12.嵐が過ぎ去り

 ノヴァドラゴンが帝都ダグリンから飛び立ってから一時間ほど。

 帝国軍はその精力的な活動によって、瓦礫の大半を撤去し終えていた。

 とはいっても、建造物の破壊による大きな瓦礫は流石に運ぶこともできず、幾らかは広場の周囲に放置されたままだ。

 焼け焦げたそれらの残骸は、ドラゴンによる被害の多さを如実に物語っていた。

 僕とセリアは、シヴァさんの忠告通りにすぐ広場を離れることにした。ギルドの人たちやオリヴィアちゃんには申し訳なかったが、事情を説明するのも難しかったので詳しいことは話さなかった。それでも彼らは頑張ってくださいという言葉をかけてくれたのだから、感謝するしかない。

 なんとなく人目を気にしながら街を歩き、僕たちはレジスタンスのアジトまで帰り着くのだった。

 アトリエから地下アジトへ下りると、ディルさんたち四人が待ってくれていた。その部屋の隅には黒いシートで覆われたものがあって、二人はちゃんとロレンスさんを運んでくれたのだな、と安心した。


「……おかえりなさい、トウマさん、セリアさん」

「ただいまです」


 ディルさんとリズさんは、全身に幾つも細かな傷がある。あの広場から逃げるときに怪我をしたのだろう、申し訳なく思った。


「……すみません。ロレンスさんを助けられなくて」

「さっきも言いましたが、お二人のせいじゃありません。これは……この国そのものの罪なんです」


 国そのものの罪、か。

 それを断罪できたならと悔しく思う。あまりにも大きくて、今は誰にもできないことだろうけど。

 いつかは、どうか。


「獄中でロレンスさんと話す機会がありました。……彼はやっぱり、軍の思惑のままに捕らえられ、殺されたみたいです」

「どんな話を?」

「クラスマスターになれるのは、世界で一人だけ。その力を帝国は欲していた……と」

「……なるほど。そういうことでしたか」


 アトラさんが神妙に頷く。ひょっとしたら、研究者である彼ならばどこかでそういう話も耳にしていたのかもしれない。

 

「色々と、教えてもらいました。その中で、落ち込んでいた僕を勇気づけてもくれて。おかげで僕は立ち直れたんです。これまで通り、僕は勇者として戦っていかなくちゃって」

「……トウマ」


 何だかんだでやはり心配だったのだろう、セリアは僕の言葉を聞いてようやく胸を撫で下ろしたようだった。瞳が潤み、自然と頬がほころんでいる。全く、可愛い奴だ。


「……しかし、どういうことなんでしょうね。勇者の剣が無くなっていたというのは」

「アトラさんも聞いてるんですね。どこまで広まってるんでしょう?」

「いや、恐らくまだ帝国では軍内部にしか。……いや、ギルドにも連絡が言っている気はしますが」


 外国との連絡手段を持っている組織内でだけ、というところか。レジスタンスの人たちは、恐らく兵の話を盗み聞いたりして知ったのだろう。シヴァさんと相対したときには知っていたようだし。


「トウマが勇者じゃないってことは流石にないと思うんだけどなー。勇者じゃなかったらここまで来てないでしょ」

「あはは……ありがとセリア。確かに状況証拠として、魔皇を三体倒してここまで来てるんだからね」

「そうそう。それに、過去の勇者がメッセージを残してるわけだし」

「勇者グレン……もっと明確に教えてくれてたならなあ」


 彼にもそうできなかった、或いはしたくなかった事情はあるはずだ。ジア遺跡に遺されていた紙片には、『辛い運命を知り、苦しむことになる』という一文があったし、自分のわがままでそれを知らせないとも書いてあった。きっと彼は優しかったから、次の勇者を苦しませたくなかったのだろうと思っている。

