3.遺跡への導き
剣を携えた、ローブの男。
彼が持つものが果たして勇者の剣なのかはまだ分からない。
しかし、イストミアに同じ格好の人物がいたことからも、可能性はかなり高かった。
勇者の剣が消滅したという線も、この事実により微妙なものになってしまった。
アルマニス遺跡へ向かったという男。
真実を知るには、彼を追うしかないだろう。
いずれにせよ、僕たちは魔皇討伐のために遺跡へ行かなくてはならない。
そこで、全てを明らかにできるはずだ。
午後二時前になり、僕たちはギルドへ足を運んだ。受付では既にフィルさんたち三人が準備を終えて待っていたのだが、彼ら以外にもう一人、四人目の人物が座っていた。
それは、僕とセリアも良く知る人物だった。
「おはようございます……って、あれ?」
「ライルさんがどうしてここに……」
研究者のライル=クリーズさんが、応接の椅子に腰かけていたのだ。彼は僕たちに挨拶をすると、にこやかな表情のままこう答えた。
「お役に立ちたいとは常々思ってたんですが、魔皇の出現場所がアルマニス遺跡ということで、道中の案内くらいはできるかなと」
「あ……もしかして」
「はい、調査場所がアルマニス遺跡周辺だったんです。元々帝国生まれで遺跡を見たこともありますし、魔皇がいる今は一度しか行けていませんが、皆さんよりは知識もあるかと思いまして」
「なるほど……ありがとうございます、とても助かりますよ」
遺跡の専門家みたいな人が同行してくれるのならとてもありがたい。この少人数だ、むやみに探索するよりは効率のいいルートを通れた方がいいのは当然だった。
「考古学研究所に、アルマニス遺跡の簡単な地図でも貰いに行こうかと寄ってみただけだったんだが、まさかトウマくんの知り合いがいて、オマケに協力までしてくれるとは予想外だった。その厚意に甘えることにしたんだ」
「戦闘は全然無理なんでご迷惑をおかけしますけど、よろしくお願いしますね」
「そんなのは気にしないでくれ」
フィルさんの優しい言葉に、ライルさんは恐縮したように頭を下げた。そんなライルさんを見つめるルディさんの目が何となく輝いていたのに気付いたが、あえてスルーした。……可愛いもの好き、みたいなやつなのかもしれない。
「それじゃ、揃ったことだし出発することにしよう。馬車を予約してあるから、遺跡の前まではそれに乗っていって、後は徒歩になる」
「了解です。行きましょうか」
「よし、お姉さん頑張るぞー」
「落ち着いて行動してくださいね、ルディ」
「だから年上なんだってばー……」
少人数ながら賑やかで和やかなメンバーだ。ギルドの人たちは毎度こんな感じなので気持ちが楽になる。
魔皇討伐は非常に大きなイベントで緊張するが、仲間の存在にいつも助けられているな。
僕たちはギルドを出て、そのまま街の南端に向かう。馬車の停留所は、海に面している東側以外の三か所にあるのだが、アルマニス遺跡はリン州の南側にあるのでその方角の停留所から出発するわけだ。
停留所に到着すると、確かに大きめの馬車が一台準備を終えて止まっていた。御者の男性はフィルさんと目が合うと、すぐに笑顔で手を振ってくる。
「やあ、フィルさん。時間通りだね」
「ああ、いつもありがとう。今回は少々危険だが、よろしく頼むよ」
「断るわけにもいかないしね、しっかり料金分の仕事はさせてもらうさ」
そう言いながら、彼は馬車の中へ入るよう手振りで促してくる。僕たちはさっさと扉を開けて中に入った。
「仕事で遠出する際に、毎回無茶を言っていてね。ダニーさんとは結構長い付き合いなんだ」
車内に収まったあと、フィルさんはそう説明してくれた。通常、馬車のルートは一定なわけだが、ギルドの依頼でルート外に行かなくてはならないときは、彼に直接お願いをしているそうだ。
仕事をしていると、こういう関係も構築されるのだなあと感心した。
