10.反逆の狼煙②

 牢までの道をぶち開ける――。

 その言葉のインパクトに、僕たちは暫し呆然としてしまった。

 リズさんとディルさんも、具体的な内容はまだ聞いていなかったようで、どう反応すればいいものかと困惑気味だ。

 その反応を楽しむように、アトラさんは含み笑いとともに説明を始めた。


「このアジトはですね、実は地下鉄道と繋がっておりまして。もちろん列車の往来があるところですので危険なのですが、この地下鉄道は宮殿の真下を通っているのですよ」

「ほうほう」


 そこまでで、作戦の大筋は大体察することができた。

 ぶち開けるとは、つまりそういう意味なのか。


「作戦は四人で行ってもらいます。まず、そこにある細い通路を歩いていけば鉄道のトンネルに辿り着きますので、左に曲がってしばらく進んでください。宮殿の真下にあたるところには空間があり、そこへわたくしが事前に目印をつけておりますので、天井部分にこちらを取り付けてもらえれば」


 アトラさんはそう言って、小型の機械を取り出す。特徴のない白い箱のようだが、面の一つに吸盤のようなものが付いている。


「これは、私たちが受け取ってきたものですね」

「そうです。お二人が立ち寄ってくれたのは幸運でした。おかげで作戦決行を早められましたよ」

「僕たちとしても時間がないので良かったです」


 装置は、リズさんたちが他の町で受け取ってきたものらしい。その町にいるレジスタンスが製造したものなのだろう。ということは、アトラさんは他の町にいるレジスタンスと連絡をとっていることになるが、ここにある装置のどれかが盗聴を妨害していたりするのかな。


「この爆弾は、消音性に優れたものです。それに、地下鉄道内なので大抵の音は地上に届きませんし、列車が通ったとしてもその走行音にかき消されるでしょう。爆発の瞬間さえ列車の乗客などに目撃されなければ問題なしです」

「まあ、地下鉄の中にまでは軍も見回りに来ないでしょうしね」


 そこまでシビアな内容の作戦というわけではなさそうだ。


「一度の爆発で、宮殿に繋げるのは不可能です。なので、爆弾は計五つ用意しました。甘い見積もりだったら申し訳ないですが、これくらいあれば開通するはずですよ」

「もし開かなかったら、私が爆発させるから大丈夫です!」


 セリアが任せておけと言わんばかりに胸を張る。実際、ルエラちゃんは隠し通路を掘るときに魔法を使用したようだが、セリアが上手くコントロールできるかは不安だなあ……。怒られそうなので口は挟まないが。


「では、そういうことで。牢屋は地下にあるので、恐らくあの場所から真上に穴を開ければほとんど直通だと思っていいでしょう。地下牢に行ければ、後はロレンス氏とミン氏――レジスタンスの一員です――を助けて戻ってくるだけ。難易度はそう高くありません」


 想定外のハプニングが起こる可能性はあるものの、聞く限りでは確かに難易度は高くないように思える。

 迅速に、二人を救出して帰ってこれればいいのだが。


「牢には鍵が掛かってると思いますが、それは?」

「看守室があるのでそこから持ってくるか、兵がいて取れなさそうなら鉄格子も魔法でどうにかしていただければ」


 その辺は大雑把だな。まあ、魔法でもスキルでも、鉄格子程度なら壊すのは容易か。

 ……ロレンスさんがその鉄格子を破らないのは、逃げることにメリットがないと思っているからなんだろうか。だとしたら……そんな不安がよぎってしまうけれど、大丈夫だと信じよう。

 ロレンスさんは、ルエラちゃんの今を知らない。迷惑をかけないようにと思っているのかもしれないが、彼女は逃げてきてほしいと、切に願っているのだ。

 マットさんのときのように、その思いを僕たちは届けたい。


「内容は把握しました。決行はいつに?」

「三日後、エルバ宮殿では帝国議会と呼ばれる定例の会議が行われます。オズワルド皇帝も含め、宮殿には多くの人が集まるわけですが、むしろ地下牢方面の警備は手薄になると予想しています」

「じゃあ、三日後に作戦決行ってワケですね」

「正確には、三日後の午後四時にするつもりです。議会も四時に始まるので」

「分かりました」


 これで作戦伝達は終了となった。後は三日後の決行日までやることもないし、自由に時間を潰すことになりそうだ。近郊で魔物退治でも体も鈍らなくて済むのだが、軍が見回りついでに魔物を倒しているのなら、そういうことも難しいかもしれない。

