2.剣を携えた男

 目覚めは早かった。

 案外ぐっすりと眠ることができたので寝覚めも良く、僕はセリアを起こしつつカーテンを開く。

 外は快晴、魔皇討伐に出発するには良い天気だ。


「んー……おはよ、トウマ」

「おはよう、セリア」


 セリアもいつもと違ってすぐに起きてくれる。出発が目前に迫っているのだし、寝ているより起きて何かしていたいのだろうな。

 僕たちは宿の食堂で朝食をとり、身支度を済ませてから宿を出ることにした。ギルドへの集合時間は二時だったけれど、それまでの間は街を歩いて時間を潰すことにしたのだ。

 ドラゴンが街へ残した傷跡。その確認をしたかったのもある。

 一番気がかりだったのは、リベッカさんの家だ。帝国軍に何かされていないかも心配だったので、僕たちは家の前まで様子を伺いに行った。


「……特に何事もない、か」

「ええ、そうみたいね」


 小さな庭に、リベッカさんの姿はあった。晴空の下、普段と変わらない様子で洗濯物を干している。家の中では息子のマシューくんがやんちゃをしているようで、タオルを洗濯バサミで留めながら彼を叱りつけていた。


「二人の平穏な生活が、このまま脅かされないでいるといいけど」

「ま、私たちがいると逆に危ないかもだし。魔皇を倒してさっさとおさらばしちゃいましょ」

「はは……そうかも」


 僕が地下牢を脱走してから、特に追手がくるわけでもない。軍の本心からすると、僕たちには早く国を出ていってほしいんだろう。

 彼らが成し遂げたかったのは多分、ロレンスさんの処刑だ。それによって、十三番目のスキルを解放したかったわけだ。

 それなら、目的を果たした以上僕たちを無理に捕らえる必要はないし、いっそ州境の通行止めも解除されるかもしれないな。

 レジスタンスへの警戒は引き続きあるにしても。


「マットさん。早く戻って来てあげてよ」

「ね。二人を安心させてあげなきゃ」


 マットさんが元気なうちに再会を果たせることを、心から願う。

 そんなわけで僕たちは、リベッカさんの家から静かに立ち去った。時刻はまだ十時を過ぎたばかりで、街路にはちらほらと買い物に向かう女性の姿があるくらいだ。

 進む先には教会が見える。……そうだ、オリヴィアちゃんに改めてお礼を言っておくのも悪くはない。


「ちょっと教会に寄ってみようか。オリヴィアちゃんがいるかも」

「ああ、構わないわよ。行きましょっか」


 オリヴィアちゃんが魔皇討伐に参加してくれる、などというのは流石に高望みだが、乗り気になってくれそうなら誘ってみようかな。彼女の戦力は大きな助けになってくれるに違いないし。

 とりあえず、教会の中へと入っていった僕たちは、近くの神父さんに来訪の意図を告げる。神父さんはオリヴィアちゃんを呼んできますと言ってくれたので、その言葉に甘えて近くの椅子に座り待つことにした。

 それから五分。祈りに来た人が何人か入れ替わったところで、神父さんがようやく戻ってきた。しかし、そこにはオリヴィアさんでなく、何故かヒューさんの姿があった。


「あれ……おはようございます、ヒューさん」

「おはようございます。お二人がこちらへ来ていると聞きまして」

「オリヴィアちゃんに、この前のお礼が言いたかったんですよ。あの子のおかげで、私たち……というか、ダグリンが救われたわけだし」

「なるほど、良い心掛けです。……しかし生憎、彼女は外出中でしてね」

「ああ……」


 では、その代わりに僕たちを知っているヒューさんが出てきてくれたのだろうか。そうも思ったのだが、どうやら違うらしい。

 ヒューさんは、僕たちに対して明確な理由を持って会いに来たようだ。


「トウマさん、セリアさん。少しだけ、お時間をいただいても?」

「えと、大丈夫ですけど……」

「ありがとうございます。……では、こちらへ」


 ヒューさんに連れられ、僕たちは教会の応接室へ入る。

 正典や関連する書籍が棚に並び、燭台が室内を照らす応接。そのテーブルを挟み、僕たちとヒューさんは向かい合う。


「無理を言って申し訳ない。実は、先日の一件についてトウマさんにお伝えしたいことがありまして」

「先日の一件って……」

「勇者の剣が無くなったという話です」


 カノニア教会には既に情報が入っているようだ。帝国軍から聞いたのか、それとも教会のネットワークからかは分からないが、ヒューさんはもう剣のことを知っているらしい。

 そして、僕が知らない新たな情報をも得ている……。


「……何か、教会の方で分かったことがあるんですか?」

「それが、この教会に所属している司祭の一人が、所用で郊外まで出ていたとき、一人の旅人に声を掛けられたそうなのです」

「旅人? こんな時に、ですか」

「ええ。それだけでも不思議なのですがね」


 僕とセリアですら、レジスタンスの強力を得て帝都に忍び込んだのだ。ライン帝国の厳重な警戒網の中、旅なんてやっていられるとは思えない。


「その旅人――若い男の声だったそうですが、彼はフード付きのローブで全身を隠すようにしていたそうです」

「え……?」


 フード付きのローブ。

 そのワードはつい先日聞いたばかりじゃないか。

 まさか、それをまた耳にすることになるなんて。

 しかも……その人物は重要参考人なのだ。


「ヒューさん。実は僕たちも昨日、ギルドの人たちと今後について話をしたとき、ローブの男の話題が出たんですよ。なんでもその男は、勇者の剣が無くなる直前、イストミアの町民に目撃されていたとか……」

「……なるほど。やはりそこで繋がるわけですね」

「繋がる、ということは……同一人物の可能性が高いんですね」

「ほぼ確実に、同じ人物だと思われます」


 つまり、数日前にイストミアで目撃された男が今、ライン帝国にやって来ているということだ。


「その男は、司祭に向かってこう訊ねたそうです。アルマニス遺跡はどこにあるか、と」

「アルマニス遺跡って……魔皇が出現した場所ですよね?」

「その通りです」

「もしかして……」


 セリアが口ごもる。頭に浮かんだ嫌な仮説が口に出そうになり、慌てて止めたのだろう。しかし、僕だって同じことくらい浮かんでいる。

 ローブの男が魔皇を倒しに行こうとしているのでは、という仮説くらい。


「司祭が場所を伝えると、男は礼を言ってそのまま伝えた方向へ歩き去ったそうです。つまり、男がアルマニス遺跡へ行ったことは間違いない。その目的については、まだ推測にしかなりませんが」

「でも……推測にしろ、魔皇が出現した場所にわざわざ行くのなら、目的は限られている……」

「私も、その推測で概ね誤りではないと、そう思います」


 そして、とヒューさんは続けた。


「これが一番重要なことなのですが……ローブの男は、背中に大きなあるものを携えていたそうです」

「あるもの……って」


 背中に携えるもの。

 イストミアにいた男が、ライン帝国で背負っていたもの。

 聞きたくない、と思ってしまった。

 けれど、それを止めることなんてできなかった。


「ローブの男は、文献に載っている勇者の剣と寸分違わぬ剣を、その背に携えていたということです」


 深い絶望とともに、世界が真っ暗になるような感覚が僕を襲った。

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