8.響いたのは、乾いた音
「そこを退いてください、シヴァさん!」
「断る!」
剣と剣が交差し、火花が散る。
そこに魔法の雷が落とされ、剣は離れた。
「――無頼剣」
シヴァさんは最初から全力で僕たちを潰しにかかるつもりだ。上級スキル、無頼剣が発動され、彼の周囲に無数の剣が出現する。
その数はゆうに十本を超えている。正確に数えている余裕はないが、あれらが全てバラバラに攻撃してきたなら、いくら補助スキルで反応速度を上げても避け切れる自信はなかった。
壊していくしかないな。
「――トルネードアロー!」
魔皇アルフ討伐によって手に入れた、弓術士の第十スキルだ。放たれた矢が名前の通り竜巻を起こし、周囲に浮遊する剣を引き寄せていく。
「――スナイピング!」
その軌道と全く同じ位置に、今度は狙撃の矢を放った。吸引された剣が一本、また一本と撃ち抜かれ、粉々に砕け散る。
「なっ……」
事前情報は得ているだろうが、実際に戦う者は誰もが、僕が色々なスキルを使うのに驚いてしまうようだ。その一瞬の隙が、僕にとってのチャンス。
「――シャイニング!」
「うあっ」
僕に視線が向けられた瞬間、光魔法で目を眩ませる。そしてセリアにサポートを任せ、全力で突っ込んだ。
「はああッ!」
袈裟懸けに斬りかかると、シヴァさんはまぶたをギュッと閉じながらも感覚だけで防御してみせる。
だが、二撃目は予想外のはずだ。
「――爆」
彼の腹部に全力の拳をお見舞いする。それはぶつかった瞬間に爆発する、とっておきの一発だ。
流石は特注の装備、かなり威力は減衰されてしまったが、それでも呻きながらよろよろと後退する彼をみる限り、それなりのダメージは与えられているようだった。
「――フリーズエッジ!」
セリアからの支援攻撃も飛んでいく。それは残念ながら全て斬って落とされたが、隙を作るには十分だ。
砕かれた氷が目隠しの役割を果たしているうちに、僕は再び武器を弓に変化させた。
「――ビッグバスター!」
極太レーザーがシヴァさんを襲う。フリーズエッジの対処に手間取った彼は反応が遅れ、ほとんど鼻の先というところでレーザーを受け止めた。
「うおお……――崩魔尽!」
レーザーが、シヴァさんの剣撃によって細切れにされていく。あれほど長い剣を軽やかに捌く彼の腕前は、やはり凄まじい。
それでも、僕たちは彼を倒して進まなければならないのだ。
罪なき者を救うためにも。
「食らえ――」
容赦ない追撃を浴びせようと、剣を振り上げる。
そしてシヴァさん目掛け、振り下ろそうとした、そのときだった。
「……え」
剣が動かなかった。
いや、違う。
僕の剣を止める誰かがいたのだ。
いつの間にか、僕の背後に。
「……通してあげるといいよ、シヴァ」
「あ、あなたは……」
シヴァさんが、驚愕の表情を浮かべる。
ゆっくり僕が振り返ると、そこには……男の子がいた。
僕よりも背の小さい、中学生くらいの男の子。
まるで人形のように、髪も白く肌も白い男の子……。
「オズ……様」
オズと呼ばれた少年は、ただただ無表情でシヴァさんを見つめていた。
僕の方には一切、目を向けず。
やがて、剣を掴む手が離されると。
彼は静かにシヴァさんのところまで歩き、再び口を開いた。
「こんなところで戦う必要はないよ。行かせてあげるといい」
「しかし……」
「どうせ、何も変わらない」
冷たい言葉が、胸に突き刺さった。
それと同時に、ユニスちゃんのときとはまた違った君の悪さを、この子に感じた。
素性は分からないのだが……この子は、感情が欠落しているように思える。
とてつもなく冷淡で、そしてとてつもなく――強い。
「さあ、行こう」
「……分かりました」
シヴァさんは、オズという少年に従ってロングソードをしまった。
あの少年は、それほどに地位の高い人物なのか。
でも……。
「……変わらないことなんてない。僕たちは、ロレンスさんを助ける!」
それだけは言っておきたくて。僕は強い口調で、シヴァさんとオズにそうぶつけた。
二人は僕をしばらく見つめていたが……結局何も言わずに立ち去っていった。
あまりの急展開だったが、とりあえず道は開けたことになる。
気に食わないが、今はこれでよしとしよう。
「……行きましょう」
「え、ええ!」
僕たちは、広場に向けて再び走り出した。
「……今の子、お二人は知ってますか?」
「オズという名前なら……恐らく、あれはオズワルド皇帝のご子息です」
「息子……」
なるほど、名前はよく似ている。しかし申し訳ないのだが、あんなに子どもっぽくない子どもは初めて見た。
オズワルド皇帝も、あの子と似た風貌をしていたりするのだろうか。
「私たちも初めて見たんですが……似てはいない、ですね」
「そう、なんですか」
「そもそも、オズワルド皇帝は未婚なんです。なのでご子息に関しては養子なのではないかという噂もあって」
「それが単なる噂でもなさそうだと、今ので思いましたね」
養子、か。
