8.役割の奪われた場所で
ギルド連合ダグリン支部。大通りに面した建物は比較的新しめで、それなりの大きさもあった。しかし、道行く人は見向きもせずに歩き去っていく。まるでそこにギルドなど存在しないかのように。
いや、或いは……見てはいけないと無意識に思っているのかもしれなかった。
僕たちは、そのギルド支部に足を踏み入れる。扉は抵抗なく開いたが、これまでのギルドでは聞こえていた来客を告げる音のようなものは一切しない。それが少しだけ、寂しさを感じさせた。
「すいませんー……」
僕は中へ入りながら、室内に声を投げかける。……受付には人気がなく、薄暗い。日中なので電気を消しているのだろうが、建物の向き的に日光があまり入ってこないのだ。
「あれ……ひょっとして何かのご依頼?」
奥の扉から、男の人がひょっこりと顔を出した。短い茶髪、切れ長の目をした青年だ。どうやら彼が受付らしいが、客がこないとみて奥へ引っ込んでいたようだ。
多分、もう長いことそういう状況が続いていたのだろうな。
「こんにちは、突然お邪魔しちゃって申し訳ないです」
「ああ、いや。困っている人が来たら歓迎するべきなんだろうけど……こちらこそ申し訳ないね」
そう言いながら、彼は来客用のテーブルに放置されていた荷物やゴミなどを片付け始めた。……本当に、どれくらいの間このギルドは開店休業状態なんだろう。
「さ、汚いけどよければこっちに」
「ど、どうもです」
促されるまま、僕たちは席に着く。少しばかり埃っぽかったが我慢できないこともない。僕とセリアが座ると、彼も対面に座った。
「俺はフィル。フィル=バートンだ。ギルド連合ダグリン支部のメンバー……なんだけど。見ての通り、ギルドは今必要とされてなくてね」
「そんなこと……圧力がかかってるんじゃないんですか」
「……あんまりそういうことは言えないんだよ。どこで聞かれてるか分からないから」
「……ああ……」
ほとんど耳打ちするような距離で、フィルさんは囁いてきた。どこかに盗聴器が仕掛けられていてもおかしくはないと、彼は警戒しているのだ。そして僕も、それはあり得そうだと思う。
「帝都近郊は警備が厳重になっているし、そのついでで魔物も倒されてる。ダグリンだけで言えば平和なものだよ。依頼なんて月に一度あるかないかだ」
「困っている人がいない、と。……でも、魔皇について不安に感じている人はいないんでしょうか」
「魔物の襲撃がない以上、あまり実感がないんだろう。しばらくしたら勇者が来て倒してくれる、そう思っていそうだね」
この国の人たちは、魔皇の問題を自分とは無関係の事柄のように思っている。きっとそれくらいに、政治的な問題の方が気がかりなのだ。
これまで各国で様々な問題に巻き込まれてはきたが、ライン帝国はやはり一段と重い問題を抱えているように思えるな。
「僕たち、帝国軍の隊長に呼ばれて宮殿に行ったんです。そこで、魔皇討伐に軍は協力するつもりがないとハッキリ宣言されちゃって……」
「帝国軍も、勇者に任せておけばいいというスタンスなんだろう。前回までは一応、幾らかの兵力を割いていたはずなんだが……やはりオズワルド皇帝に代わったからかな。無駄だと判断したことは、しなくなったのかもしれない」
オズワルド皇帝は、歴代皇帝の中でもとりわけ独裁的な人物のようだ。
そういう時代に魔王討伐の旅に出ることになったのが不運だったと、諦めるしかないのだろうが。
「フィルさん。僕たちは勇者として魔皇を倒しにいくことになるんですが、その戦いに協力をお願いしても大丈夫でしょうか?」
「うん、そういうことだとは思っていた。仕事もサッパリだしね、俺たちは全然協力を惜しまないよ」
「あ……ありがとうございます!」
これでギルドからも手を差し出されなかったら、完全に自信を喪失していたところだ。快く協力を承諾してくれて、本当に良かった。
「ダグリン支部のメンバーは、俺を合わせて三人。ヘクター=アクランドってのと、ルディ=ナヴィアってのなんだけど、ヘクターは真面目だから定期的に街の見回りをしてて、ルディはマイペースだからまだ寝てる。そんなわけで、紹介はできないけどまたそのうちに、ね」