 手合わせが必要なら、とリズさんとディルさんが相手役に立候補してくれたりもしたが、彼らは諜報活動メインだ。率直に言って戦闘能力が高いわけではないし、作戦前にケガなんてしたら非常にまずい。なのでその申し出は丁重に断っておいた。


「よし。それじゃ僕たちはそろそろ帰ります。また三日後、ここに来ますね」

「よろしくお願いします。……もし緊急の連絡があった場合はどうしましょうか」

「ダグリングランドホテルというところに泊まってるので、そこに通信を入れてもらうか、もしくは来てもらえればいいかと」

「了解です。では、何もなければ三日後に」


 リズさんたちはここで寝泊まりしているらしく、このまま残るとのことだったので、僕たちは別れの挨拶をして梯子を上っていった。狭く長い梯子だったので、帰りもやはり上り切るのには苦労した。


「はあ、終わったー」

「案外ざっくりした作戦会議だったけどね。その方が分かりやすくて良かったか」

「天井をぶち抜いて犯罪者を脱獄させるって、それだけ聞くとすっごい悪事に加担してる感じだけどねー」


 ……まあ、事実帝国側にしてみれば、それは立派な犯罪だろう。これで万が一ロレンスさんがとんでもない罪を犯していたのだったら、僕たちの立場はまずいことになるが。……やはりどうしても、そうは思えないのだ。


「どうして捕まったのかは、ロレンスさんに直接聞くことにしよう」

「そうね。そこできっとまた、ライン帝国の悪事を知ることになりそうだけど」

「……かな」


 アトラさんの口から語られた、人体実験という過去。

 ラインには確かにまだ、隠された闇がありそうだ。

 その大きすぎる問題は、僕達ではとても解決しきれないけれど。

 グレンや他の勇者が僕に力を残してくれたように、未来への足掛かりくらいは残せるだろうか。


「ま、それはさておき。こんな時間になっちゃったし、今日はもう、ご飯食べて帰りましょ」

「ん。了解」


 空はもう藍色に染まり始めている。僕はセリアの提案に素直に頷いて、歩きだす。

 そうして夕食をとりホテルに戻った頃には、時刻は八時を回っているのだった。





 日記を付け終わり、暇になったのでパラパラと過去の勇者の手記を読み返す。

 どの時代の勇者も、帝国に協力を拒否されたことはないようだ。

 世界大戦中の二百年頃でも、ラインが戦っていた時期には被っていないため、幾らかの兵力を貸してもらえたとある。今回のように完全非協力を宣言されたのは初めてのことらしい。

 前途多難だな、と自然に嘆息が漏れる。


「辛気臭いわねー、トウマ」

「あ……おかえり」


 お風呂上がりのセリアは、冷たいドリンクを片手に僕の傍へやってくる。ほんのり上気した頬が、可愛らしさを引き立てていた。


「今日は嫌なこと多かったけど、それでもきっとなんとかなるわ。今までだってそうだったし」

「あはは……全く以てその通りです」


 僕は気の抜けた笑みを浮かべながら、セリアにそう返す。本当に思ってるのかと怒られそうだったが、そんな顔にしかならなかった。

 ……実のところ、そんなに悲観はしていない。

 セリアが言うように、なんとかなるとは思っている。

 だから、どちらかと言えば。

 彼女の励ましがただ聞きたかったのかもしれない。

 不純な動機だなあ、と苦笑してしまった。


「……ここが、最後の国だ。もう少しで僕たちの旅も終わる」

「ええ……そうね」

「あともうひと踏ん張り。……一緒に乗り越えてみせよう」

「とーぜん。トウマは勇者で、私はその従士なんだから」

「ん。……ありがとう」


 ラインの魔皇を倒せば、後は世界の中央に出現するという魔王城で、魔王を討ち取るだけ。

 それで、僕たちの旅は終わる。

 我武者羅に突き進んできたけれど、いつの間にかもう、こんなところまで来ていたんだな。

 長いようで、案外短かかった。

 絶対に生きて帰る。改めてそんな決意をしつつ、僕は眠りにつく。


 そして――そのときの僕は、知る由もなかったのだ。

 このライン帝国を舞台に、幾つもの出来事が一つの破局に向かって、収束を始めていることを……。

 

 

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