5.『お前を待っていた』
「――剛牙穿!」
飛び掛かって来るブラックアントに剣を突き刺す。その一撃で敵は息絶え、僕は抜け殻となったその体を壁際に放る。
「――ファイアピラー!」
炎の柱がマッドスライムを瞬時に蒸発させる。
「……はあ、もうそろそろ終着点だったりしないかしら」
「さてね。せめてライルさんがこっち側にいてくれたら良かったんだけど」
生憎、ライルさんはフィルさんたちの方に残されてしまった。あれから十分は経つし、追いついてきてくれてもいい頃合いなのだが、後ろから呼び声は聞こえてこない。
向こうでも魔物が襲い掛かってきたりして、遅れが出ているのかもしれない。
「魔皇マデルのところに二人で突撃しちゃうわけにもいかないし、怪しい場所まで来たら待っておくのもいいかもね」
「そうねー……進行度が分かんないけど」
前も後ろも同じような景色だ。ここで目を閉じてぐるぐる回ったらどっちに行けばいいか分からなくなりそうなほど。
こういうところを進んでいると、少しばかり不安な気持ちになってくるな。
また、広場に出る。今度はさっきまでより広めで、予想通り魔物の姿がちらほら見えた。待ち構えていたわけではなく、徘徊していただけの魔物のようだ。
数は四。大きめのワーム型モンスターもいて、遺跡に入ってからは一番骨のある敵になりそうだった。ワームだけど。
「セリア、気を付けて!」
「もちろんっ」
ワームは長いこと食糧にありつけていないのか、涎を垂らしながら襲ってくる。大きな口に呑まれれば、後は無数の牙にすり潰されておしまいだ。隙が大きすぎるのでまず大丈夫だろうが、油断はしないようにしよう。
スケイル鍾乳洞での戦いが思い出されるな。
「あ、トウマも思い出した?」
「ってことはセリアもかな」
まあ、一緒に旅してきたのだからそれも当然か。
戦ったことのある魔物だ、その経験を頼りに楽に倒してしまおう。
「こっちだ」
補助魔法で身体能力を強化し、僕は宙に跳び上がる。とりまきのようなバットをその跳躍の間に片付けつつ、ワームの注意を引き付けた。
気味の悪いニチャリという音を発しながら、ワームは僕の姿を追う。まるで餌に反応して水面に上がってくる金魚か何かのような動きだ。それでいい。
僕がそうして引き付けている間に、セリアは狙いを定めながら魔法を発動させる。
「――チェインサンダー!」
雷魔法は見事にワームの口の中へ飛び込んでいった。内部の粘液を伝う強烈な電撃。そんなものに勿論耐えうるはずもなく、ワームはビクビクと痙攣して地面に倒れる。
まだ息はあったが、それだけだ。ここから反撃する体力も最早ない。
「――斬鬼」
巨大化した剣を静かに構え、そして――斬る。
「はあッ!」
ワームはその一太刀で、体を両断されて息絶えたのだった。
「……よし、一丁上がり」
「おつかれ、トウマ」
スケイル鍾乳洞のビッグワームと今のワームでは大きさが違ったけれど、それでも一瞬で倒せたことには成長を感じられる。
「よし、行こう」
「はいはーい」
軽く埃を払ってから、僕たちはまた走り出した。
遺跡はやはり広大だ。迷路のよう、とまではいかないとしても、だらだらと長い通路が続いたり、不必要に思える小部屋があったり。
まるでダンジョンになるべく作られたようにすら思えてくる。馬鹿馬鹿しい考えだが。
走っているうち、明かりが微妙に遠のいていっていることに気付く。セリアが後ろから光魔法で照らしてくれていたのだが、疲れて失速してきたようだ。
「大丈夫? セリア」
前を向いたまま、声だけかけてみたが反応がない。それで後ろを振り返ってみたのだが、
「……んん?」
何故かそこに、セリアの姿がなかった。
ちょっと前に曲がり角はあったけれど、そこを過ぎてからも明かりはちゃんとあった。直前まで彼女は付いてきてくれていたはずだ。
その彼女が一瞬で消えてしまうなんてことがあるとしたら……。
「……トラップに引っ掛かったのか?」
ひょっとすると、隠し扉の向こうに消えていったとか、落とし穴に嵌ってしまったという可能性はある。それにしても、悲鳴くらいは聞こえてきそうなものだが……。
「……何だろう」
何か……何かがおかしい気がする。
確証はないのだが……仮にも冒険や戦いの経験を積んだ者が、こうもあっさりと分断されていくなんて。
ライルさんは壁が落ちてきたとき、仕掛けはなかったはずと答えた。それが本当だったとすると、あの罠の発動は第三者が仕組んだものだったりするのだろうか。
そう……作為が感じられるのだ。
「……どうしようか」
少しだけ戻ってみたが、セリアの姿はさっぱり消えてしまった。戻ってきてくれるかも分からない。流石に彼女のことだ、重大な危機に陥ることはないだろうが……戦力としても痛手だし、純粋にいないと不安だ。
「……進もうか」
もしもこの孤立に意味があるのなら。
僕がこの道を進んだ先に、きっとなんらかの手掛かりはあるはずだ。
或いは、答えか。
進むしかない。僕は自分にそう言い聞かせ、前を向く。
コツ、という音を繰り返し響かせて、寂寥の遺跡を歩いていく。
長い時間歩き続けた気はするが、実際はどれくらいだったか。
やがて、通路は終着点へと辿り着き。
先には、広大な空間が広がっていた。
テオルやアルフと戦ったときのような、最奥地の広間。
魔皇が待っていることを予感させる場所。
けれど……。
「……ん……」
魔皇らしき気配が、感じられなかった。
その代わりに、どこからか不快な臭いが漂ってきていた。
この生臭さ……血の臭いだろうか。
それが、どうやら広間の奥から発せられているようだった。
不安が胸を締め付ける。
本能が何かを警告する。
それでも知るためには前を見るしかないのだと。
僕は臭いのする方へ進んでいった。
……そして。
「……あ……」
巨大な何かが、倒れ伏していた。
それが魔皇であることに、僅かに遅れて気付く。
魔皇マデル――その骸が、目の前にあった。
間違いなく、魔皇は息絶えている。
「そ、そんな……」
あり得ない、と呟きかけて。
死骸の先に、人影が見えることに気付いた。
目を凝らすと、その人物はゆっくりとこちらへ向かって歩いてきているのが分かる。
やがて――ハッキリと視界に捉えられたその人物は、フード付きのローブにすっぽりと身を包んでいた。
「……誰だ……!」
震える声で、僕は問いかける。
この人物こそが、魔皇マデルを倒した張本人であることを確信しつつ。
彼は僕の真正面に立ち止まると、俯き加減のまま、こう告げた。
「――お前を待っていた」
その声。
掠れてはいるけれど、聞き間違えようはずもない声が。
恐ろしくてたまらなくなった。
どうして。
どうして彼が……。
男は、おもむろに背中に提げていた剣を抜き放った。
その形を、僕は鮮明に覚えていた。
ちょうど、大十字章のようなフォルムの柄だ。
柄の先には美しい白銀の刃が光り。
その刃に、魔皇マデルの赤黒い血が付着していた。
「長かった。……お前に追いつくまでの日々が」
「何で……」
呆けた表情のままでいる僕に、乾いた嗤い声を僕に浴びせて。
彼はその顔を覆うフードを外した。
懐かしい顔。
幾度も背中を預けた、この世界での友の顔。
「久しぶりだな……トウマ」
勇者の剣を手に嗤うのは、始まりの町イストミアで出会った青年、レオ=ディーンその人だった。
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