4.狂騒のアルマニス遺跡

「ここから遺跡に入っていくんですが、入口から既に埋まっているので……」


 ライルさんの案内を頼りに、僕たちは道とも言えぬ道を進んでいく。ギルドの三人も、この周辺までは来たことがあっても内部へ入るのは初めてのようで、忙しなく視線を動かしながら歩いていた。


「ボクたち研究員も、奥までは入ってないんです。ほら、入口までに道が枝分かれしてるのが分かりますよね」

「うん。人の手で掘られたように見えるけど」

「遺跡そのものが埋まっているので、こうして外壁の周辺も調べているみたいです。もうだいぶ昔からのようですね」

「ほえー……」


 セリアがそんな風に相槌を打つ。実際、細い道が幾つも作られているのは驚くというかなんというか。これまでの研究者たちの努力に感嘆するばかりだ。


「昔、隠し通路が見つかったこともあって、外周の調査も力を入れられるようになったんですよ。結局、その通路を辿った先にめぼしいものはありませんでしたが」

「調査って、中々成果が上がらないから辛いんだろうね」

「ええ。それでもボクは、諦めないです」


 流石はライルさんだ。小さな体に、大きな意志を宿している……何て言ったら怒られるかな。


「お喋りしているところ悪いが、早速お出ましのようだ」


 フィルさんが短剣を構える。その視線の先には、小型の魔物が五匹ほど蠢いていた。地下ということもあり、コウモリとクモ型の魔物だったが、以前戦った個体よりも強そうだった。上位種だろう。


「フレアバットに、ポイズンスパイダーですね。名前の通り、フレアバットは火を噴きますし、ポイズンスパイダーの牙や糸には毒がありますので気を付けてください」


 ヘクターさんがすらすらと答えてくれる。イメージ通り、知識量は多いらしい。

 僕たちはライルさんを下がらせて、戦闘態勢に入った。


「狭いから上手に戦わないとねー」

「魔法は使わないでください」

「戦えない!?」


 それだとルディさんだけでなく、セリアも戦えないわけだが。……まあ、通路で戦闘するなら魔法は止めておいた方がいいのは間違いない。ここは物理職が活躍しなくては。


「行くぞ」

「程良く支援しますね」


 フィルさんが走り、ヘクターさんが銃口を魔物へ向ける。二人の連携を邪魔しないようにと気を付けつつ、僕もまた魔物へ向かって駆けていった。


「――無影連斬」


 フィルさんは面倒臭そうな表情と裏腹に、凄まじい速度でフレアバットのすぐ後ろをとると、これまた凄まじい剣捌きでバットをバラバラに解体した。短剣のメリットを最大限に活かすことができている戦い方だ。防御面は薄いのだろうが、そこはヘクターさんがキッチリカバーするというスタイルのようで、


「――バレッジショット」


 フィルさんの真横に迫っていたポイズンスパイダーに、ヘクターさんは実弾と魔法弾の二発を綺麗に撃ち込み絶命させた。


「サンキュ」

「いえ」


 負けじと僕も一匹のフレアバットを両断したが、見事な連携の前にはやはり霞んでしまう。

 さっさとここを抜けて、セリアと共闘したいものだ。


「これで終わりだ――光円陣!」


 フィルさんが膝をつき、地面に短剣を突き刺した。その周囲にぐるりと円陣が出現し、斬撃となって二匹のポイズンスパイダーを裂いた。剣で円を描かなくとも発動するのか、これ。


「お疲れ、フィルー」

「はいよ。……前置きも済んだし、これで遺跡の中だな」

「ええ、行きましょう」


 枝道は無視して、広い道を直進する。

 そして僕たちは、アルマニス遺跡の入口門をくぐった。


「ほおー、凄いんだね」


 内部の壁面や柱を目にしたルディさんが、そんな感想を零す。


「古代の遺跡ですからね。ルディは興味ないかもしれませんが」

「そんなことないわよ! ……人が作ったんだよね、これ」

「恐らくは古代人が作ったんだと言われていますよ」


 ルディさんの質問に、ライルさんが答えた。まあ、古代人と言われても皆ピンと来ないのだが。

 リバンティア歴は三百四十年ほど。この遺跡は、その数えられた歴史の中でできたものか、それとも外でできたものか。

 ライルさんや研究者たちは、そういったところにも大きな興味を抱いていることだろう。

 

「ちなみに、この壁画にはどのようなことが書かれているのでしょう」


 ヘクターさんが、目の前の壁を指差しながらライルさんに確認する。象形文字のような判読不能の記号と、抽象的な絵。元の世界でも古代文明があったところにはそういう壁画が残されていたわけだが、古代人の生活についてでも書かれているのだろうか。


