6.夜は情報収集
ダグリンの南エリア付近まで戻ってきた僕たちは、賑やかな通りで今日の宿を探した。
レストランに服飾店のほか、エステや遊技場のような娯楽の店まであって、デリー州との格差がありありと感じられる。
ホテルも複数棟見つかったが、見た目にも一番綺麗なところを選んで泊まることに決めた。もう旅も終盤だし、尽きないようにさえしていれば、多少は贅沢しても構わないだろう。
「ふう、ラインに来てからようやくまともなところで休めるわー」
「はは、凄いだらけるなあ……」
案内された部屋に入るや否や、セリアはそれまで我慢していたものを発散するように、大の字でベッドへ倒れ込んだ。スカートを穿いてるんだから、もうちょっと気を付けたほうがいいと思うんだけどなあ。まあ、見えてはいないけど……。
「しかし、間に合わせで以前の服を着ちゃってるから、汚れとかほつれとか目立つわよね。買いに行こうかしら」
「ご飯のついでにショッピングも悪くないかもね。行ってみようか」
「よしよし、決まりね」
帝都滞在中は、勇者であるという身分を明かさないままでいることになるかもしれない。なら、僕もセリアもそれを想定してきちんとした服を買っておいた方がいいだろうな。
部屋で暫しの間休憩した僕たちは、掛け時計が十二時を示したころに再び街へと繰り出し、昼食をとった。ライン帝国の郷土料理はシチューやスープのような汁物が多いようで、僕は野菜がたっぷり入ったコンソメスープ風料理のセットを、セリアは魔物の肉を煮込んだビーフシチュー風料理のセットを注文し、いつも通り仲良く分け合った。
お腹を満たした後は、約束した通り二人でショッピングを楽しんだ。戦闘用ではない私服を選ぶというのは、何となくカップルのそれのように意識してしまって気恥ずかしかったのだが、隣で同じような顔をしているセリアを見て、考えることは一緒だったかと笑ってしまった。そして何笑ってるのよ、と当然ながら怒られた。
不法に侵入したという緊張感を一時忘れ、僕たちは充実した半日を過ごすことができた。互いに品評して選んだ服も、とても良く着こなせるもので満足だ。余った時間は服飾店以外のウインドウショッピングや、帝都の全体像を把握するのに費やし、晩御飯も外食で済ませた僕たちは、棒のようになった足でホテルに帰還したのだった。
「こんな風に過ごすと、まるで旅行中って感じだわ」
「確かに旅ではあるけどね。……明日からは、本格的に活動を開始することにしよう」
「魔皇討伐と、もう一つ……ルエラちゃんのお父さんのことも、どうにかしなくちゃね」
「うん。帝国軍によってどこかに捕らえられてるんだろうけど……」
かつての隊長が一転、罪人として捕まったのだ。国民もそういう事件は記憶していそうなものだが。
「ただ、聞き込みとかしてると怪しまれないかは心配よねー」
「お前よそ者だろってなっちゃいそうだよなあ……。ライルさんやヒューさんを頼るのが安全そうだけど」
何もしない内から頼るのは気が進まないので、手詰まりになったときの策として考えておくことにしよう。
「……ギルドに行くのはいいかもしれないな」
「ああ、それはいいかも。帝国側の組織じゃないし、私たちのこともちゃんと理解してくれそう」
「コーストフォードのときみたいに肩身の狭い思いをしてなきゃいいけども」
「なんか、有り得そうね……」
コーストフォードでは、私設兵団の存在もありギルドの立場は弱いものだった。ここダグリンでは、ギルドはどのような状況にあるのだろうか。
まさか潰されてはいないだろうが……。
「ちらっと聞いておくのもアリかもね」
「聞いておくって……ああ、他のギルドにか」
「そうそう。セントグラン支部には報告したいこともあるじゃない」
「ナギちゃんのことだね。……連絡、入れてみようか」
「ええ、そうしましょ」
幸い、セントグラン支部の連絡先は日記にメモしている。リューズのギルドだけは、一度も通信機でやりとりしていなかったから連絡先がないんだよなあ。まあ、それは仕方がない。
僕たちはお風呂に入って汗を流してから、部屋に備え付けられた通信機でセントグランのギルドに連絡をとることにした。セントグランにいたときも、こうやってコーストフォードのアーネストさんたちへ連絡を入れたのだっけ。
『はい、ギルド連合セントグラン支部です』
通話口に出たのはマルクさんだ。落ち着きのある低い声に懐かしさを感じつつ、僕は名前を告げる。するとマルクさんも僕たちからの連絡を喜んでくれた。
『ナギから聞きましたよ。リューズでも大活躍だったそうで』
「あ、もうナギちゃんが連絡入れてたんですか。いや、正直大活躍って感じはしないんですが」
