3.格子越しの対話

 パラパラと瓦礫が落ちてくる。

 それを払い除けながら、僕たちはロープを登っていく。

 レジスタンスならある程度の道具は常備しているようだが、鉤爪付きのロープまで持っていたのは驚いた。よくあるスパイ映画のワンシーンみたいだ。

 ディルさんとリズさんが先に登り、その後に僕、最後にスカートを穿いているセリアの順で、長い縦穴を登る。少しずつ。

 やがて、ディルさんの伸ばした手が床面に触れる。よし、という彼の小さな声が聞こえてきた。

 一人ずつ、ロープを登りきる。侵入完了だ。計画通りか幸運なのかは分からないが、ここは地下牢の中に作られた物置のようだった。空気は最悪だが人気はない。


「守衛室ではないですね……鍵はそっちを探して取りに行かなければ」

「私が探してきます。皆さんはロレンスさんとミンさんがいる牢を探してください」

「了解です……!」


 単独行動は少し心配だったが、隠密行動なら一人の方がバレにくいと判断してのことだろう。鍵はリズさんに任せることにする。

 物置を出て、僕たちは廊下が長く伸びる左へ、リズさんは扉がいくつかある右へ分かれた。闇が深いが、ここで光魔法を使うのは流石に自殺行為だ。

 牢自体は比較的簡単に見つけられた。ただ、数が多い。無人の牢も含めてざっと百以上はありそうだ。帝都ともなれば、このくらいの規模で当然なのだろうか。

 しかし、宮殿の地下牢に捕まる人間というのは特殊な事情を抱えていそうだが。


「あの辺りから、囚人がいる感じですね」

「ええ」


 ガラガラだった牢に、人の姿が見え始める。この牢の三分の一程度は、捕らえられた人がいるようだ。

 なるべく目を向けすぎないように気を付けながら、僕たちは中の人を確認していく。……正直、ディルさん以外には確認できなさそうだけど。


「……ミンさん!」


 半分ほど進んだところで、ディルさんが立ち止まって名前を呼ぶ。どうやらレジスタンスのメンバーを発見したようだ。名前を呼ばれたミンさんは、信じられないものを見るようにディルさんをじっと見つめた後、鉄格子を両手で掴んで嘆息を吐いた。


「おお……まさか、救いの手が差し伸べられるとは……」

「ええ、助けに来ました」


 ミンさんは涙すら浮かべている。……彼はレジスタンスとして、つまり国賊として捕まったのだから、きっとおぞましいほどの尋問、或いは拷問を受けたのだろう。見た目からして齢は既に四十近い。生半可な気持ちでは耐えられなかったに違いない……。


「今、仲間が鍵を探してくれています」

「すまない……私が招いたことだと言うのに」

「気にしないでください。……どうして捕まってしまったんです?」

「うむ……帝国軍はよほど取り締まりを強化しているようでね。現在は帝都のみだが、レジスタンスを発見した通報した者に褒賞を与えているのだ」

「なるほど、それで……」


 表立って告知されているわけではないそうだが、実際に通報をして褒賞をもらった人物がいるらしい。レジスタンスとしては大変やりにくくなっているわけだ。

 確かに、この作戦が終わったらすぐにでも遠くへ退避した方がよさそうだな。


「お待たせしました……!」


 そこでリズさんがやって来る。右手には鍵を束ごと持っていた。時間はかかりそうだが、虱潰しに試せばいずれかの鍵がはまってくれるだろう。


「さっさと済ませよう」


 ディルさんが鍵束を受け取り、一つ一つ迅速に試していく。


「……ここに捕らえられている者は、国に不利益を与えることを行なったとして収容されているのだが……その大半が戦争を拒否したとか、そういった理由のようだ。それが罪であるのか、私には甚だ疑問だね……」

「大半が……ですか」


 言われてみれば、囚人のほとんどが引き締まった体をしている。きっと彼らは厳しい訓練を耐え抜いていた兵なのだ。それが、人に刃を向けることを拒絶したばかりに閉じ込められることになってしまった……。


