6.存在が揺らごうと②

 隠された構造。

 以前グランドブリッジで、ソーマ=オブリヴィオという旅人と話したことがあったけれど。

 ロレンスさんの口から、そんな言葉が出てくるなんて。

 そしてきっと、ロレンスさんは僅かでも知っているのだ。

 ディア=N=バエルというネイヴァンの民から、神の言葉を伝え聞いたのだ……。


「この世界には、七十二の神がいるというのは知っているかな」

「はい。聞いたことはあります」

「実のところ、神がどれだけいるかなどグリーンウィッチ・ストーンには記されていない。なのに正確な数が広まっているのは、カノニア教会が想像で決めたからではなく、ネイヴァンの民から聞いたからだ」


 確かに、碑文の上では七十二の神がいるという明確な記述はない。気にしていなかったが、数がハッキリしているのにはそういう理由があったのか。


「……ディア師匠曰く、碑文の最初に暗示されているということだったが」

「最初?」

「ああ。『始まりの時は刻まれ 三度廻りて 天地は模られた』という部分。トウマくん、一日は何時間かくらいは分かるね」

「二十四時間、ですけど」

「それが三度廻ると、何時間だろうか」

「七十二……」


 そんな謎かけのような答えでいいのか。

 カノニア教会は季節が三度巡って世界ができあがったとしていたけれど、今のが答えなら正典は誤りということになる。

 そして、七十二の神が天地を模ったというのなら、その表現は中々信憑性がある……。


「……今の人々が聞いたら、信じられなくて卒倒するレベルですね」

「信じられなくて石を投げるレベル、だろう」


 だから、クリフィア教会は石を投げられているということなのか。

 カノニアこそが正典と世界中が思っているけれど、実は……そうではないと。

 いや、クリフィアが正しいとも限らないが……。


「……頭が痛くなってきました」

「無理もない。私も、彼がネイヴァンの民でなければ信じなかった」


 フッとロレンスさんは笑う。


「私が彼の言葉を完全に信じたのも、正直言えば相当の年月を経た後だった。世界中のほとんど全員が知らない構造。それが真実だと身を以て知った瞬間、私は彼を信じようと決めたのだ」

