2.暇潰しの戦い
「アハハ。いいね、驚いてる」
ユニスちゃんがケラケラと笑いながらこちらへ近づいてくる。どうやら物陰に隠れていたらしいが……一体なぜ彼女は、僕たちがここへ来ることを察知できたというのだろう。
第一、今は帝国議会の真っ最中だ。隊長クラスの人間が席を外すなどあり得ないことではないのか。
「議会中だろって? いやー、アタシはそういうの嫌いだからね、いつもサボってるわけ。んで、暇だったからここを覗きに来てみたんだ。楽な侵入ルートはここだろうと思って」
彼女の発言はまるでワガママな子どものようだ。だが、推測だけでここへやってきたのだとすると、頭のきれるタイプのようにも思える。ちぐはぐな少女だ。
そしてこの、あどけなさに相反する薄ら寒さも……。
「……君がここに来たってことは。僕たちを止めに来たってことだよね」
相手は帝国軍の隊長格だ。そんな人物が僕たちの作戦を阻止しようと全力で立ち塞がったら――勝ち負けはともかく、作戦を完遂するなどほぼ不可能だろう。
戦っている最中に増援が来るに違いない。
だが、僕たちの不安など嘲笑うかのように、ユニスちゃんはこう言い放った。
「別に? アタシは面白そうだなって思ってここに来ただけだし」
「……え?」
「こんな機会、滅多にないじゃん」
彼女はどうも本気でそう思っているようだ。指示されているからとか、宮殿を守る役目があるからとかではなく、面白いことがあるからここへ来た……と。
「んまあ、実質的には足止めにはなるのかもしれないけどねー」
「ユニスちゃん、君はどういう……」
「せっかく勇者と従士に会えたんだしさ。ちょっとは戦ってみたいじゃん。これも暇潰しだよ、暇潰し」
「暇潰しって……」
仮にも帝国軍の隊長である彼女から、そんな言葉が飛び出すとは。……恐らく彼女は軍の中でも異端児なのだろうが、そんな性格を補って余りあるほどの戦力だということだろうか。
帝国は、戦力を求めている。戦わない人間はどれほどの強者でも牢に繋ぐほどにだ。
ユニス=ナトリー。彼女は一体、どれほどの力量を有しているというのか……。
「ディルさん、リズさん。彼女のことを知ってたりしますか」
「そんなには。……ただ、優れた魔術士として活躍しているというのは」
「魔術士……」
とすれば、彼女がロレンスさんと取って代わり、魔術士の隊長枠に収まったという感じなのだろうか。
クラスマスターであったロレンスさんの後任。見た目は若くとも、途轍もない強さなのに違いない……。
「そっちとしても、あんまり時間なさそうだしさ。さっさとやろーよ」
「……くっ」
ユニスちゃんはニヤニヤ笑いながら、自らの武器を取り出す。それは一瞬、杖のように見えたのだが、注視してみると違っていた。鋭い切先、細長いフォルム。レイピアというやつだ。
魔術士なのに剣を武器として振るうというのは、珍しい戦闘スタイルだろう。それはセリアやレジスタンスの二人の反応からも分かった。
「リズさんとディルさんは、爆弾の設置に取り掛かってください。時間がない」
「で、ですが……」
「あの子の言う通りなら、戦うことだけが目的のはず。二人の邪魔はしてきませんよ」
「お二人が危険です……!」
「私たちなら大丈夫よ!」
僕とセリアはそれぞれ武器を構え、ユニスちゃんと対峙する。彼女は本当に僕たちと戦いたいだけのようで、レジスタンスの二人からはむしろ距離をとった。
リズさんとディルさんは、恐る恐るユニスちゃんの横を通り過ぎ、天井部分に小型爆弾を取り付け始めた。
……これが今できる最善手だろう、多分。
「……はあッ!」
ユニスちゃんの強さは不明だが、やるなら短期決着が望ましい。僕は勢いよく彼女に突っ込んでいった。
その後ろで、サポートのためにセリアが魔法を準備する。
「――無影連斬!」
「おーっと」
緊張感のない声ながら、ユニスちゃんは危なげなく僕の連撃を躱す。一撃は当たりそうになったのだが、美しいまでのレイピア捌きで軌道を変えられてしまった。
「ふい、――スパークル」
刹那、レイピアの刃先から青白い閃光が迸った。ギリギリのところで僕は魔法を避けたが、髪が数本焼け、焦げた臭いが鼻腔をくすぐった。
――凄まじく速い。今のが中級魔法のレベルなのか。
「よそ見はよくないよ?」
ヒュッ、と風を切る音。
僕の耳元をレイピアの刃先が通り過ぎた音だった。
ほとんど反射的な回避行動だったが、それが僅かでも遅れていたとしたら僕の頭はあの刃に貫かれていた。
……この子には、何の躊躇いもない。
「――破!」
「アハハ、なるほどね!」
距離を詰められたために、拳による一撃をお見舞いしたのだが、ユニスちゃんは紙一重で後方に飛び退いた。感触はあったものの、きっと彼女は撫でられた程度にしか感じていないだろう。
「良い武器だなあ、それ」
「特注品だからね!」
答えながら、お次は弓に換装してユニスちゃんを狙う。
「――バレッジショット!」
「――フリーズエッジ」
僕の放った矢は、ユニスちゃんの生み出した氷の刃と衝突し、どちらも粉々に砕け散る。威力は互角だ。
ただ、その直後にセリアの魔法が発動した。
「――ヘルフレイム!」
狭いトンネル内だ、襲い掛かる地獄の炎から逃れるような場所は、ユニスちゃんにはない。
だが、彼女はあくまでも軽薄な笑みを消すようなことはなかった。
「――ブリザード」
それが行使された瞬間。
ヘルフレイムは氷の彫刻のように固まって。
尚も勢いの止まらぬ吹雪が僕たちに襲い掛かった。
「――サンライズ!」
僕たちは示し合わせたわけでもなく、同時にサンライズを発動させていた。
二人分の光魔法はブリザードの威力を瞬く間に削いでいき、消滅させる。
「流石は勇者と従士、息ピッタリだなあ」
……何とか凌いだが、それにしても。
彼女のブリザードはヘルフレイムと二人分のサンライズで、ようやく相殺できるほどの威力を持っているというのか……。
「……っと!」
戦闘に集中していて危うく忘れかけていたが、車輪の音が微かに耳に届いた。僕はセリアに合図を送り、すぐさま壁際へ退避する。ユニスちゃんも余裕の歩みで壁際へ後退し、列車をやり過ごした。
そして、列車という遮蔽物が無くなったとき。
僕の目の前に、レイピアを構えるユニスちゃんが迫っていた。
「なっ……!」
武器に手を伸ばす。
ユニスちゃんの声が間近で響く。
「――剛牙穿」
ゴオォ――ン……!