「全てが解読されたわけではありませんが、主に神様のことを書いているようですね。この辺りは調査が完了しているんですけど、たとえばヘクターさんが指したところにはサブナックという神様のことが書かれています」

「サブナック……」


 アルスノヴァやロスト系魔法のときもそうだったが、サブナックというワードにも何となく既視感のようなものがあった。やはり、ファンタジー系でよく付けられるような名前がついているというところなのか。


「教会の書物に、神様について説明してるものもあったはずだけど……サブナックって、戦いの神様みたいなのだっけ?」

「そうです、セリアさん。サブナックは序列四十三位の神様で、戦うための建造物や武器を造り出せるらしいですね」

「うへえ、結構えげつない神様なのね……」

「まだ全ての神様について明らかになっているわけではないですけど、優しい神様だけじゃなくて、そういう『強い神様』も多いですよ」

「まあ、神様なわけだもんねー……」


 ドラゴンもそうだったが、人間の思う限界など容易く超えた力を持つのは当然だろう。


「……さて、このホールから道は三つに分かれているんですが。奥に続くのは真っ直ぐの道ですね」

「多分、魔皇は遺跡の中心部近くにいるだろう。それなら奥に向かうべきだと思う」

「僕もフィルさんに賛成です。……前の道を行きましょうか」


 誰も異存はなかったので、僕たちはほとんど立ち止まることなく奥へ進んでいった。

 所々に小広間のような空間があり、そこには魔物が待ち構えていることもあった。僕たちはなるべく時間とエネルギーを浪費しないよう、最小限の力で魔物を倒していく。


「――ブラストショット」

「――交破斬」


 ヘクターさんとフィルさんが泥のようなスライムを連携して倒せば、その隣で僕とセリアが、


「――ブリザード!」

「――砕!」


 魔法によって凍らせたフレアバットたちを、拳で粉々に砕いて倒す。

 誰か一人に隙が生まれれば、それをルディさんがフォローしてくれ、


「――フリーズエッジ!」


 氷の刃でブラックアントを串刺しにした。


「ふうっ」

「うん、無駄のない動きだ」


 フィルさんがそう評すると、ヘクターさんは静かに頷き、ルディさんはしてやったりと笑った。


「それじゃ、また進んでいこう」


 僕とセリアを先頭にして、隊列は再び進み始める。


「そう言えば」


 ふいに、ライルさんがそんな風に口を開いた。


「うん?」

「遺跡にはトラップのようなものが仕掛けられているところもあるんです。大体のものが古くなって機能しなくなっていますが、怪しいものには気を付けてくださいね」

「あー……言われてみれば、ジア遺跡では毒矢が飛んできたりしたっけ」

「機能している方が珍しいんですが、そういう例もあるとは思います」


 じゃあ、この遺跡でも警戒はしておかなくては。ここまでの道中で引っ掛からなくて良かった。……入口で言うのを忘れていたな、きっと。

 ――と、そんなことを思っていた矢先。


「うわっ!?」


 小広場に入ったところで、突如として地震が起きた。ゴウゴウという音とともに体が上下に揺さぶられ、立っているのも難しくなる。

 すると、セリアがあることに気付いた。


「あっ、天井――」


 言い終わるより早く、天井の一部が落下してきた。それは僕とセリアのすぐ目の前に垂直落下し、壁となって前方を塞ぐ。

 これは――侵入者を分断するためのトラップといったところか。

 フィルさんたち、それにライルさんと分断されてしまったわけだ。


「どこにも仕掛けはなかったと思うんですが……」

「素人には分からん仕掛けもあるだろう。発動してしまったものは仕方がない、何とか対処しないとね」

「どうします、フィルさん」


 壁の向こうにいるフィルさんに訊ねると、彼はしばらく唸ってから、


「今のところ、分岐が最初にしかなかったから……戻るよりもこの壁を壊す方が早そうだ」

「それはまあ……」

「二人は先に行っててくれ。すぐに壊して追いつく」


 こちら側からも手伝った方がいいのでは、と言いたくなったが、両側で攻撃するのは危険だと判断したのだろう。時間も無駄だし、フィルさんに従って先に行った方がいいか。


「じゃあ、先に行きます!」

「はいよ!」


 ドオン、と衝撃音が轟いた。誰かがスキルをぶつけたようだ。こちら側から見ても、壁には薄っすらとヒビが入っているし、この分なら数分とかからず追いついてきてくれるはず。

 セリアに目配せし、僕たちは進攻を再開した。

 早く魔皇マデルの元へと辿り着かなくては。

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