7.冷たい出迎え

 帝都侵入から一夜が明け。

 僕たちは、今日から本格的に動き出そうとしていた。

 朝食をしっかりととり、頑張るぞと互いに励まし合って。

 ホテルの玄関口から、外へ出ていく。

 ちょうど、そのときだった。


「……トウマ=アサギくんとセリア=ウェンディさんだね?」


 僕らの前に立つ、一人の男がいた。

 その男は……濃紺の長髪を後ろで結った大柄の男は、以前州境の門で出会った帝国軍の団長、シヴァさんと同じ正装に身を包んでいた。

 だから、彼の姿が目に入った瞬間、名前を呼ばれるよりも前に、僕たちは心臓を鷲掴みにされたようなショックを受けたのだった。


「……そうですが、貴方は?」

「失礼、小生も名乗らせてもらおう」


 左手を胸元に当て、恭しくお辞儀をしてから、彼は自らの名と、そして目的とを告げた。


「テオ=アルヴァーノ、ライン帝国軍第三隊長を務めさせてもらっている。……ここまででご用向きは察したと思うが言わせてもらおう。トウマくん、セリアさん。勇者と従士のお二人には、是非宮殿へお越しいただきたい」


 マルクさんの危惧は、すぐさま現実のものになった。

 僕たちの帝都侵入は、たった一日であっさりバレてしまったのだ――。





 迂闊だったと後悔しても、時既に遅し。

 僕たちは、テオさんに連れられて宮殿へと向かっていた。

 帝都の北側にある、オズワルド皇帝が住まう宮殿。その名をエルバ宮殿という。彼の姓であるエルヴィニオになぞらえて命名されたのは明白だった。

 テオさんが通りを歩けば、道行く人はどよめきとともに端へと避ける。逆らってはいけない人物であると、住民たちは理解しているのだ。

 一見優しげな笑顔を湛えたままでいるテオさん。しかし、その笑みが上っ面だけのものであることは、すぐ隣を歩く僕たちには容易に分かるのだった。


「それにしても……ホテルまでお迎えに来てもらえるとは思いませんでした」

「勇者が帝都に来ている、という情報があったのでね。いやはや、帝都の者は皆噂好きだ」


 絶対に違う、と言いたかったが、勿論口には出せない。帝国軍は、十中八九通信を傍受していたのだ。元の世界でも電話は軍事技術から生み出されたものだったのだし、こちらの世界の通信機も事情は似たり寄ったりだろう。軍事国家のラインだ、通信傍受などお手の物のはず。

 そういう危険性を、昨日のうちに検討してさえいれば……。


「しかし、州境の門は閉鎖中。私と同じく隊長のシヴァも、勇者が来たが追い返したと報告していたのだが……はて、どうやってお二人は帝都へやってきたものか」

「それは……」

「まあ、その辺りを詮索するのはやめておくことにしよう」


 素っ気ない物言いだが、これは露骨な脅しだ。

 咎めればいつでも捕まえることができるのだぞ、とテオさんは暗にそう言っている。

 決して隙を見せてはいけない相手だ。

 十五分ほどをかけ、僕たちはエルバ宮殿に到着する。入口を警備している守衛たちはテオさんが歩いてきただけで道を開け、敬礼をする。その様子を、彼はつまらなさそうに目で追い、そして扉を開くのだった。

 これまで訪れてきた城とは違い、エルバ宮殿は入口を抜けるとまず大きな前庭が広がっていた。屋内ではあるのだが、真っ直ぐ伸びる廊下の左右には芝生が敷かれ、花壇が造成されている。天井は日光をそのまま通すガラス張りだった。

 そんな長い前庭を抜けると、玄関ホールが待っていた。ホールは円形で、前方と左右に廊下がある。また、両サイドの壁には階段があって曲線を描きながら伸び、上階へ続いていた。床の模様は、ルーレットを彷彿とさせる色合いだ。

 てっきりオズワルド皇帝との謁見が待っていると思っていたのだが、テオさんは上階に上がらず右側の廊下を進んでいく。僕とセリアは困惑しながらも、大人しくその後を追った。


「申し訳ないがオズワルド皇帝は多忙でね。その代わりに、軍隊長の皆で挨拶させてもらおうという次第だ」

「……なるほど」


 つまり、待ち受けているのは帝国軍の隊長たち、ということか。いきなり敵陣営の最奥まで突っ込んで、袋叩きにあうみたいだな。……下らない例えを思い浮かべて笑い飛ばそうとするけれど、それも上手くいかない。