細身なレイピアがトンネルの壁にぶつかり。
耳をつんざく轟音とともに、巨大な横穴を生じさせた。
辛うじて流水刃を発動させて受け流すことができたが、それができなければ今度は貫通だけじゃ済まない。頭が弾け飛んでいたことだろう……。
しかし、驚いたのはもう一つ。
ユニスちゃんは魔術士であるはずなのに、何故。
「剛牙穿……剣術士の第四スキルなのに」
セリアもその疑問を口にする。答えを期待したわけではなかっただろうが。
するとユニスちゃんは、呆れたように笑いながら答えた。
「メインクラス以外は極端に覚えにくいってだけじゃん。時間さえかければ第四スキルくらいはとれるもんだって」
「時間さえって……」
コレクトによって沢山のスキルを得ている僕にはその難易度が掴み難いが、ユニスちゃんくらいの少女がかけられる時間などそう多くはないはずだ。
……彼女は人生を、どれくらいの時間戦いに割いてきたというんだ?
「君は、戦うことが生きがいなのか……?」
「んー、今はね」
やはり彼女は、ロレンスさんの後任を務める隊長なだけはあった。
ちょっと刃を交えただけで分かる。僕たちが勝てる見込みは薄い。
……明らかに、経験の差が開き過ぎていた。
「……ま、これくらいにしとこうかなー」
「え?」
始めたときと同じくらいあっさり、ユニスちゃんは武器を収める。
この子……恐ろしいほど気分屋だ。
圧倒的に状況は不利だったので、止めてくれるのは助かるのだが。
「アタシさ、アランのことが嫌いなんだよねー。だから最初に言った通り、君たちの邪魔をする気はないわけ」
「嫌いって……」
僕が言うのも何だが、こんな子が隊長としての権限を与えられてるとマズいのでは。強いのは間違いないとしても、あるとき面白いからとレジスタンスに味方したり……ないとは限らない気がする。
本当にこの子は、理解できない子だ。
「ほら、穴開け作業も終わりそうだし、後は頑張りなー」
脱力した手をぶらぶらと振りながら、ユニスちゃんは言う。確かに、リズさんとディルさんはもう最後の爆弾を取り付けにかかっていた。
「え、えっと。ユニスちゃんはこのまま帰って、軍に報告を……?」
「しないしない。というか、穴が開いたらどうせバレるよ。時間との戦いだろうから、急ぐっきゃないね」
まあ、それもそうだ。彼女が戻って報告するよりも早く、侵入したことはバレてしまうだろう。
「んじゃそゆことで。ばいばいー」
そう言うや否や、彼女はその脱力具合からは想像もできない速さで、トンネルの向こうへ跳躍して去っていった。……よくよく考えてみれば、彼女は僕たちを待ち伏せするために、ここへ来るときもトンネルを突き進んできたわけだ。とんでもない子だな。
「……ユニス=ナトリー、か」
奇妙な少女だったが、いつまでも気にかけてはいられない。
いつかその素性を知る機会があるだろうと思って、今は作戦に集中しよう。
「……すいません、お怪我はありませんか」
「何とか。……リズさんたちこそありがとう」
「いえ、爆弾を付けていくだけの仕事でしたから」
その爆弾も、最後の一つがもうすぐ爆発する。
そうすれば、宮殿の地下へと繋がってくれるはずだ。
カチカチと針が動き、頂点に達する。
そして爆弾は凄まじい威力で爆発し、天井を抉るのだった。
「……よし、開いた!」
ディルさんが抑え気味に叫んでガッツポーズをする。喜びの体現はこちらでも同じだな。
さあ、いよいよ宮殿へ侵入だ。
ロレンスさん……あなたの真実を、どうか僕たちに教えてください。
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