「じゃ、馬車を出すよ」
御者のダニーさんはそう言って、手綱を強く引いた。馬のいななきとともに馬車は動き始め、街路を通って、南門から帝都を出ていく。
兵士の姿が数人ほどあったが、僕とセリアは座席の中ほどにいたので見られなかったようだ。まあ、仮に見られても追っかけてはこなかっただろうけれど。
「後はアルマニス遺跡付近まで、大体一時間と少しの馬車の旅だ。眠くなったら寝てもいいけど、寝惚けたままで戦う羽目にならないようにね」
「はーい」
セリアとルディさんが同時に答える。この二人、それとなく波長が合うのかもしれない。あんまり合わないでほしいのだけど……。
「ライルさん、アルマニス遺跡の現状はどんな感じなんです?」
「ええと、ボクたち研究員は前回、護衛を雇って調査に向かったんですが……魔物の数は確かに多かったですね。と言っても、凶暴化しているとかそんなことはなかったです」
「数が多いくらい、か」
リューズの魔皇は特殊だったとして、やはり魔皇が積極的に人間を滅ぼしにかかってくるというようなことはないようだな。帝国軍がレジスタンスを優先するのも分かる。
魔皇に勝てないから挑まないのではない。魔皇を勇者に任せたいから挑まないのだ。
リバンティアに転移してきたばかりの頃が懐かしい。勇者は世界中から賞賛されるヒーローだと思っていた頃が。
勇者を一つの役割――駒と見做す勢力だって、確かに存在するのだ。
「……でも、こうして役に立てて良かったです。恩返しができました」
「……ライルさん」
まあ、道具のように見られたとしても、構わない。
こうして信頼し、尊敬してくれる人たちだってちゃんといるのだから。
それからダニーさんの言う通り、約一時間の馬車の旅が続いた。景色はほとんど変わらず、平野と荒野がせめぎ合うような風景ばかりだったが、遺跡が見えてくるころには流石に、緑は少なくなっていた。
リン州の南端近く。それはつまり、貧困問題の厳しいカーク州に近い場所。土地が荒れているのはおかしなことではない。
馬車の揺れも激しくなり、セリアとルディさんが寝ていられなくなったころ。ダニーさんが目的地のシルエットを目にして口を開いた。
「……そろそろだ」
僕も前方を見つめる。薄っすらと砂埃の舞う荒野に、灰色の影が確かにあった。
大きめの建造物ではあるが……何か違和感がある。そう思っていると、
「アルマニス遺跡は少し沈んでいるんですよ。なので、ここからだと低く見えてしまうんです」
「ああ……」
コーストンの遺跡は崖下にあったわけだが、アルマニス遺跡もそれと似ているということか。道をやや下りながら、ともすれば地下道を通りながら、遺跡の内部へ入っていくのだろう。
「さて、俺が連れていけるのはここまでだよ。馬車が壊れると困るからね。……近くの町で待たせてもらうから、終わったら連絡して」
「助かるよ、ダニーさん」
「いやいや。……頑張って、皆さん」
「頑張りますっ!」
セリアの元気な宣言に、ダニーさんも満足そうな表情を浮かべてくれた。全員が馬車から下りると、彼は別れの挨拶とともに馬車を走らせ去っていく。
後には僕たちだけ。目前には、アルマニス遺跡が待ち受けている。
「……では、行きますかね」
「活躍してみせるぞー」
「ドジは踏まないでくださいね」
「大丈夫ですー!」
「ほら、気を引き締めていくぞ」
漫才のようなやりとりをしていた二人も、フィルさんの言葉を受けて頷く。おもむろに武器を取り出し、真っ直ぐに遺跡を見据える。
僕とセリアもそれぞれの武器を構え、そして告げた。
「これより、魔皇マデル討伐作戦を開始します!」
「おー!」
その宣言とともに、僕らは歩を進めていくのだった。
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