7.脱走、そして疾駆
「どうしてドランさんが……こんなところに」
「理由はどうでもいいだろ。ほら、さっさとこんな牢から出ちまえ」
言うと、ドランさんはあっさりと牢の鍵を開けて、鉄格子を開いてくれる。
けれども僕は、理解が追い付かなくて体を動かすことも出来なかった。
「おい、ボーっとしてんじゃねえよ」
「あ、ごめんなさい!」
怒られてようやく体が動き、僕はすぐさま牢を出る。それからドランさんに感謝の言葉を述べたが、やはり頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだ。
「ふう……ライン帝国の、それも地下牢でドランさんと再会するなんて」
「俺もびっくりだっての。……だがまあ、これで借りは返せた」
「借り……」
それは多分、コーストンでの魔皇討伐のことだろう。
魔皇アギールが根城としていたのは、廃村ウルキア。そこはドランさんの両親がかつて住んでいた場所だった。魔皇を討伐した僕たちは結果として、彼の思い出の場所を守ったことになるのだ。
それを借りと思っていたとは、律儀な人だ。
「何か、やらなきゃいけないことがあるんだろ。早く行けよ、間に合わなくなる前に」
「……そう、ですね。ありがとうございます、ドランさん」
「装備は物置にブチ込まれてたぜ」
ここにいる理由を答えるつもりはないだろうし、今は確かにロレンスさんの救出が最優先だ。僕は軽く頭を下げ、すぐに身を翻して走り出そうとする。
そこで、ぼやけたドランさんを視界の端に捉えて、あることに気付いた。
「あ……」
立ち止まることはしなかったが。
そこで一つの繋がりだけは、理解した。
紫色の髪と、似通った名前。
そして、エリオスさんが話していた、ウルキアから逃げ延びた女性の話。
コーストフォードで双子を生み、亡くなった女性の話……。
「……双子、だったんだ」
ドランさんは多分、片割れに会いに来たのだ。
そこにどのような思惑があるのかは、分からないとして……。
「……あの人にも、あの人の道があるんだもんね」
またその道が交わることがあるなら、そのときには理由を知ることもできるかもしれない。
そう思って、今はお別れだ。
「よしっ……」
物置に滑り込む。ドランさんが教えてくれた通り、僕の装備は丸々放り込まれていた。元々置いてあったもののせいで若干汚くなってしまっているが仕方がない。急いで全てを装着し、今度は出口目指して疾駆する。
宮殿へ上がる出口は危険なので、レジスタンスとともに侵入した縦穴から出ていくことにする。真っ直ぐに進めばすぐに見つかったので、迷いなくぴょんと飛び降りた。
着地すると、そこは地下鉄道のトンネル内。方向としては右に進めばレジスタンスのアジトに辿り着けるはずだ。列車が来たら安全に避けれるよう音に気を付けながら、僕はトンネル内を全力疾走する。
「あっ、トウマ!」
少し走ったところで、とても聞き慣れた、安心する声がした。
セリアだ。いつもそばにいてくれる、僕の従士。
「セリア!」
「ちゃっかり脱出してるじゃない! 捕まったって情報が入ったから心配したのよ、もう!」
「あはは……ごめんね」
セリアは僕の懐に飛び込んでくるなり、顔を埋めてめそめそと泣き出してしまう。そんな彼女の頭をそっと撫でてやると、赤らんだ顔を恥ずかしそうに晒しながら、もう、とまた呟いた。
「僕たちも心配しました」
リズさんとディルさんも駆けつけてくれたようだ。アトラさんは恐らく、さっき救出したミンさんを介抱しているのだろう。
「すいません、来てもらって。……僕は大丈夫です、でもロレンスさんが」
「突然処刑されるって放送が流れたのよ、だからまずいと思って!」
それで、再びこのトンネル内を走ってきていたわけか。僕を助け、ロレンスさんを助けるために。
「処刑はやっぱり、エルバ宮殿前の広場で?」
「そのようです。急げば間に合うかもしれませんが……」
問題は、間に合ったとして公開処刑を止める術など考えられないというところだ。
強引に処刑台まで行けたとして、そこから逃げるのは不可能に近いだろう。
ただ……考えている時間も最早ないのだ。
「とにかく、広場に向かおう!」
時間を無駄にはしていられない。
僕たちは地上に出るため、まずはアジトを目指した。
補助スキルで速度を高めたおかげで、アジトへは数分で戻ることができた。アトラさんとミンさんは早い帰還に驚いていたが、事情を説明している暇もなく、ほとんど何も言わないまま梯子を上る。そして偽装アトリエから、帝都の街路へ飛び出した。
「それにしても、どうやって抜け出したのよ」
走りながらセリアが訊ねてくるので、僕はドランさんと再会したことを手短に話した。だが、その答えも謎を増やす結果となってしまい、
「どうしてドランさんがいるのよ」
という新たな問いに答えなければならなかった。
「ドランさんはあのアランって隊長と双子だった、かあ……」
「そう言えばアランさんだけ名字を聞いてないなと思ったんだ」
ディルさんとリズさんに確認してみると、アランさんのファミリーネームはやはりバルザックだという。もしかしたら彼は、僕たちがコーストフォードに立ち寄ったことを知っているから名字を伏せていたのかもしれない。
バルザック兄弟。まだ謎の多い二人だ。
街路にはほとんど人の往来がない。たまに見かけても、誰もが宮殿を目指したて歩いていた。
公開処刑を見に行く人たちばかりだ。しかしその表情は暗く、国民として強要されているだけで本当は見たくないのだろうなと容易に想像できた。
「後はこの道を直進していけば、広場に着きます……!」
「了解!」
広い街路。のろのろと歩く人々をどんどん追い越し、僕たちは駆けていく。
少しずつ人は増え、遠くにはぼんやりと人だかりのシルエットが。
あそこが、広場。
ロレンスさんが処刑されようとしている場所――。
「待ちなさい」
そのとき、僕たちの前に一人の男が立ちはだかった。
漆黒の軍服。すらりとした長身。そして構えるはロングソード。
「シヴァさん……!」
帝国軍の第二隊長。シヴァ=リベルグさんだった。
「レジスタンスを引き連れて……どこへ行こうというのです」
「僕は……僕の正義を信じています。ロレンスさんを、殺させるわけにはいかない」
「それはこちらとて同じです」
シヴァさんは語気を強めて言い放ち、ロングソードで空を切った。
「勇者を偽ったあなたに正義を語ってほしくはない。……私にも、軍隊長としての誇りがある」
「……その誇りは、あなた自身の正義より大事なものですか」
「……!」
剣を持つシヴァさんの手が、僅かに震えた。
それは動揺。彼はやはり、少なからず疑念を抱いているのだ。
帝国軍という自らの所属する組織に。
その暴走とも言える方針に。
「……何にせよ、通すわけにはいきません」
ロングソードを強く握り直し、シヴァさんはこちらへ向かってくる。
僕とセリアも、それを迎え撃つためレジスタンスの二人を下がらせ、武器を取るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます