十六章 動乱の帝都―ただ、その証を信じていた―
1.最後の魔皇
ドラゴン騒動から一夜明け。
僕たちは朝から、ギルド連合ダグリン支部へやって来ていた。
ロレンスさんの救出が失敗に終わった以上、残る目的は魔皇の討伐だけだ。
そのためギルドと計画を練って魔皇の根城へ向かおうと連絡を入れたところ、ちょうどギルド側も会いたいと思っていたとのことで、これほど早くに対談が実現したのだった。
道中、レジスタンスのアジトだったアトリエに寄り道してみたが、そこはもうシャッターが閉められ、人の気配はなかった。彼らは夜のうちに、ひっそりと帝都を出ていったらしい。それとなく別れの挨拶はしたけれど、実際に廃墟のような店を見ると物悲しくなるものだ。
「おはようございます、フィルさん」
「ああ、来たね。二人ともおはよう」
フィルさんは、今日もつまらなさそうな顔をしながら受付に座っていた。この世界に煙草のようなものはなさそうだが、もしあるなら肘をつきながらスパスパと吸っていそうな感じだな。
客なんて来ないと、すっかり諦めてしまっている。
「すまない、昨日の今日で来てもらって」
「いえ、僕たちから会いたいと連絡したんですし、全然」
「ん。じゃあ、奥に部屋に来てもらえるか。ヘクターとルディもいるから」
「はいはーい」
受付の近くにある応接ではなく、奥の部屋で話をするらしい。扉の前には会議室と書かれており、ギルドが頼られていた頃にはここも頻繁に利用されていたのだろうなと思えた。
中にはフィルさんの言葉通り、ヘクターさんとルディさんが待っていた。前回はドラゴン戦の最中に会ったので、落ち着いて挨拶ができるのはこれが初めてだ。
「トウマくんにセリアちゃん、いらっしゃいー」
ルディさんがぷらぷらと手を振って挨拶してくる。僕とセリアも軽く会釈をしながらおはようございますと返した。……しかし、彼女の服装は恐らくパジャマのままで、起きてから着替えもせずにここへ来たことが察せられた。
「おはようございます。……まあ、ルディのことはそういう目で見て正解ですよ」
「あ、ヘクター。年上に向かってそんなこと言わない」
「二歳だけです。それに、だらしないのは事実ですからね」
「うう、酷いわ……」
おっとりしたルディさんと、クールなヘクターさん。対照的なタイプではあるが、まあ当然ながら仲は良いようだ。フィルさんは達観した性格なので、そんな二人を上手いこと操縦している感じだろう。
「せっかく二人が来てくれたんだから、いつもの痴話喧嘩は後にしてくれ」
「痴話喧嘩じゃないよおー」
「すみませんね、フィル」
とまあ、こんな風に。
僕たちは三人と向かい合う形でソファに座り、ルディさんはお茶を出してくれる。
良い香りが立ち昇る中、フィルさんがまず口を開いた。
「今日ここへ来てもらったのは、今後について相談しておきたかったからなんだが」
「ええ、僕たちもそのつもりでした」
「うん。ただ、一つ問題にケリをつけておきたいんだ」
「問題……」
それはやはり、アレのことか。
「勇者の剣が消えてしまったというのは、コーストフォードのギルドを通してこっちにも情報が入ってきた。帝国軍が嘘を吐いているわけでもないわけだ」
「軍がトウマくんを騙そうとしてたっていうなら良かったんだけどねえ」
「残念ながら、剣の消失は事実だったということです」
なるほど、そう言えば軍の嘘という可能性もあったのだ。ショックを受けすぎてそこまで考えられてはいなかった。……まあ、その可能性も今ではゼロになったわけだが。
「アーネスト……コーストフォード支部長からの情報じゃ、イストミアの住民から突然連絡が入ったらしい。町に一つしかない通信機で、コーストフォードの騎士団に連絡したようだ」
「通信を受けたのがエリオスさんでねー、ヴァレス大公さんに伝えるより先に他の隊長に内容を伝えて、それからアルマさんがミレアちゃんに情報を流してくれたんだよ」
隊長のアルマさんは、ミレアさんの幼馴染だったはずだ。その繋がりで教えてくれたということだろう。
流石にもうヴァレス大公には伝わっていると思うが、後回しにしたエリオスさんは僕のことを気にしてくれたのかもしれないな。
「イストミアの住民も、剣が無くなったところをリアルタイムで確認できたわけじゃないそうだ。ただ……剣が無くなる前、村の外で何者かの人影を見た者がいるらしい」
「人影……ですか」
「ですね。どうもその人影、暑い日だというのにフード付きのローブを着ていたせいで、人相も全く分からなかったそうです」
それは怪しすぎる。どこからそのローブを着ていたのかは不明だが、少なくとも目撃者に素性がバレてしまうことを恐れていたのは間違いなさそうだ。
……剣が無くなったという事実について、僕はとりあえず『ルールを壊した』ことが理由だと結論付けたわけだが、もしもそれ以外に理由があるのなら、ローブの人物は何かを知っていそうだな。
「イストミアは、こんなことを言うのもアレだが辺境の町だ。他所からやって来る者は物好きな観光客以外ほぼいないはず。ローブの人物の正体を掴みたいもんだな」
「とっ捕まえられたら解決なんだけどねえー」
それができれば確かに解決だが、人相すら分からないのでは不可能といってもいい。
ローブの人物、か。一体何者なんだろうか。
「二人は勇者の剣が無くなったことについて、何か分かっていることはないのか? 帝国軍はもう、トウマくんを勇者じゃないと見做してしまっているようだが」
「そうですね……」
