十五章 動乱の帝都―処刑の刻限―

1.作戦開始

 作戦開始までの日々は、ゆっくりと過ぎていった。全てが自由時間なのはかえって不自由だったりもしたが、ときにはホテルでだらだらと過ごし、ときには街を出歩いて過ごした。

 リゼッタさんの家は一日に一度確認に向かったが、特に軍がやって来たりはしていないようだった。庭で洗濯物を干す日常の光景に、ほっと安堵したものだ。

 僕の素性は帝国軍に知られてしまったけれど、街の散策時は結局、動きやすいこともあって私服のままでいた。ただ、一度だけ近郊に魔物退治へ出かけようと決めたときは、戦闘用の装備に身を任せて包むこともあった。……まあ、事前情報通り魔物はほとんどいなかったが。

 そんなこんなで三日が経ち。いよいよ作戦決行の日がやって来る。

 僕とセリアは鞄に装備を詰め込み、ホテルを出発してレジスタンスのアジトへ向かった。


「いらっしゃい」


 アトリエ内ではあくまでスタッフ風に、ディルさんが迎えてくれる。僕たちは一つ頷いて、案内されるまま店の奥へ進み、梯子からアジトへ下りていった。

 アジトにはアトラさんとリズさんが待機しており、二人ともレジスタンス活動用の服装をしていた。アトラさんはここで待つのみなので、服は変えなくてもよさそうなものだが、まあ気持ちの問題だろう。


「お待たせしました」

「いえ、正確な時刻です。……いよいよですねえ」


 感慨深い、と言うようにアトラさんは頷いた。リズさんとディルさんもそうだ。

 レジスタンスである彼らにとっては、長い時間をかけ狙ってきたチャンスに違いない。今までの苦労を反芻しているのだろう。


「失敗は許されません。捕まればおしまいです。……それはトウマさんとセリアさんも同じだと思ってくださいね」

「ええ。流石に宮殿に忍び込んで、犯罪者を脱獄させるわけですからね。その意味は分かってます」

「でも、その人が本当に犯罪者なのかは分からないんだもの。助けてってお願いを聞いた以上、まず会ってみなくちゃ何にもならないわ」


 セリアの言葉に同意だ。レジスタンスの三人とは違い、事情次第では救えないことだってあり得るけれど。とにかくその事情を知らなければ、始まらない。

 そして情報にあるように、彼が平和を思うゆえに処刑されるというのなら。それは絶対に阻止したい。ルエラちゃんの願いを、果たしたい。


「では、準備を始めましょう。と言っても、着替えくらいですが」


 アトラさんに促され、僕たちは一人ずつ通路で着替えを済ませる。これがレジスタンスだけなら気にせず着替えたのだろうが、僕とセリアに気を遣ってくれたようだ。

 着替えは十分もかからずに終わり、全員が戦闘用の装備になる。先に着替えていたリズさんはアトラさんから小型爆弾を渡されているので、これで準備完了か。


「……緊張しますね」

「私もそうですよ。ここまで危険な任務は初めてです」


 確かに、リズさんは笑みを浮かべているものの、その笑顔はやや引きつっている。敵陣の最奥部に侵入するというのだから、危険な任務であることは確かだ。

 それに、彼らにしてみれば作戦が完了してからも大変だろう。


「捕まっている人を助けたら、その後皆さんはどうするんです?」

「一旦は州外、或いは国外へ出ようかと思ってます。なるべく早く。ほとぼりが冷めるまでは、怪しまれないように振舞うしかないですね」

「これでロレンスさんが仲間になってくれたらこの上ない戦力なんですが。戦うことを嫌う方を引きずりこむわけにもいきませんね」


 ディルさんとリズさんが続けてそう話した。レジスタンスの目標はやはりオズワルド皇帝を倒すことなんだろうし、ロレンスさんが協力してくれ、オズワルド皇帝を追い詰めるのが最高の道筋だろう。