 やがて、両開きの扉の前でテオさんの足が止まった。この先に、隊長が勢揃いしているようだ。拳をぐっと握り、覚悟を固め、僕たちは開かれた扉をくぐった。


「――あ……」


 そこは、作戦会議室のようだった。セントグランでもあったような、長テーブルが中央にどんと設置された部屋。奥には大きなホワイトボードがあり、今は何も書かれていないが必要に応じて色々と書き込まれるのだろうことが分かる。

 セントグランの王城にあったのと違うところを挙げるとすれば、トップの席がある部分は少しだけ床が高くなっているところだ。僕にはそれが、ライン帝国の格差社会をそのまま表しているように思えてならなかった。


「勇者のご到着か。案内ご苦労だった、テオ」

「はい」


 一段高い、奥の席に座っている男がテオさんに労いの言葉をかけた。テオさんは一礼すると、自身の指定席に着く。

 ……一、二、三、四、五。五人の隊長が一堂に会し、僕とセリアに視線を注いでいた。


「突然の招待ですまなかったね、二人とも。そんなところで呆けていないで、用意した席に座ってくれないかい?」

「あ、……はい」


 手前側に、小さな椅子が二つ置かれている。気は進まなかったが、僕たちは指示通りそこに座ることにした。

 テオさんが座った席の向かい側には、シヴァさんがいる。恐らく、第二隊長、第三隊長という順番だろう。その手前には女性が二人。第四隊長の座にいるのは、生え際がピンクで毛先が黒という奇妙な髪色をした若い女の子で、第五隊長の座にいるのは、淡い緑色の長髪が美しい、落ち着いた大人の女性だった。

 トップ――つまり第一隊長の座にいる男は、紫の髪を弄びつつ、薄ら笑いを浮かべてこちらを見つめている。細身ながら、自信たっぷりなその振舞いは決して見せかけではなく、確かな強者の圧のようなものが感じられるのだった。


「さて、まずは自己紹介といこう。僕はアラン。ライン帝国軍の第一隊長だ。それから、彼が第二隊長のシヴァ。もう会っているそうだね。以下、第三隊長のテオに、第四隊長のユニス、第五隊長のパティ。どうぞよろしく」

「えと、トウマです」

「セリアです、よろしくお願いします」


 さらりと自己紹介を済ませると、アランさんは小さく頷いて、


「君たちの活躍ぶりは知っているよ。既にコーストン、グランウェール、リューズと三つの国で魔皇を討伐し終えたんだってね。歴代最速の勇者だと噂になっている」

「あ、ありがとうございます」

「そんな君たちがライン帝国でも魔皇の討伐を果たそうとするのは、役割として当然のことだ。ただ――」


 そこでアランさんの声のトーンが、僅かに低くなった。


「今、ライン帝国は少々ややこしい問題を抱えていてね。シヴァに会ったとき、帝都には入れないと聞いていたのではなかったかな? てっきり僕は、シヴァの言葉に従って待ってくれていると思っていたのだけれど」

「それがいつになるかも分かりませんし、今この瞬間にも苦しんでいる人たちがいる。そう思うと、とても待っていられず壁を越えてしまったんです。シヴァさんの言葉を無視するような形になってしまったことは、申し訳なく思ってます」

「そうか。まあ、それはいいさ」


 アランさんはさらりとそう言ってのけた。そんなにあっさり許されるとは思っていなかったので、僕は口をポカンと開けたまましばらく二の句が継げなかった。


「ええと……」

「はは、これはまだ公表していないが、じきに州境の封鎖は解除する予定だったんでね。流石に国民の悪感情も高まっている。レジスタンスとやらの襲撃が起こり得るとはいっても、そこで国民を苦しめる政策をとってしまうのは更なる反乱分子を生んでしまう危険を孕んでいるし、これはあくまでも一時的なものさ」

「で、でもそれならどうして封鎖なんか?」

「決定権は僕でなくオズワルド様にあるんだけどね。ま、今だけは帝都に反乱分子を入れたくなかったってところかな」

「それが、どうして……」

「生憎、勇者だからといって国の機密まで教えるつもりはないんだよ。興味を抱かせてしまったならすまないが」


 それに関しては話したくない、ということか。……だが、どうもレジスタンスの存在そのものが州境を封鎖した理由ではないらしい。この男の態度からして、真実を話しているかは定かでないが、この話については嘘を吐く意味もないだろう。

 帝国は――オズワルド皇帝は、どうして州境を一時的に封鎖したのだろうか……。


「とにかく、君たちの活動は世界のために必要なことだし、それ自体を邪魔するつもりは一切ない。ただ、こちらにもこちらの事情というものがあるからね、お互いになるべく干渉しないようにできればと思っている」