「これもラインの闇、ですね」

「闇が多すぎるよ、帝国には」


 ミンさんの言葉には、確かな重みがあった。


「……開いた!」


 ガチャリと音がして、牢が解錠される。

 ディルさんが鉄格子を横にスライドさせると、格子はガラガラと鈍い音を立てながら開かれた。


「ありがたい……! だが、急がねばならないな」


 これだけの音だ、帝国議会で警備が手薄になっているとはいえ、付近の兵に異変は勘付かれてもおかしくない。

 後は、ロレンスさんを助け出せれば……。


「ミンさん、ロレンスという人を知りませんか?」

「ロレンス……もちろん知っているとも。私の二つ右隣の牢だ、何度か話したこともある」

「本当ですか! 助かります」


 礼を言い、僕はすぐさまその牢へ向かう。そこには薄暗がりの中、奥の壁にもたれかかる男性が一人。

 俯いていて顔は分からないが、恐らくこの人がロレンスさんだ。


「ロレンスさん。……ロレンス=ブルーマーさんですよね?」


 ぴくりと、僅かに頭が動く。まだ顔を上げてはくれなかったが、それは確かな反応だった。

 かなり衰弱しているように見える。こちらを向く力さえないのか、それとも……。


「僕たちは、あなたの娘……ルエラちゃんに頼まれて、あなたを助けに来ました。ルエラちゃんも、それに僕たちも。あなたに罪と呼べるものはないと思っています」

「…………」


 返事はない。だが、さっきより少しだけ、頭の向きが変わっているような気がした。

 とりあえず声を掛け続けなければ何も聞けないと、僕はなおも語りかける。


「あなたはただ、誰かを傷つけることを拒絶しただけだ。それが人として間違いだとは思いません。それを罪だと言うなら……そんな国そのものが罪です」

「……罪、か」


 初めて言葉が返ってきた。それは自嘲するような、吐き捨てるようなか細い声だったが、それでも返事があったのだから望みはある。


「ここから出て、ルエラちゃんの元へ帰ってあげてください」

「…………」


 再び沈黙。暫く待った後で返ってきたのは、忠告の言葉だった。


「早く逃げた方がいい」

「ロレンスさん、僕は――」


 そのとき、遠くの方から足音が聞こえてきた。……数は少ないが、明らかに警戒している歩き方だ。

 ここまで来られたら、まずい。


「ミンさんは体力がない、私たちは先に戻りますよ!」

「すいません、僕もすぐに追いつきますから!」


 ディルさんは牢の鍵束を僕に寄越してくれる。そして三人で一足先に穴の方へ引き返していった。


「セリアも先に」

「で、でも……」

「僕ならスキルですぐに逃げられるから」

「……分かったわ、遅れないでよ!」


 真剣な眼差しで僕にそう告げて、セリアもまた走っていった。

 後は一対一の対話だけだ。


「何故……逃げない」

「ルエラちゃんの思いを無為にしたくないからです。それに……罪なき人を見捨てられない」

「私に、罪がないと本当に思っているのか」

「あるというなら、教えてください。それが罪と呼べるものなのか」

「……罪など。人や場所、時間によって形を変えるものだ。この国で戦わぬことが罪なら、罪なのだよ」

「……でも!」

「強いて言うなら」


 僕の言葉を遮るように、ロレンスさんは続けた。


「この力を手に入れてしまったことこそが……私の罪だと思っている。だからこそ私は……この冷たい牢にいることを選んだのだ」

「ロレンスさん……」


 強過ぎる力を手に入れたこと。その上で、戦わないことを選んだこと。

 それが罪なのだと、他ならぬロレンスさん自身が諦めている。

 この国で不戦の道を選ぶなら、強くなってはいけなかった。……でも、その考えは虚しくないだろうか。魔術士としてただ上を目指す権利くらい、あって当然なのに。

 僕にはやはり、そう思わせてしまう国そのものが罪だとしか、思えない。

 ロレンスさんは無理に結論付け、諦めているようにしか思えないのだ……。


「……もう時間がないぞ」

「ぐ……」


 足音が近づいてくる。

 明らかにタイムオーバーだ。

 これ以上止まっていたら、絶対に捕まってしまう。

 ロレンスさんをこのままにはしておきたくないのに……。


「また、助けに来ますから!」


 悔しいが、自分まで捕まってしまうわけにはいかない。僕はロレンスさんを置き去りにしたまま、一時退却する決断をした。

 鍵を捨て、侵入した縦穴を目指して駆け抜ける。暗がりなので何度も転びそうになったが、どうにか堪えて走り続けた。

 そして、出口が見えてくる。


「……あッ……!」


 穿たれた竪穴の前。

 そこにはもう、兵士の姿が。

 追いかけていただけではない。先回りする兵士もいたのだ。

 そして僕は、挟み撃ちされてしまった……。


「止まれ、もう逃げられんぞ!」


 無理をすれば逃げられないことはない。だが、逃げるために暴力を振るおうとは思えなかった。

 ……レジスタンスの皆とセリアは既に脱出しているようだ。それは不幸中の幸いか。

 僕の姿はバッチリ捉えられたのだし、逃げても追手がくるだけだ。それならば、今は大人しくしておく方が賢いか。

 何とか上手い言い訳ができればいいけれど、それは難しいかな……。


「よし、そのまま動くな」


 前と後ろから、兵士が剣を突きつけてくる。僕は両手を上げて無抵抗の意思を示した。

 ……捕まってしまうとは情けないな。どうにかしてロレンスさんを助けたがったが、その結果がこれとは。

 ……ロレンスさんは頑なだった。差し伸べた手を受け入れるどころか見ることもなく。あの冷たい牢にいることが絶対なのだと自分で納得しているような。

 そんな彼に、どんな言葉をかければいいと言うのか。彼を真の意味で救うことなど、果たしてできるのか……。


「付いてきてもらおう」


 ……何にせよ、今は自分の窮状について考えるべきか。

 恐らく、僕はこのまま軍の上層部へと連れて行かれるのだろう。そこで尋問を受けることになりそうだ。後のことは分からない。

 なんとか投獄は避けたいが、勇者すら軽んじる帝国軍なのだ、躊躇無く牢にぶち込まれる可能性も高い。そうなれば、心苦しいがセリアたちが助けてくれるのを待つしかないかもしれないな。

 兵士にがっちりと掴まれながら、僕は地下牢を抜けて宮殿の廊下を歩いていく。

 頭の中で色々とシミュレーションしてみたが、良い道筋は全く閃かなかった。

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