 彼はこういう事態も予測していたのだろうか。


「あくまでも剣が無くなってただけで、別の誰かが抜いたとは限らない。ロレンスさんは、勇者と魔王のルールを壊すために剣を抜けなくしたんじゃないかって言ってくれた。剣が無くなったなら、それはルールを壊すという目論見が成功してるってことなんじゃないかな」

「ルールを壊したから剣が無くなった……かあ。まあ、否定できる材料もないわよね。私もその説を推すわ」

「ありがと。だから僕は、勇者の剣は抜かれたんじゃなく消えたんだと思うことにする。僕は勇者なんだ」

「ええ、その通りよ」


 セリアは笑って首肯してくれる。レジスタンスの皆も、事情は飲み込めずともセリアと同じように頷いてくれた。

 これまでも、そしてこれからも。

 僕は勇者でいる。


「たとえ帝国軍が僕のことを否定しても……僕は勇者として、魔皇を倒さなくちゃいけない。よろしく頼むよ、セリア」

「別に頼むようなことじゃないでしょ」

「あはは……そうだね」


 セリアも従士として、当たり前に僕といてくれる。

 そうだ、今までと同じ、至極当然のこと。


「……レジスタンスの皆さんは、これから?」

「我々は、以前も言った通り一度ここから離れる予定です。帝国軍も今回の一件でレジスタンスに対して更に目を光らせるでしょうから、そういう意味ではドラゴンの登場が目眩ましのようにはなりましたがね」

「相当な被害でしたけど、ね。……まあ、死者が出なかったのは救いでした」


 オリヴィアちゃんの功績だな。ひょっとしたら、流石の帝国軍も表彰を行ったりするかもしれない。

 カノニア教会という大組織とは良好な関係でいたいだろうし。


「出発はなるべく早いうちにと考えていますが……その前に」


 アトラさんは黒いシートの方に目を向ける。


「すべきことが、あります」

「……そうですね」


 僕たちも、それには同行するつもりだ。

 この思いに整理をつけるために。


「……もしお二人が良ければ、今日の夜にでも」

「分かりました。では、夜……十時頃になったらまた来ます」

「……はい。お待ちしていますね」


 リズさんが言う。他の三人も、その時間で異存はないようだった。

 約束を交わして、僕たちは一度アジトを出ていく。

 そして、夜の闇が街を包むまでの間を、落ち着かない気持ちで過ごすのだった。





 夜十時過ぎ。

 兵の見回りも少なくなった頃、僕たちは街の外れにある墓所へやって来ていた。

 ロレンスさんの遺体を埋葬するためにだ。

 勝手に埋葬してしまうのかと内心不安だったのだが、どうやら墓守の方はレジスタンスの活動を陰ながら応援しているようで、事前に話を通して埋葬の許可を得ていたらしい。

 そのため、僕たちはちゃんとロレンスさんの遺体を埋葬することができたのだった。

 墓前にて静かに目を閉じ、ロレンスさんの死後の平穏を祈る。

 暫しの間、墓所を静寂が満たした。


「……せめて、ルエラちゃんのところまで連れて帰ってあげたかったですけど」


 僕がそう零すと、リズさんは緩々と首を振った。


「仕方ないです。……いつかまた、再会させてあげられることを願うしか」

「……ええ。人を隔てる壁さえなくなれば、いつかは」


 ルエラちゃんが手を合わせに来られる日もくるだろう。

 願わくば、それが一日でも早いことを。


「ルエラちゃんには、このことを伝えられますか?」

「通信機があるので、帝国を発つ前に連絡は入れるつもりです。独自のものなので、近い距離でしか通信できませんが」

「一度州境までこっそり行って連絡してから、帝国を発つ感じですね」


 ディルさんとリズさんが答えてくれた。……僕自身が報告できないのは歯痒いが、彼らに託すことにしよう。

 果たせた約束と、果たせなかった約束。

 そのどちらも受け止めて、進んでいかなくては。


「……どうか安らかに」


 星の煌めく夜空。

 ロレンスさんの面影が微かによぎった。

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