「あはは……寝てるんですね」
「暇なもんでね」
この薄暗い受付を見れば、実情は良く分かる。……民を守る役割は奪い去られ、ギルドというよりも最早ただの民家でしかない、そんな場所。
「ギルドがギルドらしく、また活動できるようになればいいですね」
「平和が一番だけどね。まあ、今が平和だとはやっぱり思えないけれど」
フィルさんはそう呟いて、深い溜息を吐くのだった。
「……そう言えば」
魔皇の話に区切りがついたところで、僕は別の話題を切り出す。
「帝都で近々、罪人の処刑が行われるっていう話を耳にしたんですが」
「ああ……」
顔をしかめ、フィルさんは嘆声を漏らす。やはり帝都に住まう人なら、そのことは知っているようだ。
「日にちは決まっていないようだけど、エルバ宮殿前の広場で公開処刑が予定されているようだね。歴史的にもあまり例はないんだが……不可解な処刑だよ」
「その、処刑される人はどれくらい悪いことをしたんですか?」
「……どれくらい、か。あくまで俺個人から見ての意見ではあるが、あの人は何もしていない」
「何も……?」
「そう」
何もしていないのに、大衆の前で公開処刑される。そんなことが有り得るのだろうか。
いや、フィルさんが詳しい罪状を知らないだけということもあるのだろうが、しかし……。
「ちなみに、その人の名前は」
別人の名前が出ればまだいいと祈りつつ、僕はフィルさんに問いかける。しかし、そんな祈りも虚しく、
「ロレンス=ブルーマー。帝国軍の元第二隊長さ」
「ロレンス……」
処刑されようとしているその罪人とは間違いなく、ルエラちゃんの父親なのだった。
「俺も若いんで昔のことはあまり知らないんだが、ロレンス=ブルーマーは帝国軍の隊長でありながら戦争に対して否定的でね。政略としてリューズやグランウェールに侵攻するという計画が幾度か持ち上がったことがあるらしいんだが、彼は全て拒絶したんだ。私が人と争うことはない、とね。その台詞だけは有名だな」
「それが普通だと僕は思ってしまうんですが」
「帝国は、世界一にならんとしている国だから。今は内紛でそれどころじゃないとして」
……フィルさんの話から察するに。ロレンスさんは帝国の意思に背く者として捕らえられたという可能性が高いということか。あくまで知り得る情報から考えてのことだが。
しかし、仮にもクラスマスターという最高級の戦力を持つ人物なのだ。それを不戦宣言されたからと言って、公開処刑にかけたりするだろうか。
見せしめの道具にするというのも理由としてはありそうだが、どうも釣り合わない。合わなさすぎる。
「……何か、隠された理由がありそうですね」
「さてね。俺からは何も言えないよ」
素っ気なく言いながらも、フィルさんは申し訳なさそうに眉をひそめている。政治的なことに関しては、それがギルドとして示せるギリギリのラインなのだろう。
……ロレンスさんが、処刑される。
いつになるかは不明だが、それほど猶予はないはずだ。
魔皇討伐よりも先に、その問題をどうにかしなければならなさそうだな。
ロレンスさんを助けて、魔皇を倒して。後は事実が明るみに出ても、さっさと帝国を離れればいい。
まあ、ちょっと怖いが……何とかなるだろう。そう思うしかない。
「すいません、お話聞かせていただいてありがとうございました」
「なんの。こちとら開店休業だからね。もしも困ったことがあったり、魔皇討伐の日取りが決まったりしたらいつでも来てくれ。待ってるよ」
「はい。そのときはよろしくお願いします」
魔皇討伐への協力に、改めて感謝を示し、僕たちはフィルさんと握手を交わしてからギルドを出た。
情報収集と協力の申し出。どちらの目的も、これで達成できたのだけれど。
「……壁は高いわね」
「うん。……それでも、乗り越えなくちゃね」
ロレンスさんの公開処刑。
その日はきっと、着実に迫っていた。
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