かるはずだ」


 ――また向こうでね。

 明日花の、最後の台詞。

 力と記憶。

 ああ、そうか――。


「トウマ。君の旅は、魔王を討伐する旅じゃない」


 じゃあ、僕の旅は?


「君の旅は――勇者と魔王を救う旅だ」


 力強く、背中が押された。


「さあ、立ち上がれ。希望は潰えたわけじゃない。世界にはまだまだ沢山の闇があるけれど……少なくとも、勇者と魔王の悲しい連鎖は君の手で終わらせることができるんだ」


 それは、勇者たちの。

 彼らの悲願。


 ――分かりました。


 声の届かない世界で、それでも僕は心の中で答えた。

 不思議とその言葉は、彼らに伝わったように思えた。

 そして、遥か遠くから一条の光が差し込んでくる。

 僕はその光に向かって、真っ直ぐに突き進んでいった。





「……がはッ!」


 覚醒した瞬間に感じたのは、当然ながら激痛だった。

 胸から腹までを斜めに斬り裂かれ、僕はズタボロの状態で倒れ伏していたのだ。

 全身が血で真っ赤に染まっているし、倒れた床にも血が流れている。

 目が覚めたといっても、頭はふらふらして力も入らなかった。

 けれど、レオさんが待っていてくれるはずもない。

 彼は僕の意識が戻ったことに気が付くと、トドメを刺すため慌てて剣を振り上げた。


「――パワーショット」


 その焦りを見逃さず、僕は咄嗟に勇者の剣へ矢を放った。

 思惑通り、しっかりと剣を握れていなかったレオさんは、矢に弾かれて剣を取り落とす。


「……は、はぁ……ぐっ」


 地面を転がってレオさんから離れ、僕はすぐさま回復魔法で応急処置を施す。これだけ深いと治りも悪いし、失った血が返ってはこないので気分も最悪だったが、それでも何とか動けるまでには回復する。

 そう、ここで終わるわけにはいかない。


「そのまま死んでれば楽だったものを」

「……まだまだ、です」


 体は既に限界近い。ただ、レオさんもそれなりにダメージを負っているし、右手は拒絶反応によって痛み続けているはずだ。

 これくらい、大した差じゃない。


「――六の型・纏」


 僕は武術士の第六スキルで、全身に魔力を纏わせる。基本的には二の型・剛の上位互換に近い使用法をするのが一般的だろうが、痛む体を無理やり動かすためにも使えるようだ。

 魔力の流れで体の動きを補助する。これなら何とか、平常時に近い動きはできるだろう。


「……ふう」


 珍しく魔力の枯渇を感じ、用意しておいたポーションを口に含む。

 まあ、どうせもう長くはもたないのだが。

 蓄積されていく疲労はどうしようもないものだ。

 ここからは短期決戦。少しでも隙を見せた方が……負ける。


「……うおぉおッ!」


 攻めてきたのはレオさんの方だった。

 姿勢は低く、剣を水平に構えて迫ってくる。

 ほとんど剣術士のスキルしか使えないのに、その使い方は多彩で予測をつけにくい。

 さあ、どんな方法で攻撃してくる……!


「――大牙閃撃!」


 こちらへ駆けながらも、レオさんは二対の斬撃を放って攻撃してくる。その牙は左右に分かたれてぐるりとカーブを描き、まるで喰らいつくように迫ってきた。

 僕はその斬撃を後方へ飛び退いて躱す。対象のなくなった二本の牙はちょうど真ん中で衝突し、派手な音と煙とともに消え去った。

 その煙幕を突き破るように、レオさんが飛び掛かってくる。柄の端に片手を添え、空中から体重を乗せた刺突を繰り出してきたのだ。


「――光円陣!」


 刺突を回避したものの、足元に光の輪が浮かび上がってくる。間に合わないかと一瞬肝を冷やしたが、バク転で後ろへ跳ぶ方が僅かに早く、ノーダメージで切り抜けられた。

 だが、それだけで終わりではなかった。


「いな……!?」


 くるりと回って視界が一周したとき、目の前には勇者の剣が突き立っているだけだった。

 レオさんの姿がない。

 そういえば、バク転の最中に影が映ったような気はした。

 もしかして――。


「――破!」


 背後から、拳が飛んできた。

 最早反射的に三の型・迅を発動させた僕は、それを紙一重で躱し――クロスカウンターを決める。


「……ぐふッ」


 頬に手痛い一撃を食らったレオさんは、口から血を吐き出して吹き飛んだ。

 ……危なかった。ギリギリのカウンターだ。

 剣を突き立てた直後、着地もせずに手の力だけでもう一度跳び上がり、僕の背後をとるとは。

 後コンマ一秒でも反応が遅れていたら、倒れていたのはきっと僕の方だった。


「はあッ!」


 これが最後のチャンスと、僕は体勢を崩したレオさんに突撃する。

 彼は剣を支えに踏み止まり、迎撃の構えに移っていく。

 レイズステップ、そして七の型・影。音速にも近い一陣の風となって。

 

「――剛牙穿!」


 レオさんに残る僅かな隙を穿つ一突きを、繰り出した。


「――流水刃」


 突きは肩先を掠めていく。

 傷は浅く、ほとんど避けられたのと同義で。

 けれど、僕にはもう一手があり。

 密着するまでに近づいたレオさんに、もう逃げ場はなかった。


「――終の型」


 今度は、音よりも速く。


「滅ッ!」


 拳が、足が、超高速の連打をレオさんに浴びせた。

 時間にして数秒と経たないまさに一瞬の世界で。

 実に三十発以上の打撃をその身に受けた彼は――その衝撃に体を投げ出し、壁に激突して崩れ落ちたのだった。


「……はぁ……げほッ」


 限界を越えた動きに耐え切れなかったか、口から血が溢れてくる。

 それを乱暴に吐き出して、僕は前を向く。


「……僕の」


 視界がチカチカと眩しくて、意識が飛びそうになるけれど。


「……勝ちです」


 何とか声を絞り出して、僕もまた冷たい床に倒れ伏した。


「……ああ」


 頭上から、彼の声が聞こえる。


「お前の勝ちだよ……トウマ」


 そして僕たちは、互いに意識を手放した。

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