「ディアさんは、ロレンスさんに何を教えたんですか?」

「……十三番目のスキルを得る方法、だよ」

「あ……」


 十三番目のスキル。魔術士の最終スキル――アルスノヴァ。

 ルエラちゃんからそのスキルについて聞いたとき、彼女はこう話していた。

 スキルを覚えるのには、修行じゃなくて別のファクターがあると考える人が多い、と。

 つまりロレンスさんは、ディアさんからそのファクターを教えてもらい、最終的にはクラスマスターになることができたということ……。


「彼の言葉通り、私は研鑽を重ねた。そして、課せられた試練を乗り越えた。その瞬間、私は十三番目のスキルを習得することができたのだ」

「その試練というのは……はは、教えてくれたりはしませんよね」

「すまないが、ね。……ただ、君も長く生きていればきっと分かるときがくる。私はそれを、先に知ってしまっただけだ」


 僕は今、剣術士スキルを十二種類取得している。

 もしもこのまま強くなっていけば――ロレンスさんの言うように、分かるときがくるのだろうか。

 生きていられれば。


「その先を求める勇気は、なかったが」

「その先……?」

「……ふ。今のは、忘れてくれ」


 失言だったのだろう、ロレンスさんは力なく笑う。

 最終スキルを手にした、まだその先があるのか。

 それを求めるのには、勇気がいる。きっとディアさんから聞いた真実が、生易しいものではなかったのだろう。

 気にはなるが、そちらについてはこれ以上話してくれそうもなかった。


「私の思い出話が長くなってしまったな。これは全て前置きだ。……ディア師匠は、グリーンウィッチ・ストーンの続きについても話してくれたことがある」


 続きというと……さっきは序章部分だったから、次は勇者と魔王についてだったはずだ。

 善き者と悪しき魔の碑文。

 それが、僕にまつわる本題……。


「神は世界の礎として勇者に剣を与え、勇者は魔王を打ち倒す。そして平穏は繰り返される……そういう内容だ。つまりここには、繰り返される歴史が記されている」

「……そうですね。最後の一文は、歴史の預言だ。数十年おきに現れる、勇者と魔王の歴史」

「その歴史を断とうとする動きがある。……ディア師匠は、そう話していた」

「断とうと……」


 それは恐らく、過去の勇者たちのこと。

 グレンさんを筆頭に、きっと、それ以前の勇者たちもまた。

 いつか無限にも思われるループから脱するために、戦っていた。

 そしてそのバトンが、今の勇者に引き継がれているのだ。


「もしも彼らが歴史を変えようとするなら、恐らくはルールを壊そうとするはず。それがディア師匠の予想だった」

「……ルール。だとしたら……」


 勇者の剣が抜けなかった状況は、そのルール破りには違いない。

 もしも僕が、本物の勇者だったとして。


「勇者の剣が、誰かに引き抜かれたとまでは断定されていないのだろう」

「まあ……そうです」

「ならば、ルールを壊したゆえに剣が消えた。そう考えてもおかしくはないと私は思うがね」

「ああ……」


 それなら。

 僕は、グレンや過去の勇者が期待する通りの道筋を、ちゃんと歩めているのだろうか。

 剣の不在が僕の存在を揺らがせたとしても。

 間違っちゃいないんだと、僕は信じ続けていいんだろうか……。

 

「これまで通りでいいんじゃないか」

「ロレンスさん……」

「君は間違っていない。……それにね、私も間違っていたとは思わないのだ」


 ……どこかから、足音が聞こえた。


「過ぎたる力は、出来る限り封じておく。それが、最後に決めた私の道だったのだよ」

「あの……」

「一つだけ、伝えておこう。十三番目のスキルは、各クラス毎に一人しか覚えることができない」


 一際小さく……恐らく、僕にだけ聞こえるような声で、ロレンスさんはそう告げた。

 それから、近づいてきた足音が止まる。

 まさか――そんな。


「出るんだ、ロレンス=ブルーマー」


 兵士の声がした。

 鉄格子の開く音もした。

 僕たちが助けようとしても出ることを拒絶したロレンスさんは。

 兵士二人に連れられて、ゆっくりと牢を出ていった。

 最後の最後、その姿が視界から消えようとしたその瞬間。

 彼は確かに、僕に向かって微笑みかけてくれたのだった。


「……駄目だよ、ロレンスさん……」


 そんなのは、悲し過ぎる。

 あなたは全てを背負ってこの牢に繋ぎ止められ。

 そしてそのまま、死を迎えることを選ぶというんですか……。

 クラスマスターは世界に一人。

 ロレンスさんは、最強のスキルを繋ぎ止めていたのだ。

 心無い者が万が一にでも手にしないように。

 それが戦禍の元とならないように……。

 逆に、帝国軍はそれを求めた。

 ロレンスさんが戦わぬなら、彼を殺して別の者が手に入れればいいと。

 それゆえに、軍は彼を殺すのだ。

 それこそが、軍の言う彼の罪だった。

 あまりにも馬鹿馬鹿しい、罪だった。


「僕は……勇者だ」


 変わらず、それを信じ続けていい。

 だったら、僕の信じる正義もまた、貫きたい。

 ルエラちゃんの笑顔を取り戻すため。家族の日々を取り戻すため。

 僕はロレンスさんを、助ける――。


「……うおおおおッ!」


 自らを昂らせるために叫び、拳を壁に打ち付ける。

 魔力を遮断する装置か何かがあるようで、スキルは十分な威力で発揮できなかった。

 それでも僕は、何度も殴った。

 爆弾が道を切り拓いたように。この拳もまたそうであるはずだと。


「――見ちゃいられねえな」


 牢の外から、そんな声がした。

 何故だろう、聞き覚えのある懐かしい声だ。

 でも、こんなところに一体誰が――。


「え……」

「まさかよ、こんなところで出くわすとは思わなかったぜ」


 紫色の髪。睨むような鋭い目つき。そして、この口調。


「ドランさん……」


 行方不明だったコーストンの元・大公守護隊。

 ドラン=バルザックさんが僕を見下ろしていた。

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