4.何者
兵に連れ込まれたのは、僕たちが一度軍隊長たちと話をした作戦会議室だった。どうやら帝国議会が先ほどまで開かれていた場所らしく、隊長たち――ユニスちゃんを除いて――が勢揃いしている。
そんなところに放り込まれたわけで、僕は今更ながら自分が非常にまずい立場にあることを痛感させられた。
席の最奥に、前回と同じくアラン隊長が座している。その他各隊長とも、冷ややかな目つきでこちらを見つめていた。
「やあ、また会ったね」
「アランさん……」
「皆まで言わなくてもいい。事情くらい、手に取るように分かっているからね」
お前たちの行動などお見通しだ、ということか。強がりかもしれないが、全てを見越した上で議会を終了させて僕を連れてきたというなら脱帽だ。
「レジスタンスに唆され、勇者として正義の務めを果たさなくてはならないと思い込んでしまったのだろう。いいね、それも若さだ」
彼もそこまで年老いているわけではなさそうだが。経験の差が違うと言いたいんだろうな。
「だが……帝国軍としてそれを見過ごすわけにはいかない。初めに言ったね、くれぐれも変なことをしでかさないようにと。まさかこの件がそれに該当しないと思っていたわけじゃないだろう?」
「……それは」
素直に答えるわけにもいかず、僕は言葉に窮する。あちらもその反応を予想していたのか、やれやれと首を振った。
「帝都へ侵入してきたばかりか、レジスタンスどもと団結してこんな騒ぎを起こすとはね。いくら勇者を名乗っていようとも、許されることと許されないことがある」
「トウマさん。レジスタンスと協力してこの宮殿へ侵入したことは、間違いないんですね」
シヴァさんは何かの間違いかもしれないと思う気持ちもあるのか、再度の確認をしてくる。僕が無言のまま頷くと、彼は悲しげに眉をひそめた。
「そうですか……」
「アランさん、一つだけ聞かせてくれませんか。こうなってしまった以上、僕は直接聞いておきたいんです。あの牢に閉じ込められた人の大半が、ただ戦うことを拒絶したというだけで罪とされたのか」
「ふう……お互いなるべく干渉しないように、とも言ったはずなんだが。それも勇者の善性というやつなのかな。まあ、ハッキリ言ってしまえばその通りだ。彼らは国のために戦うことを放棄した罪で投獄された」
「それをやりすぎだと思う人は、ここにいないんですか?」
良心に訴えかけようとするも、言葉は返ってこない。シヴァさんとパティさんは何か思う所があるのか俯いていたが、アランさんとテオさんはまるで表情を変えなかった。
「軍は国のために戦う組織だ。君の言うことも理解はできるが、これがライン帝国の在り方なんだよ。世界を統べる、素晴らしき未来のため。来たるべき戦いに備えることこそが最も必要なことなんだ」
「……はっ。まあ、お前の考えではなくオズワルド皇帝の考えなわけだが」
「こら、茶々を入れないでくれ」
オズワルド皇帝の考え。テオさんの言葉は真実味があった。アランさんは筆頭隊長として皇帝の指示に従っているという感じのようだ。それを聞くと彼に対し、何となく小物臭というか、狡賢い人間なのだなという思いを抱いた。
偉そうにしているが、確固たる意志のようなものはない男、というところか。ユニスちゃんは恐らく、そういう部分を嫌いと評したのかもしれない。
「お前が勿体ぶっているから苛立っているのだ。小生が代わりに言っても構わんのだぞ」
「はいはい、さっさと済ませることにしよう」
「そうしてくれ」
ここで罪状について判決が下されるのだろうか。一瞬そう思ったのだが、アランさんは妙なことを言い始めた。
「トウマくん。実のところ、今回の騒動が無かったとしても、私は君を呼び出さなければならなかったんだよ」
「……どういうことです?」
「どういうこと、と言いたいのはむしろこちら側なんだがねえ」
アランさんが鼻で笑う。その仕草にむかつきを感じつつも、話の中身が分からずどう答えればいいかも分からない。
「君は勇者として、これまでコーストン、グランウェール、そしてリューズと三つの国で魔皇を討伐してきた。これは間違いないことなんだね」
「え、ええ」
「トウマ=アサギの名前は珍しいし、こちらに入っている情報も確かにそれを裏付けるものだ。君が三体の魔皇を倒した。それは事実としよう」
レジスタンス絡みのことをもっと追及されるかと思っていたのに、突然勇者としての道程を確認され、戸惑いつつも相槌を打つ。アランさんは何を言わんとしているんだろう。
「魔皇も魔王も、これまでの歴史上全て勇者が倒してきた。ゆえに、勇者しか奴らを倒せないと信じる者も多いが、事例がないだけで必ずしも倒せないとは限らないはずだ」
「まあ、実際に誰かと協力して魔皇を倒したこともありますから。勇者以外の人だって、魔皇にダメージを与えられる。なら、倒すことだって無理じゃあないでしょうね」
「そうだろう」
ところで――とアランさんは続ける。
「トウマくん。君には勇者の紋がある。しかし、勇者の剣は抜けなかったんだね」
「……ええ。前代未聞だったみたいですけど、それでも何とかここまでやってこれました」
どうも剣が抜けなかったのには、過去の勇者であるグレン=ファルザーが関わっているようなのだが、その明確な理由は未だに分かっていない。恐らくは勇者と従士に待ち受けている運命を回避するための、苦肉の策だったのではと想像しているものの、あくまでも想像の域だ。
だが、どうしてアランさんはそんなことを聞いてくるのか。
魔皇が勇者以外でも倒せること。僕が勇者の剣を抜けなかったこと。
……まさか。
「アランさん、もしかしてあなたは……」
彼は、僕が勇者ではないと思っているのだ。
いや、正確にはちょっと違う。
僕が実際に勇者であろうがあるまいが、勇者でないことにしてしまおうという算段なのではないだろうか。
そして、罪人として捕らえると……。
勇者を騙り、レジスタンスに与した滞在人。
そんな扱いを受けたら、僕は。
一瞬にして、全身から血の気が引いた。
彼は本気でそうしようと思っているのだろうか――。
「一つ、情報が入ってきたんだよ」
「……情報?」
「そう、コーストンからね」
アランさんの目つきが、鋭くなる。
笑みが消える。
「それによると、まさに今日、イストミアで異常事態が発生したそうなんだ」
「イストミア……」
そこは旅立ちの村。セリアの故郷。
それから……。
「改めて問おう。君は、勇者の剣が抜けなかったんだね」
「……そうです」
彼は、ゆっくりとまぶたを閉じた。
「そうか」
何だ。
何かがおかしい。
僕の思いなど嘲笑うような。
恐ろしい『答え』があるような。
「無くなっていたそうだ」
「……え」
無くなっていた。
それは。
「勇者の剣は、ブレイブロックから無くなっていたそうだよ」
馬鹿な。
そんな、馬鹿な。
じゃあ。
じゃあ、僕は――。
「トウマ=アサギ。お前は一体何者なんだい」
その問いに対する答えなんて、僕は持ち合わせてなどいなかった。
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