9.反逆の狼煙①
ギルドを出てから、僕たちは近場の食堂で昼食をとっていた。いつもは食欲旺盛なセリアもこのときばかりは僕と同じくらいの量しか食べなかったし、相当に気分が落ち込んでいるのだろうと思われた。
これまでの三ヶ国は、基本的に魔皇討伐を倒すことを目的としていて、それ以外の問題はほとんど巻き込まれた結果解決していた感じだ。しかし、今回の処刑については、僕たちが積極的に動いてどうにかしないといけなさそうだった。
……悩ましい問題だ。
「表立って怪しい行動をしたらすぐに目を付けられそうだしねえー……」
「有り得ないとは言えないよね。実際、フィルさんもあんなに警戒してたし」
心なしか、セリアとのやりとりも小声になってしまう。こういう状況下だと、自然と疑心暗鬼に陥ってしまうな。
きっと、国民の多くもそういう恐怖に囚われているのだろう。
食事を終えると、僕たちはお金を払って食堂を後にする。さて、これからどこへ行こうか。何人かの知り合いには再会したが、ロレンスさんの件については誰にも頼れない。
――と。
「……ねえ、あれ」
ふいにセリアが前方を指さす。はじめはその指がどこに向けられているかが分からなかったのだが、こちらへ歩いてくる人影を見て、ようやく合点がいった。
素晴らしいタイミングで、救いの使者がやってきた感じだ。
「リズさん、ディルさん」
「お……やあ、二人とも」
すっかり街に馴染んでいる二人は、けれども見間違えるはずがなく。
僕たちとともにリン州へ侵入した、レジスタンスのリズさんとディルさんだった。
一度は離別し、レジスタンスとしての活動を行っていたらしい二人だが、もう帝都にやって来ていたのだ。
「意外に早い再会でしたね」
「はは、大層な別れ方をした割には早かったですね」
少しばかり照れ臭そうにディルさんが笑う。確かに、どうかお互い無事に、などと言って別れた数日後に再会するとは。思い出すと僕も恥ずかしくなる。
「そうだ。良かったら、私たちのお店へ来ませんか?」
「お店?」
ええ、とリズさんは頷いて、A5サイズのチラシを差し出してくる。それは一見、個人が開いている小さなアトリエの宣伝のようだったが、レジスタンスの彼らが渡してくるのだから、内容通りなはずもない。
こんな往来では大事な話などできないから、落ち着ける場所で話をしよう。そういう意味合いなのだろう。
「へえ……素敵なお店ですね。分かりました、いつお邪魔すればいいですか?」
「今は休憩中なんで、六時頃に来てもらえると嬉しいです」
「了解です」
六時というと夕食時だが、恐らくその時間帯は巡回する兵士の数が減るのだろうな。もう答えてしまった後だが、セリアも特に異存はないようだ。
「じゃあ、また後で」
「はい。お待ちしてます」
この場ではそれ以上話を広げることもなく別れ、二人は街の雑踏へ消えていく。僕とセリアはその姿をしばらく見送ったあと、僅かに頬を緩ませた。
「救世主ね」
「本当に。ロレンスさんの問題は、あの人たちにしか頼れないものなあ」
きっと、彼らもロレンスさん救出は作戦の内に入れているはずだ。大切なリーダーの父親なのだから。
一緒に作戦を遂行できるなら、とても心強い。
「さて、指定の時刻は六時なわけだし、しばらくは街をぶらぶらしようか」
「はーい。せっかくだし、下がったテンションを上げ直しておかないとねっ」
そんなわけで、僕たちは陽が傾くまでの長い時間を、街の散策――途中スイーツタイムが挟まったが――に費やすのだった。
*
午後六時前になり、街並みが赤らんできたところで、僕たちはチラシに掲載された案内図を見ながら、一軒のお店に辿り着く。大通りを一本逸れた道にあるそのお店は、一応はチラシの通り芸術作品が飾られたアトリエのようになっていた。
扉を開けて中に入ると、彫像や陶芸品に囲まれた部屋の中でリズさんとディルさんが待ってくれていた。
「こんばんは。お待ちしてましたよ」
「どうもです。……結構本格的ですね」
「まあ、持ち主の元々の趣味でもあるみたいで」
「持ち主?」
僕が聞き返すと、リズさんは頷いて、
「はい、私たちの仲間の」
「ああ、なるほど……」
要するに、ここを所有し拠点としているのが、帝都に入り込んでいたレジスタンスのメンバー、ということか。
「ここで話すのもなんですし、奥にアトリエの主人もいますので、移動しましょうか」
「あ、分かりました」
レジスタンスの人も在宅中で、僕たちを待っていたようだ。
長期に亘って帝都で活動していたのだし、僕たちがこれから行動する上でも頼りになりそうだな。
リズさんとディルさんに案内され、僕たちは関係者以外立入禁止と紙の貼られた扉を抜けた。
先にあったのは普通の民家にありがちな廊下で、お手洗いやキッチンに続いている。二人はその廊下を進んで右にある扉を開け、物置のような部屋に入った。
……このパターンは何となく想像がつく。
「もしかして……」
「ふふ、ルエラさんの家と同じです」
部屋の隅にあった彫刻を除け、床のパネルを剥がすと、そこには地下へ続く梯子が。
あの家と違ってこちらは直下だったが、それほど大きな違いではない。
まあ、アジトが空に作れるわけがないし、そりゃ地下になるよなあ。
「気を付けてくださいね」