これは勝手な想像だが、生まれたときから過酷な環境にいた子を連れてきたということなら、納得はできる。
オズワルド皇帝は、あの子の秘めた力に期待して養子にしたのかもしれないな。
……あの子は何も変わらないと言い捨てたが。
その余裕が仇となることを、教えてやりたい。
人の姿は徐々に増していき、とうとうすし詰め状態になっているところまでやって来た。何百人、いや千人以上は集まっているこの場の中心に、きっと処刑場がある。
ここにいては人が多すぎて、数メートル先の状況すら分からない。スキルを使って飛んでいってもいいが、着地をミスすると一般人に怪我をさせてしまいかねないし、どこか全体を見通せるような場所に行きたいものだ。
「トウマ、あそこ!」
「……いい場所だね!」
セリアが示したのは、四階建てのアパートだ。屋上が解放されているようで、上っていけば屋上に出られそうだった。
僕たちは頷き合い、アパートに入っていく。そして中の階段を必死で駆け上がって、屋上に出た。
「あッ……!」
屋上から宮殿の方角に目を向けると。
人だかりの中心に、十字架があった。
それは、罪人を磔にする死の十字架。
そこにロレンスさんが吊るされ、聴衆の面前に晒されているのだった。
「結構な距離がありますよ……!」
「それに、もう始まりそうだわ!」
磔台の前には、三人の兵士が整列している。
その手には、銃。恐らくは魔導兵器だ。
如何に魔術を極めた男といえども、無防備な状態でそんなものを食らってしまえば、生きていられるはずもない。
引き金が引かれた瞬間、全ては終わってしまう。
「それではこれより、罪人ロレンス=ブルーマーの処刑を開始する」
兵士の声が響く。放送で街中に流されているのだろう。その事務的な声に苛立ちは募るが、時間がないことを認識できるのだけは感謝だ。
きっと、もう何秒かすれば兵士たちが銃口をロレンスさんに向ける。そして引き金が引かれれば、一瞬で命は消し去られてしまうのだ。
もう、できることは限られている。
「……行くしかない」
「って、突っ込む気?」
「それしかないよ!」
不安がるセリアにそう言って、僕は助走をつけるために一度南端まで後退する。
それから可能な限りの補助スキルを身に纏い、呼吸を整えた。
「……うおおおお……ッ」
弾丸のように疾る。
手すりを力の限り蹴って、宙空を突き進む。
「……構え!」
兵士の声と、銃を持ち上げる金属室の音。それらが風の音とともに聞こえてくる。
「――ビッグバスター!」
アルフと戦ったときのように、スキルの衝撃を利用して速度を増す。間に合ってくれ。どうか、ロレンスさんの命を救わせてくれ。
磔台がハッキリと見える。
一人の兵士が手を挙げるのが見える。
後数十メートル。
そこで――兵士と視線が交錯した。
「……撃てェッ!」
――パァン、と。
乾いた音が、広場に響いた。
それとほぼ同時に飛び込んだ僕の体に。
鮮やかな赤いものが降りかかった。
べったりとした、それは。
磔にされた、ロレンスさんの――。
「ロレンス、さん……?」
僕は、磔にされた彼の腰辺りを掴む。
がっくりと項垂れた彼は、何の反応も返してはくれない。
その胸元には、三つの孔が開いていて。
そこからは止め処なく……血が、溢れ出ていた。
「ロレンスさんッ!」
聴衆は状況が理解できずにどよめいている。
けれど、そんな声たちは何の意味も持たない。
そして、僕の声すらも意味はなく。
ロレンスさんは既に、何一つ届かない場所へと、逝ってしまっていた。
「貴様、何者だ!」
兵士の一人が、僕に銃を向ける。
でも……それがどうしたというのだろう。
僕は、結局無力だった。
守りたいと願った人一人、守ることができなかった――。
「ああぁぁああぁ……ッ」
天を仰いで、ただ狂ったように叫ぶ。
そうでもしなければ、本当に狂ってしまいそうだった。
ごめんなさい、ロレンスさん。
ごめんなさい、ルエラちゃん。
僕には二人を救う力が、無かったんだ……。
「……おい、何だあれは!?」
聴衆の一人が、空を指差して声を上げた。
それに釣られるよう、多くの者たちが一斉に空を見上げる。
空は晴れ渡っているはずなのに。
気付けば広場をすっぽりと覆うような影が生じていた。
僕も、ぼんやりと空を見上げる。
涙でぼやけて、すぐには焦点が合わなかったが。
「やばいだろ、あれ!」
「魔物だ、でかいぞ!」
広場目掛けて、降下してくる巨大な魔物の姿があった。
……あれは……。
「――ドラゴンだッ!」
その叫びに、聴衆たちは蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。
ああ、そうだ。図鑑でも見た最上級の魔物……ドラゴン。
漆黒の翼を優雅に羽ばたかせ。
ドラゴンはゆっくりと――広場に降り立ったのだった。
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