10.その血が呼び寄せたもの②
「広がれ、ブレスに当たらないよう真正面だけは避けろ!」
「了解ですよおー!」
「僕たちに可能なのは動きを止めるくらいでしょう。そのつもりで対処に当たります」
三人は別々の方向に散る。その間にも細かな攻撃でドラゴンの注意を逸らしてくれた。ちょこまかと動く相手が多くて、ドラゴンは困っているように見える。
「よし」
僕は隙を突いて、姿勢を低くドラゴンの足元まで駆け寄っていく。気付かれないよう、遠くでセリアが魔法攻撃を続けてくれていた。
「ふう――チェインサンダー!」
「――フリーズエッジ」
オリヴィアちゃんも適宜魔法をぶつけている。ちょうど彼女の魔法がセリアの雷と重なり、割れた氷で乱反射する雷がドラゴンを襲った。
「――ビッグバスター!」
ドラゴンのすぐ下で、僕は地面にビッグバスターを放って飛び上がる。そして斬鬼を発動させて剣を巨大化させた。
「食らえ――剛牙穿!」
魔皇アルフ戦でも使ったコンボスキル。
ロケットのように突っ込んだ神槍は、ドラゴンの脚に直撃し、傷口を深く抉った。多量の血が噴出し、ビチャリと辺りに散る。
『ウオオオオォォ……ッ』
再び耳をつんざく咆哮。両手で耳を塞ぎたくなったが、そうはさせてくれそうもなかった。ドラゴンの左前脚が、僕のところへ伸びてきたのだ。
間一髪その強襲を躱したが、反応が遅れていれば三本の鋭利な爪でバラバラ死体にされていたことだろう。
「行けるわ!」
「あー、あの血って高いんですよねー」
「ルディ。そんなことを言ってる場合じゃありません」
ヘクターさんがルディさんを叱りつけている。……なるほど、ドラゴンの血液はやはり貴重で高価なもののようだ。こんな緊迫した状況でなければ、誰かが収集していたかもしれないな。
「やはりアタッカーとしてはトウマくんが一番優秀なようだ。俺たちギルドはサポートに回ろう」
「オリヴィアちゃんの魔法も凄いわよ!」
「オリヴィア……あの、カノニア教会の服を着た子か。分かった、主力はその二人だ」
フィルさんは一つ頷いて、ドラゴンの方へ走っていった。何をするのかと思ったが、攻撃を躱しつつ後ろに回ろうと試みているようだ。彼は剣術士で、かつ武器がショートソードらしく、近距離攻撃でのサポートとなるとああするしかないのだろう。
残る二人はといえば、ルディさんは建物の影に、ヘクターさんはいつの間にか住宅の屋根に上っていた。自身のベストなポジションで待機しているわけだ。ルディさんの武器は杖、そしてヘクターさんの武器は……銃のようだ。
オリヴィアちゃんはギルドが来たことに気付いているのかいないのか、ただドラゴンだけを視界に捉えて凄まじい攻防を繰り広げている。しかし、当然ながら彼女一人では互角に戦うことは出来ていなかった。
「――デモンズサクリファイス」
ルエラちゃんが使っていた、闇属性の上級スキルだ。オリヴィアちゃんの手に闇のオーラが集い、それが死神の鎌を形作る。ドラゴンとはかなり距離をとっていたが、彼女はその鎌を力の限り投擲した。
「はああッ!」
ブーメランのように回転しながら飛んでいった鎌は、見事にドラゴンの足へ突き刺さる。が、最初に付けた傷には当たらなかったようで、新たな傷口は比較的浅いようだった。
「難しいですね……」
それでもドラゴンの表皮に切傷を付けられるのは凄いと思ってしまうのだが。オリヴィアちゃんは爪を噛みながら、反撃のブレスをさっと躱した。
「――ブラストショット!」
「――エナジーブラスト!」
ヘクターさんとルディさんが、左右から攻撃を仕掛ける。ドラゴンの顔面に着弾した弾と魔法はドカンと爆発し、白煙で奴の視界を奪った。
「――地竜鳴動!」
