8.ぶつかり合う剣と想い②

「――無頼剣」


 レオさんが更に上級スキルを発動させる。十一番目のスキル。僕がコレクトという反則技によって最初から手にしていたそれを、レオさんは純粋な努力によって会得していた。

 魔力の剣はレオさんの周囲に五本出現する。僕が出せる最大数と同じだ。こちらも対抗してみせようと思ったのだが、彼は無頼剣を巧みに操り、周囲に分散させてきた。

 そして。


「――閃撃!」

「なッ……」


 レオさん自身が放つ閃撃にプラスして、散り散りになった無頼剣からも閃撃が放たれる。六方向からの一斉攻撃とは。

 その上、単純に避けようとしても一つ一つの軌道が微妙に違う。着弾点が僕の立つ一か所だけではないようだ。こんなテクニックを身に着けているとは、レオさんも恐ろしい人だ……!


「――光円陣!」


 回避は至難の業と判断した僕は、その場で光円陣を発動させた。周囲にぐるりと発生する光の陣が、閃撃を弾いて消滅させる。どうしようもないときの防御技としても、このスキルは優秀だ。

 だが……隙も大きい。


「――剛牙穿!」

「ぐっ!」


 陣を突き破るように、強烈な突きを繰り出された。まだ全ての閃撃を弾けたわけではないのに、レオさんは自分の技にぶつかる危険を冒してまで追撃してきたのだ。

 僕は慌てて剛牙穿を避けるも、ふらりと体が傾くその先に、最後の閃撃が向かってきている。剣を振っていては間に合わない。ここは武器を手甲に変えて迎え撃つ。


「――砕!」


 体勢を崩しながらの一撃だったが、僕の拳は斬撃を粉々に打ち砕いた。これ以上の追撃は許したくないので、そのまま大きく跳躍してレオさんから離れる。


「どうした? 防戦一方だな」

「ええ……流石はレオさんです」


 賞賛の言葉が出てくるとは思っていなかったのか、レオさんは一瞬だけ意外そうに目を見開く。それから呆れたように笑って、


「甘ちゃんだな、トウマは」

「そうかもしれませんね」

「……こんな運命じゃなきゃ、その言葉も素直に受け止められたかな」

「……レオさん」


 彼の心の奥底に残る、最後の迷いが垣間見えた。

 だって……彼は悪じゃないのだから。

 彼も僕と同じ、善き心を持つ勇者なのだから。

 互いの存在を賭けた戦いだとしても、過去と未来を決定付ける戦いだとしても。

 相手を消し去ることに迷いが生まれないわけは、ないのだ。


「これが二人の特訓だったりしたら、楽しかったでしょうね」

「そういうことが一度くらいはあっても、良かったかもな」


 今がそのときなら、本当に。どれほど良かったことだろう。

 命と命のやりとりなんかでなければ。


「……くっ……」


 そのとき、レオさんが右手を押さえて顔をしかめる。痛みに耐えているようだが、急にどうしたというのか。

 戦いの只中ではあるが、心配になって右手を注視してみる。すると、彼の右手にある異常が現れていた。


「レオさん、それは……」

「……ハハ。結局、俺はまだ正当な勇者とは言えないわけさ」


 勇者の剣を持つ右手。

 それが、白い斑模様に侵されていた。

 まるで珊瑚が風化したかのように。

 彼の右手はポツポツと白く染まっていたのだ。


「お前を殺すことで、俺はようやく名実ともに正当な勇者になることができる。そのとき……この拒絶反応だって無くなるはずだ」


 レオさんの額にじわりと浮かぶ汗。何でもない風に装ってはいるものの、実際は相当の痛みが右手を蝕んでいるのだろう。

 そうだ……彼は苦しみながら戦っている。

 僕はどうしたい?