まずはリズさんとディルさんが慣れた動きで下りていく。帝都に来てから、もう何度かアジトには入っているのだろう。僕たちも、危なっかしい足運びではあったけれど、何とか地下へと下りていった。
「あ。来ていただけましたね」
梯子を下りた先には、特に前室などもなくすぐアジトになっていた。
コンクリートで固められた壁、そこに貼られた無数の資料。用途不明の機械も複数設置されており、その内の幾つかは今この瞬間も起動していた。
部屋の隅に置かれたテーブルで、何かの図面を引いていた眼鏡の男性が、僕たちを見るなり笑顔になって立ち上がる。どうやら彼がレジスタンスの一員のようだ。
「お待ちしてました、勇者様方。わたくし、アトラ=グッドウィンと申します。どうぞよろしく」
「トウマ=アサギです」
「セリア=ウェンディですー、よろしく」
さらっと名乗り終えると、アトラさんはふんふんと小刻みに頷く。
「事前にリズさんとディルさんから話は聞いていましたが、お二人ともまだお若いのに大したものです。この国の魔皇を倒せば、後は魔王を残すのみなのですよね」
「ま、まあ。色んな人に助けられましたし」
「そんな謙遜なさらずとも」
アトラさんは普通に喋っているのだろうが、若干早口だ。このアジトの設備といい彼の身なりといい、どことなく研究者を彷彿とさせる。
「アトラさんは、元々軍の研究所で働いていたんですよ。役職はそこまでではなかったようですけど」
「一言余計ですよ、ディルさん」
予想通りの答えがディルさんからもたらされた。元研究員か。それなら帝国軍がどのような軍事技術を持っているかをある程度知っているだろうし、心強くはある。周囲の機械も軍で得た技術を元に作り出したもののようだ。
「わたくしは軍の研究所の闇を知って背を向けたのです。そしてレジスタンスになったのですよ」
「軍の闇、ですか」
ラインは、リューズのスイジン家と密約を結んで軍事兵器を製造していた。そんな風に、兵器の製造や研究に絡んだ暗い部分をアトラさんは目にしてしまったのだろうか。
「武器を製造することにはまだ目を瞑れたのですがねえ、それは使う人次第ですから。ただ……人体実験は非道過ぎた」
「じ、……人体実験?」
その言葉に、僕もセリアもある施設での出来事を思い出していた。
マギアル研究所。そこでジョイ=マドックが行っていた恐るべき実験……。
「帝国で、そんなことが?」
「正確には軍の関連組織ということで、軍自体はその組織が勝手にやったことだとしているようですがね。実際のところは知りません」
あまり思い出したくないことのようで、アトラさんは吐き捨てるように言った。
けれど、僕はその件についてもう少しだけ詳しい内容を聞きたくて、質問してしまう。
「何のために、人体実験なんか?」
「わたくしも当時は下っ端だったのでね……まあ、善悪の力を制御するとか、クローンがどうとかは聞いた気がします」
「善悪の……」
やはり、そこで行われていた研究はマギアルと同様だ。確かジョイ=マドックは、クライアントからの依頼だと口にしていたが……まさかライン帝国がそのクライアントだったのだろうか。それとも、帝国の研究所もまた依頼を受けて実験していたに過ぎないのだろうか。
こんなところで突然、あのときと同じ話を聞くことになろうとは。流石に予想外だった。
……しかも、クローンというワードまで出てきたな。
出来ることならもっと情報が欲しいと思ったのだが、残念ながらアトラさんはそれ以上のことを知らなかった。それに、これからレジスタンスとしてどう動くか話し合おうとしているときだったし、この話題に時間をかけるわけにもいかなかった。
とりあえず、今の話はしっかり覚えておくことにしよう。
「さ、とにかくこうして集まってくれたわけですが。トウマさんとセリアさんも含め、四人はロレンス=ブルーマー氏の救出を一つの目的としているのですね」
「ええ。ルエラちゃん――ロレンスさんの一人娘に、お願いされましたから」
「ふむ。実はですね、わたくしもロレンス氏の捕まっている牢に用がありまして」
「と、言うと?」
アトラさんはそこで一つ咳払いをして、
「レジスタンスの一人が、捕まっていましてね」
「あ……」
捕まってしまったレジスタンスの人がいるのか。アトラさんも、前々から仲間を救出したいと考えていたわけだ。
「情報を漏らされると困りますし、純粋に彼を助けたい気持ちももちろんあります。なので今回、救出作戦に協力することにしました」
「ちょっと捻くれ者ですけど、帝都や帝国軍についての知識は沢山ありますから、ありがたい話です」
「リズさん、あなたも一言余計です」
ピシャリと言われ、リズさんはすいませんと謝りながらも笑う。……こうして笑えるのは、目的を同じにする集まりの中にいられるからなのだろうな。
「元より救出は計画していたので、方法は既に決まっています。後は皆さんにお任せする形になるでしょう」
「その方法とは……?」
僕が訊ねると、勿体を付けるようにやや間を開けてから、こう切り出した。
「牢までの道をぶち開けてしまうのです」
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