3.小さな前進


 ノナークの町で、グリーンウィッチ・ストーンについて調べていた小さな研究者、ライル=クリーズさん。

 そんな彼がここにいることは不思議でならなかったが、僕たちはとにかく再会を祝った。


「もうこんなところまで旅してきたんですね。グランウェールの魔皇を倒したっていう話は聞いたので……ここが三ヶ国目ですか?」

「いや、実はリューズに連れていかれて、そこでも魔皇を無事倒したので。ライン帝国が最後の魔皇ですね」

「え! 凄い、今までの勇者で一番の速さですよそれ」

「色んな人に助けられてきたんで」

「人望です、人望」


 こうやって真剣に褒められるのが一番照れてしまう。ありがたいことなのだけど、僕はさりげなく話題を変えた。


「それより、ライルさんはどうしてライン帝国に?」

「ええと……お二人に助けてもらった後、年に一度の遠征隊に志願してみますって言ったこと、覚えてます?」

「もちろん。……あ、ってことはそれで」

「はい。見事遠征隊に選ばれたわけなんですが、まさか地元に戻って来ることになるとは……」

「ああ、ライルさんって帝国が故郷だって言ってましたもんね……」


 遠い異国で頑張って調査するぞと意気込んでいたら、目的地が故郷だったということか。それは複雑な心境だろうな。


「まだこっちに来てから一週間しか経っていませんが。調査も二、三度くらいしか出来てません」

「調査対象は遺跡とか?」

「そこがメインです。何か成果を上げたいところですけどね。グリーンウィッチ・ストーンの碑文とか」

「グリーンウィッチ・ストーンの? あれって今見つかってるので全部じゃなかったっけ」

「これまでに発見されてる碑文の継ぎ目からして、まだ嵌まるピースがありそうだって意見があるんですよ」

「へえー……碑文って一つの物が割れちゃったって感じなんだ。知らなかったわ」

「そこまで知ってる人は少ないですからね」


 グリーンウィッチ・ストーンか。その単語も久々に聞いた。確かその碑文には勇者と魔王のことも書かれていて、勇者の剣によって悪しき魔が討たれるとされていたはずだが、僕は勇者の剣なしに三体の魔皇を倒しているんだよなあ。伝承なんてすっかり無視してしまっている。


「仮に新しい碑文が発見されたとしたら、カノニア教会あたりは大騒ぎでしょうけどね。正典をまた作り直さないといけなくなるでしょうし」

「あー、確かに……」


 流石に可能性は低いだろうが、今までの内容を否定するような碑文が出てきたら、カノニア教会にとっては大ダメージだろう。ひょっとしたら、教会にとってはあまり見つけてほしくないのかもしれない。

 ……あのときはキルスさんが、クリフィア教会を排除しようとライルさんを誘拐したわけだが……いや、あまり変な想像はしないでおこう。


「それでもボクは、研究者として進み続けるのみです」

「ふふ、それでこそライルさんです。僕たちも、魔王を討伐して無事に帰る。そのためにこれからも諦めず進み続けますから」

「ノナークで交わした約束はまだ果たせてませんけど……いずれは、ですね」

「頑張りましょう」


 僕たちはそう言い、微笑み合う。


「ちなみに、実家には帰ったんです?」

「はい、一度だけ顔を出しました。実家がリン州の中にあって良かったですよ……」

「ライルさんも、今の帝都はおかしいって思いますかね」

「以前からオズワルド皇帝の一存で、理不尽な政策も通ってしまったりすることは間々ありましたけども。州の移動ができなくなってる現状は、やっぱり異常事態かなと」

「ふむ……」

「トウマさんたちも、この状況だと動き辛かったり?」

「……これは内緒なんだけど、私たち州境の門を越えられなかったから、不法侵入してきたのよ」

「ええっ!」


 ライルさんが飛び上がらんばかりに驚いたので、僕たちはすこぶる焦って彼を着席させる。


「あう、ご、ごめんなさい」

「いや、びっくりして当然なんだけどね」

「ええ……ということは、勇者が帝都にいるってバレるのはまずいんですね」

「だと思う」


 もしもの話だが、州境の警備にあたっていた兵士や隊長のシヴァさんに会ってしまったら。非常にまずいことになるだろうな。


「……大変なんだなあ」

「まあ、魔皇さえ倒せれば問題はないから。なるべくこっそり勇者活動するよ」

「はは……頑張ってください。えと、ボクに協力できそうなことがあれば、そのときは遠慮なく言ってくださいね。ボク、この都市の歴史研究所にいますので」

「ありがとう、ライルさん。何かあったら遠慮なくお願いさせてもらいます。本当、何かありそうで凄く怖いので」

「ぼ、ボクにできる範囲ならいいんですけどー……」


 まるで内容の分からないお仕置きに怯える子どものように、ライルさんは体を縮こまらせた。その仕草に僕もセリアも思わずくすりと笑ってしまう。

 十分だ。この完全アウェイの地で、協力してくれる人が見つかったことだけでとても気が楽になった。危険な目に遭わせるつもりは毛頭ないし、心配しないでと言っておく。


「情報を聞くくらいだと思います、頼るとしても」

「ああ、それくらいなら大丈夫だと。お役に立てるよう頑張ります」


 細い拳を胸元でぐっと握り、ライルさんはそう請け合ってくれた。


「ねえ、トウマ。せっかくだから一応あのこと聞いておかない?」

「あのこと?」

「ほら、マットさんの」

「ああ……」


 マットさんの手紙を彼の家族に渡す約束。それを果たすために、住所を突き止めないといけなかった。ライルさんが個人の家の住所を知っているとは思わないが、それを調べる場所は知っているかもしれない。


「さっそく聞きたいことが?」

「ええ、実は僕たち、州外の人から会えなくなった家族に手紙を渡してほしいと頼まれてまして……」


 その人がレジスタンスだという事実は念の為に伏せ、簡単に事情を説明する。するとライルさんは簡単なことだと笑って、


「少し西へ行ったところに役場があるので、そこで名前から住所を調べてもらえると思います。フルネームは分かりますか?」

「聞いてきてます。そっか、役場か」


 お役所があるのなら、住所はすぐに突き止められそうだ。国の施設なので、下手なことをして身元がバレるようなことは避けなければいけないが。


「早速教えていただいてありがとうございます。大切な約束だったんで、本当に良かった」

「いえいえ、こんなものでよければ。……っと、お話してたら時間があっという間ですね。そろそろ行かないと」

「あ、お仕事ですか」

「時間に厳しいところなので。……それじゃ、今日のところはこれで失礼します!」


 飲み残していたコーヒーをぐいと飲み干すと、ライルさんはペコリと頭を下げて別れの意を告げる。僕たちも別れの挨拶を返して、彼がトコトコと去っていくのを見送った。

 外見があのときと変わらなかったけれど、ライルさんも成長したようだ。


「……思わぬ形で希望を見つけたね」

「そうね。敵だらけかもって思ってたけど、そうでもないみたい」


 縁というものは不思議だ。

 かつて結んだ絆が、僕たちを救う導になってくれる。

 それはとても幸せなことだった。


「よし。それじゃライルさんが教えてくれた役場へ行ってみようか?」

「そうしましょ。早くマットさんの家族に手紙を渡さないとね」

「うん、託された思いを伝えないと」


 僕たちは飲食店を出て、そのまま案内図を頼りに帝都の役場へと向かう。

 その足取りは、ライルさんと再会する前よりも確実に軽くなっていた。


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