「……ん? アランさんたちは、魔皇討伐に参戦するつもりは?」


 疑問に感じたセリアが訊ねると、アランさんは分かり切った問いをするなとでも言うように鼻で笑い、


「ないよ。それは勇者の役割なんだから。他の国ではどうだったか知らないけれど、軍の協力は期待しないでほしい。力不足だと感じるなら、ギルドを頼ったり民間人から戦ってくれる人を募ったりするといいさ」


 これまたさらりとそう宣言するのだった。

 ……国側の協力が得られない。それは、初めてのパターンだ。

 いや、ハッキリ言って予想はしていた。けれど、味方にはならずとも魔皇討伐に参加はしてくれるだろうという希望はあったのだ。

 それが、参加すらもしないとは。

 魔皇だって、ライン帝国を悩ます問題の一つではないのか。

 それは、政府にとっては些末な問題でしかないということなのか……。


「なーんか弱っちく見えるよねー、この二人。アタシ、この二人が一ヶ月ちょっとで魔皇倒してきたって信じられないなー」

「こら、ユニス。……悪いね、この子は思ったことをすぐ言っちゃうから」

「ああ、いや。頼りなさそうとは何度か言われてきたので」

「あら、自覚はあったか」


 ユニスちゃんはおかしそうに言う。見た目からして僕たちと同年代なのだが、どうも精神年齢が幼く思えるな。良くも悪くも無垢というか。いや、決してけなされたのが悔しいわけではないが。

 ナギちゃんのツンデレとは全く別の、受け入れ難い少女だった。


「アランさん。もう話すべきことは話したし、お帰り頂いた方がいいんじゃ?」

「ん、そうだね」


 ユニスちゃんに対し、パティさんはやはり落ち着いている……というか、他のメンバーにあまり心を許していないようにも見える。何となくだが、この中でシヴァさんとパティさんはまだ常識人のように思われた。

 そうであってくれればという、儚い望みに近いが。


「では、これで終了とさせてもらう。こんな話のために連れて来られたのかと思っていることだろう、すまなかったね。ま、勇者として帝国でも活躍してくれることを期待しているよ。……ただし、くれぐれも変なことはしでかさないように、ね」


 最後の最後に、アランさんはそう釘を刺してきた。それさえなければ、まだマシな締め方だったのだけれど。

 こうして憂鬱な面会は終わり、僕たちは宮殿から出ていくことを許された。ほとんど逃げるように立ち去った僕たちは、外の広場に出ると二人して大きな溜息を吐いた。


「あー、サイアク。ここまでとは思わなかったわ……」

「ちょっと立ち直れそうにないね……まるで職員室に呼ばれて怒られてるみたいだったや」

「その例えは分かんないけど、流石に怖かったわねえ……」


 帝国軍に対して僅かな希望はあったのだが、今しがたの会談でそれは粉々に打ち砕かれた。

 もう、魔皇討伐に関して彼らに手を貸してもらえる可能性はゼロといっていいだろう。

 さらに言えば、魔皇討伐という勇者の役割に沿わない動きをしたら、容赦なく敵に回る。そんな脅しも食らってしまったわけだ。

 あまりにも状況が悪すぎた。

 その場で捕まらなかっただけマシ、というくらいだ。


「……それでも、頑張るしかない。魔皇討伐はもちろん、ルエラちゃんとの約束だって、守りたいよ」

「私だって。……苦しい立場だけど、やれる限りのことはやるわ。やってやろうじゃない」


 それは精一杯の強がりでしかなかったが。

 口にすることで少しでも、何かが変わるような気がしたのだ。

 やるしかない。

 だから、やってやる。


「……にしても、アランさんの顔をどこかで見たような気がしたんだよなあ」

「そう? 他人の空似じゃない?」

「まあ、そうかもね。旅を始めてから色んな人に会ってきたし」

「似てる人なら他にもいたでしょ。エリオスさんとセシルさんとか」

「ああー……」


 言われてみれば似てるかもしれない。性格はさておき、だが。

 ……まあ、答えは出ないしそれほど深く考える必要もないだろう。他人の空似に違いない。


「うーん、これからどうしよっか」

「テンションはめっちゃ下がったわよねー……どうする予定だったんだっけ」

「ギルドに行く予定だったんだけど」

「とりあえず、それでいいんじゃない? あのいけ好かないヤツもギルドを頼るのは構わないって言ってたんだし」

「あはは……じゃあ決定で」


 朝から出鼻を挫かれたが、気持ちを切り替えるしかない。

 僕たちは互いに慰め合いつつ、ふらふらと街の中を歩いていくのだった。

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