4.ささやかな救いでも

 ライルさんに教えられた通り、役場に向かった僕たちは、窓口の女性に知人の住所を調べたい旨を伝えた。ひょっとしたらこの世界でもプライバシー云々とかで教えられないと言われる不安もあったのだが、離れ離れになった家族から預かった手紙があるのだと打ち明けると、お姉さんは親身になって対応してくれたのだった。


「かなりギリギリのところだったけど、不審に思われなくて良かったよ」

「優しそうなお姉さんだったもんねー。これがインテリメガネみたいな人だったら、なんで州外からの手紙を持ってるんだってめっちゃ詰問されてたかも」

「インテリメガネって……」


 その例えに、僕は思わず吹き出してしまった。こっちの世界でもそういう表現ってメジャーなんだろうか。

 何はともあれ、マットさんの家族の住所は判明したので、僕たちはその場所へ向かって歩いていた。時刻は十時過ぎ、到着したときよりも行き交う人の数は増している。その中に時折、武双した帝国軍の兵士も混じっているので、すれ違うときにはどうしても緊張してしまった。


「マットさんの奥さん――リベッカさんって、息子さんと二人で暮らしてるって言ってたわよね。働きに出てたりしないかしら」

「その辺は行ってみないと分からないね。確かに、働かないと食べていけないだろうしなあ……」


 子どもが何歳なのかは聞いていなかったが、働きながら育児をするのはとても大変に違いない。まともな生活ができていればいいのだけれど……。

 街並みは住宅地へ変わっていき、店舗や事務所の数は目に見えて減っていった。もうそろそろリベッカさんの住んでいるエリアのはずだ。

 目をキョロキョロさせながら歩いていると、建ち並ぶ家々に混じって一際目立つ建物があるのが見えた。……教会だ。まず間違いなくカノニア教会だろう。


「教会は住民が来やすいように、この辺りに建てられてるんだなあ」

「みたいねー。グランウェールの方が大きかったけど、それでもかなり大きめだし、沢山の人がお祈りに来てるんでしょうね」


 こうして話している間にも、老夫婦がゆっくりとした足取りで教会に入っていく。カノニア教会は本当に、人々の生活に浸透しているなと感じられた。


「……って、あれ」

「どしたの、トウマ?」

「いや……ほら」


 僕は教会の入り口を指で指し示す。そこに見知った人物の姿を認めたのだ。

 まさか帝都に来て、ライルさんだけでなく他にも知った人に出会えるとは。縁とは不思議なものだ。


「あれ、ヒューさん?」

「そうみたい。帝都の教会にも来たんだなあ……」


 ヒューさんとはウェルフーズで初めて出会ってから、コーストフォードとセントグランでも再会している。司祭の仕事で大きな教会を回っているから、こうして首都で何度も会うのかもしれないな。

 せっかく見かけたので、僕たちは声を掛けていくことにする。


「ヒューさん!」

「むむ……おや、お二人は。お久しぶりですね」

「はい、お久しぶりです。お元気そうで」

「トウマさんとセリアさんも。ご活躍されているようで、色々と話は入ってきますよ」

「はは……ありがとうございます」


 ヒューさんは以前と変わらない姿、変わらない笑顔で温かく僕らに接してくれる。彼もまた、敵地で会った味方のような安心感を僕たちに与えてくれた。


「ヒューさんはどうしてこちらへ?」

「ええ、それがですね。ライン帝国で建設中だった施設が完成したということで、視察に来ていたのですよ。いやはや、現地に向かうだけでも中々苦労しましたが」

「新しい教会を建てたとかですかね。でも、ヒューさんのような教会の人でさえ州境を越えるのは難儀するんですか」

「警備が厳しくなっていますからね。教会としては、諍いなど早く解決してほしいと切に願うところなのですが」

「ですよね……」


 教会は人の心を救うために存在している。そこに勤める司祭たちも同じく、だ。この現状を彼らが良しと思っているわけがない。毎日のように教会へ祈りを捧げにくる人たちを見ながら、皆心を痛めていることだろう。