「連れ去られてリューズに行ったからね……」
隣でセリアが苦笑しながら呟く。それはマルクさんの耳にも届いたようで、
『ふふ、お人好しだからってナギも言ってました。それに助けられたけど、とも』
「あはは、ツンデレだなあ……。結局彼女は、ギルドには?」
『まだ戻ってきてないです。一応メンバーには含めていますが、ローランドさんはもう戻って来ないかもしれんなって言ってました』
「トウスイ家の一人娘ですからね。難しい立場だ」
『というより、ナギは自由が好きなので、自分がこれからどうしたいかによるでしょう。僕たちとしては、見守るしかないです』
なるほど、確かにマルクさんの言う通りだろう。自分のいたいところで、自分のしたいようにするのがナギちゃんだ。
だからこそ、またどこかで会えるのを信じてる、と口にしたのだ。きっと。
『今、お二人はライン帝国に?』
「ええ。……実は、あんまり良い状況じゃなくて」
『……何となく事情は察します』
「ありがとうございます。帝都で情報収集したいところなんですけど、あまり表立って動き辛いんですよ。それで、ギルドに行ってみようかなと思ってて」
『うーん、ダグリン支部ですか。開いてはいますが、開店休業中って感じだと聞きましたね』
「ああ……」
やはり、コーストフォードのように、いやそれ以上に強い圧力がかかっているのだろう。ただ、開いているというのはまだ希望が持てた。
「そちらでは、ライン帝国の情報とか入ってきたりしてませんか?」
『支部がそういう状況なので、あまり多くは。……ただ、近々良くない催しが予定されているというのは聞きました』
「……良くない催し?」
何とも歯切れの悪い言い方だ。それが具体的にどういうものなのかを問うと、マルクさんは小さく息を吐いた後、観念したように言った。
『……処刑、だとか』
「しょ――え?」
聞き間違いだと思い、咄嗟に尋ね返してしまったけれど、答えが変わることはない。
マルクさんは確かに、処刑と口にしたのだ。
しかも、それが催しというのは――。
『いわゆる公開処刑、というやつですよ。どんな大罪を犯したのかは知りませんが、一人の男が宮殿前の広場で処刑される……そういう話です』
「そんな……」
想像していた中で最悪の筋書だった。早とちりという可能性も残っているが、僕たちには処刑される男というのがロレンスさんだとしか思えなかった。
なぜ、よりによって公開処刑なのだろう。……罪人を惨たらしく殺してみせることで、反骨心を砕いてしまおうという意図があるのだろうか。
レジスタンスや、現況に不満を持つ人々全てへの、見せしめ……。
だが、それがロレンスさんである理由はやはり不明だった。
『すいません、情報としてはそれくらいです。ギルドに行ってみればもっと色々なことが分かるかもしれませんが……くれぐれも慎重に行動してくださいね』
「ええ……忠告していただいてありがとうございます。何とか国の騒動に巻き込まれないように、魔皇を倒せればいいですが」
『頑張ってください。……それと、今更ですが通信もあまり使わない方がいいとは思います。念のため、ですけど』
「……了解です。では、この辺で」
『はい。それでは』
ブツリと、通話が切れる。マルクさんの最後の助言は、背筋が凍るような効力を持っていた。
……そうか。通信も傍受されている危険性があるのか。流石に考えすぎかもしれないが、気を付けておくにこしたことはない。これ以上は使わないようにしておこう。
「……公開処刑って、マルクさん言ってたわよね」
「ロレンスさんのことじゃなきゃいいけど……悪い予感は大抵当たるんだよな」
「私も、ロレンスさんのことを言ってる気がする」
罪人の男。そもそもの情報が少ないせいもあるが、知っていることを繋ぐと浮かぶのはロレンスさんのことばかりだ。
「とにかく、明日ギルドを訪ねて色々と教えてもらおう。嫌なことばっかり考えてると眠れない」
「そうね。睡眠はしっかりとらなくちゃ、明日からの活動に障るわ」
正直なところ、そうは言っても既に眠れなくなりそうなほど不安ではある。
けれど、なるべく考えないようにしないと、セリアの言う通り明日に支障が出る。
僕たちはとりあえず、これ以上深刻な話はしないようにして、早めにベッドに入った。
結局眠りについたのは時計の針が頂点を過ぎてからだったが、それでも寝れないよりは断然マシだった。
……ただ、僕たちはマルクさんに忠告されるよりも前に気付くべきだったのだ。
帝国軍の警戒度合が、どれくらい高いものなのかについて。
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