 僕は――彼を止めたい。

 殺されるわけにはいかないけれど、殺すことだって絶対に嫌だ。

 それでいいじゃないか。勇者は常に最善を目指すべきだ。

 そこから先は、また二人で決めていけばいい。


「――大牙閃撃!」


 レオさんがスキルを放つ。それなりに魔力を消費しているはずだが、威力は些かも衰えていない。大きく、速く、曲線的な軌道を描く二対の牙に、僕は七の型・影を発動させて対処せざるを得なかった。


「――無頼剣」


 二つ目の斬撃を跳んで躱した僕に、レオさんが狙いを定める。無頼剣を二本だけ生み出した彼は、そこにもう一つのスキルを付与させた。


「――剛牙穿!」


 それはまるで弓術士のスキルのよう。魔力の剣が凄まじい勢いで僕に向かって放たれる。それぞれが岩をも穿つ強烈な突きであり、貫かれればひとたまりもないのは明らかだ。

 なら僕は、本物の弓術士スキルでやり返す。


「――ビッグバスター!」


 巨大なレーザー砲が、二つの無頼剣を焼き尽くして伸びていく。ぶつかった際に力は減衰されたものの、速度はそのままにレオさんへと向かっていった。


「ぬあッ……」


 回避が間に合わなかったレオさんの左脇腹を、レーザーが掠める。ジュウ、と焼け焦げる音がして、微量ながらも血が噴き出した。


「……そっちにだけ回復魔法があるのが羨ましいもんだ」


 ニヤリと笑ったレオさんは、腰に付けていたホルスターバッグから小瓶を取り出す。魔法はなくとも回復手段は用意しているわけだ。

 ポーションを飲んでも決して急速に肉体が再生するわけではないようだが、痛みはだいぶ和らいだようだった。


「――閃撃」


 ここに来てレオさんは小技を打ってくる。回避も防御も造作ないが、大抵こういう技は連発してくるものだ。


「おっと……!」


 左へ退避し、飛んできた斬撃を確認してみると、上手い具合に死角となるよう二発目の閃撃が後方に用意されていた。防御に油断が生じていれば、予想外の二段構えに崩されていたかもしれない。

 などと考えていると、背後から風を感じた。すぐさま振り返れば、そこにはもう新たな閃撃が。


「――砕!」


 最短で処理できる拳で斬撃を潰す。そこにはまたしても二段目の閃撃が仕掛けられており、左の拳でも砕を使わなくてはならなかった。

 僕を翻弄するため、レオさんは次々にスキルを繰り出してくる。かなりの速さゆえ、個別にスキルを使って対処していては遅れが出てしまう。


「――五の型・舞」


 集団迎撃用のスキルだが、これだけ連続で攻撃がくるならピッタリだろう。僕は舞うように拳と足とで閃撃や交破斬を打ち落としていった。


「率直なところ、驚いてはいるよ」

「……え?」


 絶え間ない攻撃の中で、レオさんは僕に語り掛けてくる。


「もう一つの世界はこんな力などなく、あるのは武器のみだと聞いた」

「……まあ、そうです」

「なのにお前はこちらの世界に来てから、すぐに数々のスキルを理解し、使いこなせるようになった。剣捌きだって中々のものだった」

「元の世界でも、剣の使い方はある程度分かっていましたからね。幼馴染のせいで」

「……そうか。だったら、やっぱり俺は……フフ」


 レオさんの笑みは、少しずつ異なるものになっていく。

 僕を嘲笑うようなものから、どこか寂しげなものへと。


「……それでも俺は、俺を取り戻すと主張しよう。でなければ、俺が生まれてきた意味がない」


 彼は勇者の剣を力強く握り締めて――走る。


「食らえ――崩魔尽!」

「――震!」


 レオさんの攻撃範囲に入る手前で、僕は地面に拳を打ち据えた。

 その衝撃が地面を深く抉り、前方に隆起による無数の棘を生み出す。

 だが、レオさんは構わず剣を振るい、岩の棘をガリガリと削っていく。

 数秒の時間稼ぎにもなりはしないということか。

 その僅かな時間を、無駄にするわけにはいかない……!


「……何?」


 岩を削り切った先に僕はいない。

 さっきの展開と同じだが、有用な作戦だ。

 すかさずレオさんの側面に回り込んだ僕は、最短最速の一撃をお見舞いする。


「――爆!」


 左脇腹、僅かにさっきのビッグバスターの傷からは外れたが、渾身の一発が直撃して爆発が生じる。

 この威力を無防備な状態で受ければ、如何にレオさんといえども勝負あっただろう――。


「……あ?」


 拳が、動かない。

 レオさんが、吹き飛ばない。

 おかしい――腕を掴まれている。


「二の型・剛。……俺もここまでなら使えるようになったんだ」


 彼がまた笑った。

 それから白銀が閃き――僕は胸から腹にかけバッサリと斬り裂かれて、鮮血を迸らせながら崩れ落ちた。

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