謎の人物については置いておき、僕はフィルさんたちに一応の仮説を述べた。勇者と魔王の歴史について一般的なことしか知らない彼らにとっては信じがたいことの連続だったはずだが、それでも話を終えたとき、三人はそれを笑い飛ばしたりはしなかった。
「勇者と魔王のルールを壊す、か。確かに魔王を討伐した勇者が帰還した例はないそうだが……死の運命を変えるために随分前から戦っていたってことか」
「グレン=ファルザーは魔王討伐までに約三年かかったそうですが、トウマさんの話が真実だとすれば、そこには切実な理由があったのですね」
「みたいです。……そして、バトンを託されたのが僕で。勇者たちの行ってきた準備によって、僕は剣が抜けなかったり、大量のスキルを使えるようになったというのが今のところの見解なんです」
もし、僕もまた繰り返される歴史に抗えなかったとしたら。
過去の勇者たちと同じように、次の勇者へ託すことになるのだろうか。
……剣が抜けなくなる方法と、コレクトを引き継ぐ方法。
多分、その二つが必要になってくると思うのだが……勇者グレンはどうやったのやら。
「ふう。勇者の剣については明快な答えが出ているわけじゃないが……トウマくんの言葉を信じるしかないか。謎の人物のことは、新しい情報を待つことにしよう」
「そうねー。どっちにしたって、トウマくんが魔皇を倒してきたのは事実だし、ラインの魔皇も倒してもらわないと」
「ええ。現状、ドラゴンとの戦闘で負傷した兵も多いと聞きます。あまり例はなかったですが、魔皇の配下が攻めてこないとも限らない。倒すなら早い方がいいでしょう」
どうせ帝国軍の協力は無いものと考えていたが、街を守る機能まで削られている現状は危険だ。ヘクターさんの言う通り、早いうちに倒してしまった方がいい。
僕とセリア、それにギルドの三人。このメンバーで魔皇を倒せるかは分からないが……。
「ライン帝国に現れた魔皇について教えてもらっても?」
「ああ。魔皇マデルは癒術士スキルを使ってくる魔皇だ。アルマニス遺跡に出現したらしく、今のところは襲撃をしかけてくるような動きもない。姿はアギールやテオルのように人型に近いが、恐らく魔皇の中では一番小さい」
癒術士スキルに、小さな体。それだけを聞くと他の魔皇よりもやや劣っているように感じてしまう。しかし、そんな単純なはずもないだろう。
「勿論、癒術士と魔術士は同じ魔法カテゴリなんで、中級程度なら魔術士スキルも使えるようだね。補助スキルで自己強化もしてくるだろうし、一番厄介なのは反射スキルだろう」
「反射、ですか」
「リフレクションってスキルがあるんだよー」
僕がコレクトした癒術士のスキルは八つ。その中になかったのだから、かなり上位のスキルだ。
反射というワードから既に厄介な感じがする。
「魔法に限られるんだが、攻撃を反射するスキルだね。強力な魔法を反射されるとチャンスがピンチに変わってしまう」
「それに気を付ける必要があるのね……」
セリアは魔法でしか攻撃できない。かなりプレッシャーを感じることになりそうだ。
僕は極力魔法を使わない方針でいけばいいか。
「癒術士も、サポートだけじゃないんですね」
「とは言え、戦闘向きというわけでもないですが。魔皇はベツモノとして、一般的な癒術士は一人でできることが少ないので困る場面も多いようです」
どんなゲームでも補助職は不遇だったりする。チームを組む上では重要に違いないのだが、やはりソロプレイは難しそうだ。ソロで強力な魔物を倒せるなら、逆に他職よりも実力のある人物ということになるだろう。
「魔法を使うのは慎重に、メインは物理で殴る感じで戦えばいいかな」
「シンプルだが、作戦はそれくらいでいいと思う。後は道中に体力を消費し過ぎないことが大事だね」
「遺跡は大きいから、長期戦になるかもだねー、頑張ろう」
グランウェールとリューズでも遺跡攻略はしたので、広さは何となく把握している。
魔物は最小限のエネルギーで倒していかなくてはならないな。
「作戦については決まりってことで、決行をいつにするかはどうしようか」
「そうですね……僕たちも帝国に長居はし辛いですし、もう二、三日中にでも行きたいところですが」
「では、明日にしましょうか」
「うお、思い切ったねヘクター」
「いや……一日で準備は出来るかと思いますが」
明日の決行か。早い方がいいし、ギルドの三人が大丈夫そうなら是非そうしたいところだ。
「それでお願いします」
「おし、じゃあ決まりってことで。明日の……そうだな、二時ごろに出発ってことにしよう」
フィルさんが最終的にそう決定し、他のメンバーも了承した。
明日の二時。ライン帝国での魔皇戦も、いよいよ目前だ。
「その時間にギルドへ来ればいいですか?」
「そうしてくれ。こちらも明日までに、しっかり準備しておくよ」
「ありがとうございます!」
セリアが元気よくお礼を言い、僕も一緒に頭を下げた。
ギルドの三人は、お互い全力で頑張ろうと返してくれる。
「……それじゃ、決まったことだし僕たちはこの辺で失礼することにします」
「また明日、よろしくお願いしますねー」
「ああ、こちらこそ」
「よろしくうー」
四体目……最後の魔皇戦。
必ず勝利するために、今日はゆっくり休んで英気を養わなくては。
僕たちは、別れの挨拶をしてギルドを出ていく。
それから、長いようで短い一日を二人、自由に過ごすのだった。
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