「しかし、トウマさんとセリアさんもここへ来るのは難しかったのでは」

「ああ、まあ……。僕たちが帝都にいることは秘密にしておいてほしいんですよね、実は」

「ははあ、事情がおありのようで。そういうことでしたら了解しました。他言はいたしません」

「ありがとうございます」


 カノニア教会は世界規模の組織だが、決して政府側の組織というわけではないだろう。ヒューさんのことも、信頼していいはずだ。


「ヒューさんは、またしばらく滞在予定なんですか?」

「そうなると思います。目的は一つなのですが、やはり身動きが取りにくいですからね。……もしもお二人に困ったことがあれば、相談に来ていただいても構いませんよ」

「この状況じゃ、色々困りそうですけどねー」

「はは……何かあれば、頼らせてもらうかもしれません。お願いします、ヒューさん」

「いえいえ、人を正しい道に説くのが、私の役割ですから」


 ヒューさんの役割、か。いい台詞だ。

 僕に勇者としての役割があるように、ヒューさんにもまた、司祭として人を導く役割がある。

 是非とも良き未来へ、みんなを導いてほしいなと僕は思った。


「ヒュー司祭、お待たせしました」


 教会の方から、ヒューさんを呼ぶ声がした。そちらに目を向けると、入り口の前に佇む少女の姿があった。しかも、その少女はまたしても僕たちの見知った人物だった。


「オリヴィアちゃん」

「あ……どうも。お久しぶりです」

「久しぶり。オリヴィアちゃんまでここにいるとは」

「教会の要請でして。ヒュー司祭は別件のようですが」

「うむ。取り立ててこちらの教会に用があったわけではなくてね」


 ヒューさんは新築中の建物を確認しに、オリヴィアちゃんは帝国の教会から招集を受け、か。二人も偶然の出会いに驚いたのかもしれない。


「では、トウマさんにセリアさん。私たちはこれで。この地の魔皇討伐も、無事に成功することを心より願っております」

「ありがとうございます、ヒューさん。オリヴィアちゃんも、また」

「はい、またお会いしましょう」


 軽く頭を下げ、ヒューさんとオリヴィアちゃんは教会の中へ入っていった。僕たちは二人の姿が見えなくなると、互いに顔を見合わせる。


「色んな人と再会するわね」

「だね。というか、教会の人も大変なんだなあ……僕のイメージだと、ずっと同じ場所で務めを果たすものと思ってたんだけど」

「私も、国内を移動して小さな村にも教えを広めてるってのは知ってたけど、国を越えて活動するイメージはなかったなー……カノニア教会のお勤めも、大変なのね」


 世界中が信仰する宗教なのだし、組織としての意思統一が大事ということだろう。オリヴィアちゃんの招集は、自身の『教え』に齟齬がないかを確認するための、言わば海外研修といったところか。


「ヒューさんは建設中の施設を見に、か。アクアゲートで船員さんから、監獄があった島に新しい施設を造ってるっていう話を聞いたことがあったけど、帝国にも建ててるんだなあ」

「教会の教えを求める人は多いし、むしろ今は教会の数が少ないんだと思うわ。これからも少しずつ、首都を離れたところにも出来ていくんでしょうね」

「そうして、救われる人も増えていくってことか」

「うんうん」


 今は動乱の最中にある帝国だけれど。彼らの教えによって、沢山の人々の心が救われてほしいものだ。

 無論、帝国だけに限らず他の国でも、苦しんでいる人があれば。


「……さて。思わぬ再会で時間を食っちゃったけど、そろそろ行こうか」

「そうね。もう目的の住所も近いし、すぐに着くわ」


 気を取り直して、僕たちはリベッカさんの家を目指す。

 また少し、足取りが軽くなっているのを意識しながら。

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