7.ぶつかり合う剣と想い①

 空を斬る剣。

 距離を置いた、と思えばもうすぐそこまで迫られている。

 ギリギリのところで身を躱す。

 刃の代わりに、声が突き刺さった。


「――情けないな」


 腹部に痛み。一瞬遅れて、自分が蹴りを食らったことに気付く。

 地面をゴロゴロと転がり、悶えながら、僕の心はずっと揺らいでいた。

 こんなのは嫌なんだ、と。


「戦わないならそれでもいい。……さっさと死んでくれ、トウマ」

「レオさん……!」


 その名を呼んで、彼が手を止めてくれるのならいくらでも呼ぼう。

 けれど、それはきっと絶望的な試みなのだろう。

 彼の中でもう、僕という存在がどういうものかは決定づけられている。

 彼が勇者として生きる上で、消し去らなくてはならない者なのだと。


「――交破斬」


 立ち上がろうとする僕めがけ、十字の斬撃が襲い掛かる。よろめく足で地面を蹴って避けるも、斬撃は二度、三度と連続して飛んできた。


「……くっ」


 戦いたくなんてない。しかし、レオさんは確実に僕を殺すだろう。

 それを受け入れてしまう選択だってできるけれど……そうしたいかと言われれば、答えはノーだった。

 真実がどれほど残酷なものでも。

 僕だって、長い旅路をここまで歩んできたのだから。


「……はぁッ!」


 眼前に迫った斬撃を、ヴァリアブルウェポンで斬り払う。衝撃が手を震わせたが、何とか消滅させることはできた。


「フ、そう来なくちゃな」

「……ここで死ぬわけにはいかない。僕を待つ人のためにも」

「元々は、それも俺のものだったんだよ!」


 剣と剣が――ぶつかる。

 激しい衝撃と音、そして火花。鍔迫り合いになるものの、やはり体格や力はレオさんの方が上で、じりじりと押し込まれる。踏み止まろうとしても、靴が地面を抉って後退していく。

 真正面から受けるのは得策じゃない。


「――流水刃」


 流れる水のようなしなやかさで。僕はレオさんの斬撃を右手側へ受け流した。しかしレオさんの方が一枚上手だったようで、受け流される動きを利用して足払いを仕掛けてきた。


「っあ……!」

「――光円陣!」


 そのまま勇者の剣を地面に突き立て、レオさんは鋭利なる光の陣を生じさせた。まさに倒れていくその場所に発生した陣に、僕は無防備なまま何度となく斬り裂かれる。


「うああぁぁあッ!」


 ヘイスティさん特注の防具も、勇者の剣を前にしては普通の防具と大差がなくなってしまう。編み込まれた鎖帷子も、無残に断ち切られてしまっていた。


「……げほッ……――ハイリカバー」


 回復スキルで治癒しつつ、距離をとって次の攻撃に備える。レオさんも体勢を崩したのには違いなかったので、一呼吸置くために僕から離れたようだ。


「……ふっ」


 と、その場で腰を深く落としたレオさんは、剣を地面から空へと斬り上げるようにスキルを放った。


「――大牙……閃撃!」


 二つの斬撃が地面を抉りながら突き進む上位スキル。……それも、レオさんは少し変則的な発動をさせた。一本の斬撃を生み出した後、あえて時間差でもう一本の斬撃を放ったのだ。

