11.その血が呼び寄せたもの③

 広場の周囲や宮殿の屋上など、気が付けば帝国軍の数は数百人規模になっている。

 文字通りの総力戦になりつつあるようだ。

 ドラゴンには未だ深手と言えるような傷はなかったが、それでも細かなダメージは各所に、特に脚には重点的に与えられていた。


「流石はノヴァドラゴン……」


 近くにいたオリヴィアさんがポツリと呟いた。……魔物図鑑にはイラストなど全く載っていなかったが、黒い龍は単純にブラックドラゴンと記されていたような。

 ノヴァドラゴンと彼女が呼ぶのには、何か理由があるのだろうか。……教会しか知らない秘密があるのかもしれない。

 ロレンスさんの話を聞いてから、カノニア教会には隠し事があっても不思議じゃないと思えるようになったな。

 五匹の龍。それぞれに色が冠されていたはずだが、教会での呼び名はきっと別なのだろう。


「……あ……!」


 ドラゴンがようやく体勢を整えて。

 何やら祈るような動作を始める。

 両方の前脚を胸の前まで持っていき、小さく口を開く。

 そして……前脚の間に目の痛くなるような『赤』が、広がっていった。


「まずい……!」

「オリヴィアちゃん、あれが何か知ってるの!?」

「……十二番目のスキル」

「え!?」


 魔皇の例もあり、魔物がスキルを使えるのもおかしなことではなかった。

 しかし、十二番目のスキルなど魔皇ですら使えなかったはずだ。

 ドラゴンは――魔皇より強い。


「お、オリヴィアちゃん! その十二番目のスキルってどれくらい強力なのよ!?」


 セリアが切羽詰まったように訊ねると、


「……相当な広範囲、としか。結局は術者の能力次第ですし。ただ、その術者がドラゴンなわけですから……」


 想像を絶する威力のスキルが発動する。つまりはそういうことなのか。


「ノヴァドラゴンが使おうとしているのは、恐らく――ロストマーズ」

「ロストマーズ……」

「はい。十二番目のスキルは五属性あり、先頭にロストという単語がつくのです」


 マーズといえば、元いた世界では火星という意味を持つが、リバンティアに同じ単語が存在しているとは。五属性のスキルがあるなら、雷であればロストジュピターだったりするわけか。

 ……それはともかく。


「使われたら……」

「ここにいる全員に危険が」

「……まずいな」


 すると、オリヴィアちゃんは相変わらず落ち着いた様子ながら、諦めたように息を吐く。

 それから、ドラゴンに向かってゆっくりと歩き始めた。


「……まあ、こうなるでしょうね」

「オリヴィアちゃん……?」


 オリヴィアちゃんが両手を前に突き出すと、彼女の体がふわりと浮いていく。

 その体に――『青』が広がっていく。


「まさか……」


 ああ、想像を絶することの連続だ。

 オリヴィアちゃんは、ノヴァドラゴンに対抗しようとしている。

 全く同じスキルで以て。


「――ロストマーキュリー」


 やがて青の球体はオリヴィアちゃん自身をも飲み込んで、巨大化していく。その前方ではドラゴンの作り出す赤い球体も、同程度の大きさに膨張していた。

 ……凝縮されているのに、あれほどまでに大きな『魔法の塊』。それが練りに練られて、今――ぶつかる。


「やあッ!」


 ロストマーキュリーが放たれた。それと同時に、ノヴァドラゴンもロストマーズを放つ。赤と青、二つの球体は広場の中央で衝突し、激しい水と炎の奔流を生じさせた。


「きゃああーッ!」


 熱波が、かと思えば水流が僕たちを襲う。周囲が赤と青に明滅し、寒暖が目まぐるしく入れ替わっていく。

 チリチリと肌が焼ける感覚。大量の火の粉が飛び散っている。それをスプリンクラーのような水飛沫が払落とし、僕らをびしょ濡れにした。


「す、凄い……」


 一見互角のようにも思われた、十二番目のスキル同士のぶつかりあい。だが、やはりドラゴンの魔力は絶大なようで、すぐに二つの均衡は崩れ始めた。

 青が、蒸発しているのだ。


「くう……」


 オリヴィアさんが苦悶の声を漏らす。

 人間と、ドラゴン。一対一では対等に渡り合えるはずもないのだ。

 ……だったら。


「セリア!」

「ええ!」


 僕たちは二人、武器を構えて魔力を集中させる。

 考えることは、一緒だ。


「――プリズムスノー!」


 今使える最高の水魔法で、僕たちはオリヴィアさんの魔法を支える。

 すると意図を汲んでくれたのか、遠くでルディさんも水魔法を発動してくれた。

 蒸発しかけたロストマーキュリーに、魔力が充填され。

 ほんの少しだけだが、勢いを取り戻すことができた。


『グオオオオォォウ……』


 ノヴァドラゴンの咆哮。

 中々打ち破れない魔法に怒っているのか。

 バサリと一度、大きく翼をはためかせると、ロストマーズの赤みが増したような気がした。


「やはり……耐え切れません!」


 オリヴィアさんは汗をだらだら流して苦悶の表情を浮かべている。……十分だ。人の身でこれほどドラゴンの攻撃を耐えられたのだから、十分過ぎる。

 ロストマーキュリーが消滅しても、ロストマーズの威力はかなり削いでいるはず。被害は最小限に留められるだろう。

 なら、考えるべきはその先だ。


「ああっ!」


 オリヴィアさんの魔力が限界に達し、とうとうロストマーキュリーは蒸発した。遮るもののなくなったロストマーズは残された熱量を辺り一帯に放出する。

 瞬間、広場は蒸し風呂のような暑さに急変した。


「うお……!」


 炎の塊が、まるで小隕石のように降り注いできた。見上げると、ロストマーズ本体から相当数の炎が降ってきている。慎重に着弾点を見極め、掻い潜っていく。僕のスピードなら何とかなりそうだ。