高く飛び上がった僕は、ドラゴンの目に留まらない内にその足元へ剣を突き刺す。そしてスキルの力が地面を陥没させ、ドラゴンの足をズルリと滑らせた。
『オオオォォ……ッ』
ズシン、という衝撃音とともに、ドラゴンがバランスを崩す。倒れるまではいかないが、これはかなりの隙だ。
今がチャンスとばかりに、僕は連続攻撃を叩き込む。
「――無影連斬!」
「――ブリザード!」
セリアも水属性がやや効果の高いことを察したか、ブリザードで攻撃する。ちょうど反対側なので、僕はその範囲には巻き込まれずに済んだ。……ちゃんと考えて使ってるんだろうな。
まだまだ体勢を整えるには時間がかかりそうだ。お次は拳で、その硬い皮を破ってやる。
「――砕!」
ブチ、という音がして、ドラゴンの表皮にヒビのような傷が入った。そこからじわりと血が滲み、滴り落ちていく。……こんなものか。反動の方が大きいな、手が痺れてしまった。
もっとダメージを与えておきたい。手を休めたくはないのだが。
そう思ったとき、遠方から何かが飛来した。
あれは……砲弾だ。
「撃てー!」
兵士の一人が指揮をとり、移動式の大砲が放たれる。僕たちが戦っている間に、宮殿の屋上部分にずらりと大砲が配置されていたらしい。その数はざっと見た限りでも三十近く。それら一つ一つが、轟音を響かせながらドラゴンに向け砲弾を放っていく。
新たな戦力はそれだけではなかった。
「まさか、このような事態になってしまうとは……」
「シヴァさん!」
ここへ向かう前は僕たちの前に立ちはだかった、シヴァさんが駆けつけてきた。
ロングソードを構え、ちらりと僕を見やる。
「……ここは目を瞑ります。ドラゴンを退けることが、今最も重要なことですから」
「……そうですね。力を貸してください!」
「手を抜いたら承知しません!」
他の隊長を探してみると、シヴァさんの他にはパティさんの姿もあった。しかし、アランさんやテオさん、それに戦い好きそうなユニスちゃんはどこにもいない。これこそ帝国の危機だと思うのだが、いったい何故だろう。
まさか、処刑がなされるというときに帝都から出て行っているとは思えないが……。
「帝国軍の力を見せてみろおー!」
大砲のほか、地上では魔道兵器による一斉射撃も行われている。無論、ダメージが通っている気配はないのだが、それでもやらないわけにはいかないと、危険を顧みず頑張っている。
砲撃の方は微妙に効果があるようで、ドラゴンは着弾の度に呻き声を上げていた。
「――斬鬼。――無頼剣!」
シヴァさんは、僕も試したことのある組み合わせでスキルを発動させた。自らのロングソードと、中空に出現する魔力の剣。それらが見る見るうちに巨大化する。
僕は最終的に一本しか無頼剣が残らなかったが、シヴァさんは三本もの剣が残っている。それも、全て二メートル以上の刃渡りがある巨大なものだ。基礎能力が違うな。
「はああぁ……ッ!」
大きく剣を振りかぶり、そして振り抜く。二本の剣は両方とも全く同じ軌道でドラゴンの皮膚を深く斬り裂いた。針に糸を通すような、繊細な技だ。
確実に、ダメージは蓄積されている。これならじきにドラゴンを退散させることも、十分可能そうだ。
「あともう一押しだ、総員、全力でかかれえー!」
兵士たちも勢い込んで弾丸や砲弾を浴びせかけていく。今この瞬間だけは、共通の敵を相手に誰もが一丸となって戦っていた。
こうして非常時には団結できるのだから、きっといつかはリューズのときみたいに、この国も民と軍とが手を取り合うことは、できるはずだ。
ともあれ、兵士の言うようにあともう一押し。ドラゴンが逃げ帰るまで、全力で立ち向かうぞ。
僕は胸が熱くなるのを感じながら、剣を強く握り締めた。
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