5.思いを繋げて
リベッカさんの家は、住宅街のやや外れに建っていた。こじんまりとした平屋建ではあったが、外観は綺麗だ。申し訳程度の庭もあり、物干し竿には洗濯物が掛けられている。
玄関扉の横にはチャイムがあったので、僕はそれを押して反応を待った。
「はい、どちら様でしょうか……?」
リベッカさんは在宅していたようで、扉を開けて姿を現すと、僕たちにそう尋ねてきた。心なしか怪しまれているようにも思えるが、知らない子どもが二人、突然訪問してきたら誰だって警戒するだろうな。
何と答えたものか迷ったが、マットさんの名前を出せば分かってくれるだろうと、用件を告げた。
「ええと、僕たちはマットさんの知人で。リベッカさんへの届け物を預かったので、ここまで来たんです」
「……主人の?」
よもや見ず知らずの子供から、夫の名前を聞くとは思っていなかったのだろう、リベッカさんは目をパチクリさせた。
家の奥からは、幼い男の子の笑い声が聞こえてくる。どうやら息子はまだ四、五歳くらいのようだ。
「……ど、どうぞ。立ち話もなんですから、上がってください」
とりあえず事情を聞かなければと思ってくれたようで、リベッカさんは僕たちを家の中へ招いてくれた。お邪魔します、と言ってから玄関を上がった僕とセリアはリベッカさんの後に続く。
リビングに案内され、僕たちはテーブル前の椅子に座った。リベッカさんは奥で遊んでいた息子に部屋で遊んでいるよう言いつけ、それからお茶を出してくれた。
「元気なお子さんですね」
「ええ、マシューと言います。今年で五歳になるんですが、元気いっぱいの男の子ですよ。主人も昔はあれくらいやんちゃだったとよく話したものですが」
その口振りから察するに、離れ離れになるより前からマットさんは病弱だったようだ。ならば尚更、彼女はマットさんのことを日々心配していただろうな。
そして実際、マットさんは今病床に臥している……。
「それで、その」
リベッカさんは、躊躇いがちに口を開く。確かめたいという気持ちが込み上げてくるのだろう。僕たちは、早速手紙を渡すことにした。
「これが、マットさんから預かった手紙です」
「ああ……」
嘆息を吐きながら、彼女は手紙を受け取った。それから項垂れるように頭を下げ、丁寧に封を開けていく。その間に、僕たちは軽くマットさんと出会った経緯を説明した。レジスタンスのことは伏せておいたが。
「……そうですか。主人は州境付近の町に」
「はい。ずっと家族の元に帰りたいと思い続けて、その町に。再会がいつになるか分からないからと、僕たちにそれを託したんです」
「あの、この状況で州境を越えられるなんて、お二人は一体……?」
「ええと……商会みたいなものです。元々帝国政府とも繋がりがあったので」
勇者だと打ち明けても彼女がそれを漏らすことはなさそうだったが、伝えることで彼女に余計な迷惑がかかる可能性もあったので、一応隠しておくことにした。商会というワードを選んだのは、世界を股にかけて活動するザックス商会がイメージとして頭に浮かんだからだ。
……ただ、マットさんの一件で軍の魔の手が及ぶ危険性は現状でもあるのだが。
「なるほど……道中、主人のいる町に立ち寄って、というわけですか」
「そんなところです」
リベッカさんは開封を終え、中に入っていた便箋を読み始める。裏側から微かに文章が透けて見えたが、細かい字でびっしりと埋め尽くされているようだ。
しばらくの間、静かな時が流れた。こういう時間は妙に緊張して、身動きがとれなくなってしまうものだ。用意されたお茶にも手を伸ばせず、僕たちはリベッカさんの反応を待った。
「……あの人、頑張ってるんですね」
手紙を読み終えたリベッカさんがまず発したのは、そんな言葉だった。
「どんなことが書かれていたんですか?」