「――ブリザード!」


 被害を抑えるため、セリアやルディさんはなおも水魔法を発動させて炎を消し飛ばしていた。他にも、兵士の中で魔術士クラスの者は初級スキルでも構わず打つよう指示され、小さな氷の礫が方々から飛んでいった。


「ふっ――大牙閃撃!」

「はあ……――交破斬!」


 シヴァさんは二対の斬撃で幾つもの炎をまとめて斬り裂き、フィルさんはショートソードの軽さを活かしてスキルを連発し、一つずつ撃破していく。ヘクターさんも屋根の上から矢を放って迎撃しているようだ。

 オリヴィアさんが限界を迎えた今、ダメージソースになれるのは僕だけだ。


「ふっ」


 ドラゴンの傍まで滑り込み、剛牙穿を食らわせたときの傷口を探す。大体の位置は覚えていたので、すぐ左脚部分にそれがあるのを見つけた。

 深傷を負わせられるとしたら、ここしかない。僕はヴァリアブルウェポンを弓に換装した。


「――フリーズエッジ」


 さっきと同じく矢に魔力を込め、さらにダブリングを発動させる。これで一発の矢が二発に増加されるのだ。

 後は……引き絞り、放つだけ。


「――スナイピングッ!」


 渾身の一撃――いや二撃は、至近距離から撃ったこともありドラゴンの傷口にクリーンヒットした。一度目の矢が傷口を抉り、二度目の矢がそれを深く押し込む。ドラゴンは痛みに吼え、傷口からは大量の血が噴出した。


『オオオオオォォ……!』


 そして。


「……飛ぶぞ!」


 フィルさんが叫ぶ。

 ドラゴンは翼を大きく広げると、頭を空へと向け、飛び立つ体勢に入った。

 バサリと翼をはためかせ、傷付いた脚で大地を蹴って――大空へ。

 羽ばたきで地上に風が吹き付け、周囲の細かな瓦礫が飛んでいく。僕たちも気を抜けば体が浮かび上がってしまいそうだった。

 やがてドラゴンの姿は、蒼穹の小さな黒点となり飛び去っていくのだった……。


「……終わった……?」


 誰かがポツリと呟いた。信じられないという風に。そしてドラゴンが戻ってこないのがハッキリしたとき、不安は安堵へと変わった。


「やったぞ! ドラゴンを追い返したんだッ!」


 その瞬間、一斉に喜びが爆発した。歓声が上がり、手を打ち鳴らす音が聞こえ。緊張が緩んだあまりその場にへたり込む者までいた。

 ……ああ、危機は去ったのだ。

 兵たちは、負傷した仲間の手当てに早速あたっている。民間人は全員退避できているようで、周囲には見当たらない。僕たちもまずは一処に集まって、互いの無事を確認しあった。


「オリヴィアちゃん!」

「お疲れ様です、皆さん」

「あれだけ頑張ってたのに、クールねー」


 セリアが労いのつもりか、オリヴィアちゃんの背中をパンパンと叩く。彼女はそういう行為に慣れていないのか、戸惑いながらも頭をペコリと下げていた。

 ギルドの面々も、オリヴィアちゃんの実力を褒め称える。本当に、彼女がいなければドラゴンを退けることなど叶わなかっただろう。

 十二番目のスキル。それを以てドラゴンと渡り合った彼女。全く、どこに熟練の戦士がいるか分からないものだ。


「まさか、オリヴィアちゃんがこんなに強いとは」

「……私はどちらかといえば特殊なんです。元々の素養を認められて、教会のある町村に危機が生じたとき対処するという役割を担っていたので」

「なるほど……」


 その素養は、歴史的な魔術士の家系に勝るとも劣らないものだ。

 ひょっとすると、事実そういう家系の生まれなのかもしれないけれど。

 シヴァさんとパティさんも、兵への指示を終えてからこちらへ歩み寄ってくる。兵はこのあと瓦礫の撤去を始めるようだ。


「ご協力ありがとうございました。……あなた方がいなければ、ドラゴンは街を破壊しつくしていたかもしれません。感謝します」

「ありがとうございます。勇者様、従士様、それにオリヴィアさんに、ギルドの皆さん」

「……パティ」

「あ……」


 勇者ではないのだということを、シヴァさんがそれとなく注意する。パティさんは申し訳なさそうにシヴァさんへ頭を下げた。

 そう言えば……勇者の剣が抜かれたという情報はどこまで広まっているのだろうか。セリアやレジスタンスの二人は何となく察していたような気配があったのだが、民間人にまで知られていたりするのだろうか。


「お二人は、なるべく早めに立ち去ることをお勧めします。帝国軍はあなた方を捕らえようとするでしょうから」

「そうですね。そうさせてもらいます」

「……勇者の剣について聞いたときはあれほどショックを受けていたはずなのに、立ち直りが早いですね」

「……立ち直らせてくれた人がいたんですよ。その人は、軍の手にかけられてしまいましたけど」

「……」


 シヴァさんは押し黙る。

 彼の正義が、いずれは軍を変えていくことを願いたいが。


「とにかく……ドラゴンという危機が去って。本当に良かった」

「……それについては同意です」


 黒く焼け焦げた広場で。

 僕たちは一様に、ドラゴンが飛び立っていった青空を見上げるのだった。

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