 ただ、戦いを拒否したがゆえに捕まったロレンスさんが、レジスタンスに味方する可能性はゼロに等しいと思えた。


「まあ、ルエラさんを呼んで親子の再会が出来たなら。これまでの活動もいくらか報われるってもんです」

「少なくとも私たちは、ただのレジスタンスじゃなくルエラ班のレジスタンスですから」


 二人のルエラちゃんを思う気持ちは、とても強いもののようだ。

 僕たちも、報われるように頑張らなくては。


「……さあ、いつまでも話している場合じゃありません。そろそろ四時、議会も始まります。作戦を開始するとしましょうか」

「了解です」


 アトラさんの言葉に、僕たちはお喋りを終わらせ気を引き締める。

 ここから一気に宮殿内へ侵入するのだ。危険極まりない作戦、油断はできない。

 通路の前に四人が並び、アトラさんと向かい合う。

 そして、彼の号令で作戦はスタートする。


「では皆さん……頼みましたよ!」

「はい!」


 気合の入った声で返事をし、僕たちはアジトを出発した。

 アトラさんによって掘られた細い通路を、壁に手をつきながらも進む。恐らくはこの通路も、爆弾か何かで開通させたものだろう。左右に歪んでいるのを見れば何となく想像がつく。

 その通路を数十メートル、土埃に塗れながらも進み切ると、ようやくフェイクの壁に到着した。


「これを除けて……と」


 へこんだ部分に指をかけて動かす。ルエラちゃんが用意した隠し通路と同様だ。偽の壁を外すとその向こうはすぐ鉄道のトンネルに繋がっており、着地したところは丁度枕木の上だった。

 躓きそうになって、慌てて体勢を立て直す。そのとき、遠くから甲高い音が聞こえてきたような気がした。

 これは……。


「列車だ!」

「きゃっ!」


 叫んでからほんの数秒後、線路の上を凄まじい音と勢いで列車が通過していった。何とか両端に張り付いて避けることが出来たが、もしも転んだりして身動きがとれなかったら……命が消えるのなんて、あっという間だ。


「気を付けてよー、トウマー……」

「はは……命は大事にします」


 そんなに本数がないとはいえ、列車が通るのは予想以上に恐怖だな。気を付けて進んでいかなければ。


「えっと、左に曲がるって言ってたね」

「は、はい。そちらへ真っ直ぐ進んでいけば、宮殿の地下にあたるところにアトラさんが目印をつけてくれてると」

「よし、行こう」


 僕たちは一列になって、壁際に張り付くようにしながら進んでいく。列車の間隔は大体二十分ほどだとリズさんが教えてくれたが、時計もないのでハッキリ予測はできないし、あくまで参考程度だ。

 昔――元の世界にいた頃、地下鉄のトンネル内に入ってみたい衝動に駆られたのを思い出す。幼い子供にとっては、そういう場所も好奇心を駆り立てる不思議な空間だったのだ。

 異世界に来て、その空間をドキドキしながら進むことになろうとは。


「ふう……」


 トンネルは延々と続き、目印はまだ見つからない。結構歩いたな、と思ったタイミングで、またしても車輪の音と微かな揺れが響いてくる。

 今度は落ち着いて避けることができたが、ほんの目と鼻の先を鉄の塊が高速で駆け抜けていくというのは恐ろし過ぎる。心臓に悪いので、次はないようにしたいが。


「……あ!」


 ふいにセリアが、声を上げながら前方を指さした。ひょっとして、と思いながらその先を見ると、電灯の仄かな光に照らされ、壁際にバツのマークが記されているのが見て取れた。


「ここか……!」


 目印のあるところまで早足で駆け寄ると、すぐ奥に小さな空間が広がっているようだった。工事中の資材置き場だったのだろうか、鉄くずが散らばっていたり、ボロボロになった機材が放置されている。

 ここの天井に爆弾を仕掛ければいいわけだ。なら、列車と衝突する危険性もないし楽な作業じゃないか。

 そう思い、ほっと息を吐いたそのとき――


「やっほー。待ちくたびれちゃったよ」


 闇の中から、場違いなほど陽気な声が聞こえた。

 陽気だからこそ……そこに異様さを感じ、背筋に冷たいものが走る。

 女の子の声。このダグリンに来てから聞いた声だ。

 そう、彼女は……。


「……ユニスちゃん」


 帝国軍第四隊長、ユニス=ナトリーがそこにいた。

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