 緩やかな曲線を描きながら、僕を飲み込もうとする斬撃。バフを発動させて一つ目を避けきったものの、ちょうど転がった先に二つ目の牙が向かってきていた。


「――斬鬼!」


 剣を巨大化させ、僕は大牙に挑みかかる。ガキン、という凄まじい音が広間中に響き渡り、振動でパラパラと無数の礫が落ちてきた。


「……やああッ!」


 全力での横一閃。大牙は砕かれ、粒子となって消えていく。だが、安堵する暇すらもレオさんは与えてくれない。

 地面に影。ハッと顔を上げればそこに、レオさんの姿が。


「――地竜鳴動!」


 ズズゥン……と、大地が沈む。

 アルマニス遺跡の石床が抉れ、割れ、捲れ上がっていく。

 僕は一歩、二歩と後ろへ跳躍し、その波のような地割れから辛くも逃れた。

 だが、捲れ上がった岩盤のせいで視界が遮られる。

 ……まず間違いなく、レオさんは死角を利用して攻撃してくるはずだ。

 その予想通り、前方から微かな足音が聞こえた。


「――無型・陽炎」


 相手が見えないのは、どちらも同じ。

 なら……これはどうだ。

 僕はレオさんの攻撃を待った。


「――はああッ!」


 左手側から巨大な剣の刃先が見えた。

 斬鬼により剣を巨大化させ、突き出た岩盤ごと横薙ぎに斬りつけてきたのだ。

 その長大なる刃は、僕の体を易々と真っ二つに斬り裂く。

 だが――流石はレオさんというべきか、彼はすぐに異常を察知した。


「違う……」

「分身です」


 そっくりそのまま、技のお返しだ。


「――地竜鳴動!」


 レオさんの立つ場所めがけ、僕は剣を突き立てる。

 彼を突き刺すことなど勿論叶わなかったが、衝撃により隆起する地面が彼の左腕に浅い傷をつけた。


「ぐあッ……」


 既に広間はボロボロだ。

 歴史ある古代遺跡は勇者同士の戦いにより傷ついていく。

 魔皇マデルの哀れな骸など、最早見る影もないほどに酷い有様だった。


「……そのスキルだけは未だに分からないな。どうしてお前は大量のスキルを手にすることができたんだ?」

「それが……過去の勇者が残してくれた希望だからです!」

「フ。じゃあそれも、俺のものだったってわけか」


 ――そうなのだろうか?

 分からない。

 でも……違うと言いたかった。

 ワガママかもしれないけれど……。


「――無影連斬!」


 僕もレオさんも、全く同じタイミングで全く同じスキルを放つ。

 一振りに無数の斬撃を乗せるスキル。回数は使用者の能力依存だが、ほぼほぼ互角で斬撃が相殺されていく。

 最後の一発だけが、打ち消されずに僕の肩を斬り裂いた。――くそ、やっぱりレオさんの方が僅かに強いらしい。

 ……それに、勇者の剣。僕の武器であるヴァリアブルウェポンも全ての形態がそんじょそこらの武器よりは遥かに強力だろうが、あの剣は更に上を行っている。

 白銀の美しい刃。その刃からは明らかに魔力が放出され、斬れ味を増幅させている。

 恐らくそれ以外にも、魔を打ち滅ぼすための善き力が刻み込まれているのだろう。だから、レオさんは魔皇マデルを息一つ乱れることなく討伐できたのだ。

 しかし、魔皇は楽に倒せたとしても、今度は違う。

 僕もまた善き者として存在している。

 魔皇戦は善と悪のぶつかりあいだったが、今は善と善のぶつかり合い。

 ならば、勇者の剣といえども絶望的なまでの戦力差とは言い切れないはずだ。

 僕は僕の持ち得る全力で――このヴァリアブルウェポンと大量のスキルで、レオさんを止めてみせる。


「……まだまだ!」

「ハハ! かかってこい、トウマ!」


 もう一度、剣と剣がぶつかった。

 視線と視線が交錯し――僕たちは鏡のように、同じ動きで後退し。


「――崩魔尽!」


 同じスキルをぶつけ合い、そして共に吹き飛んだ。


「……ぐぅ……」


 ……強い。とてつもなく。

 でも……勝てないと決まっているわけじゃない。

 これは決して、負けイベントじゃあないんだ。

 そんなものは、存在しない。


「……僕が、勝つ」

「……生意気な奴だ。できるものならやってみるんだな」


 冷たく嗤うレオさんを、真っ直ぐに見つめる。

 そして僕はゆっくりと息を吐き――もう一度、彼に目掛けて剣を振り上げた。

 

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