「デリー州の情勢は良くないけれど、小さな町で住民と協力して自給自足の毎日を送っていると。いつか帝都に、私たちの元に戻れる日を信じて頑張っていると……病弱なのを心配していると分かっているのか、最後は絶対に無理はしないって締め括られてました。それがかえって無理をしてるように思われるって、分からなかったんでしょうね」
「……マットさんは、優しい人だと思いましたよ」
優しくて、真っ直ぐ過ぎる人だった。それをリベッカさんも良く分かっているから、見透かしてしまうのだろう。きっと無理をしていると。
早く元気になって、戻って来てやらなくちゃ駄目だぞと、僕は心の中でマットさんに向けて呟いた。
「……本当に、こんなことになるとは想像もしていなかったんです。会社の業況が芳しくないことくらいは愚痴として聞いていましたが、主人がデリー州へ出張している間に潰れて、しかもそれが原因で戻ってこれなくなるなんて。あまりにも酷い仕打ちだと、嘆きました」
「マットさんも、いつだってお二人のことを考えて、悲しそうな顔をしていました。それで、僕たちに手紙を託したんです。会えなくとも、気持ちくらいは届けられればって。ちゃんと渡すことができて良かったです」
「ありがとうございます。……もう、一年以上も離れ離れで。マシューもお父さんは帰ってこないのってずっと聞いてきて。この現実に耐え切れなくなりそうでした。この手紙のおかげで、もう少しだけ……頑張れそうです」
目に涙を溜めながら、くしゃくしゃの笑顔を浮かべてリベッカさんは感謝の言葉をくれた。そのすすり泣く声に気付いたのか、いつの間にやらマシューくんが部屋から出てきて、母のことを心配そうに眺める。
「お母さん、どこか痛いの?」
「ううん、違うのよマシュー。……そうだわ、ほら。お父さんからお手紙が届いたの」
「ホントに!? ……でもボク、お手紙まだ読めないや」
「ふふ、お母さんが読んであげるから大丈夫よ。お父さん、遠いところで頑張ってるの。早く会いたいって。……後で一緒に読もうね」
「うんっ。お客さん帰るまで待ってるね!」
父親からの手紙が読めると分かったマシューくんは、ぱあっと眩しい笑顔を浮かべて部屋へと戻っていった。きっと部屋の中でうずうずしていることだろう。
僕たちはそろそろ、お邪魔かな。
「じゃあ、僕たちはこの辺りで失礼させていただきます。ちゃんと手紙も渡せましたし」
「そうですか……大したもてなしも出来なくてすみません。お二人はまた、別の場所へ?」
「まあ、各地を回らせてもらってますから。ここには少しの間滞在しますが、またすぐに他の国へ向かいます」
「魔王が復活したときには、情勢が不安定になるとも聞きます。どうか、お気を付けて。主人のようなことにはならないよう、頑張ってくださいね」
「お気遣いありがとうございます。……では」
リベッカさんに見送られ、僕たちは彼女の家を辞去した。笑顔で手を振る彼女に、僕たちもどうかその笑顔が続くようにと願いながら、扉が閉められるまで手を振り返す。
「……届けられて良かったわね」
「うん。真実は残酷だけど……それでも、リベッカさんに希望を与えることはできた」
「後はマットさんが、壁を乗り越えて戻ってくるだけだわ」
「そうだね。なるべく長く、家族が一緒にいられるように」
彼の命が続く限り、長く。
幸せを、享受してほしい。
「……とりあえず、手紙を届けるっていう目的はこれで果たした。後は、リベッカさんとマシューくんが軍に狙われないよう、気を付けておかないとだな」
「何もなければいいけど……定期的に、確認しに来るようにしましょっか」
「そうしよう。僕たちが帝都にいる間の、気休め程度の期間だけど。何もしないよりはいいと思う」
「決まりね」
というわけで、時間があれば見回りに来ることを二人で決め、僕たちはリベッカさんの家から離れていった。
到着して早々、色々なことがあったけれど、今日のところはこれで活動終了として、宿をとることにしよう。
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