8.明け方の悲報


 ルエラちゃんとの作戦会議が終わってから、僕たちは落ち着かない気持ちのまま部屋へと戻り、眠れない――少なくとも僕は――夜を過ごした。内容が内容なだけに、平常心でを保つのは流石に難しかった。

 しかし、どうして僕たちがその話を聞かされたのかという理由には得心がいった。護衛云々はただの方便であり、真実は別のところにあったわけだ。

 彼女も難しい選択を良く決断したな、と思う。


「……はあ」


 そんなわけで、ほとんど一睡もできなかった僕は時計の針が六時を差したところで布団から起き上がった。地下なので時間の分かるものが欲しいとお願いしたら、ルエラちゃんが持ってきてくれた時計だ。

 セリアの方へ近づいてみると、彼女はまだ寝息を立てている。何時に寝入ったのかは分からないが、彼女はまだ安眠できているようだし、起こさないでおこう――。


「大変だッ!」


 僕の気遣いも虚しく、アジト内に突如として大きな声が響き渡った。今の声はルエラちゃんだ。

 こんな朝から凄まじい声だったなと思いながら、僕は彼女の元へ駆けつけるため部屋を出ようとする。セリアも大声によって目を覚ましたらしく、覚束ない足取りで僕の後ろを付いてきた。


「どうしたんですか、ルエラさん!」

「姉さん、何事です!」


 リズさん、ルースさんとレジスタンスのメンバーも次々に部屋から出てくる。大声の主であるルエラちゃんはアジトの入口にいて、皆が出てくるのを待っているようだった。


「朝っぱらからごめん。でも、ちょっと緊急事態でね……ああ、マットはまだ起き上がれないのかな。だったらあいつの部屋で話すことにしようか」

「わ、分かりました」


 ルエラちゃんの一言で、僕とセリアを含めた全員がマットさんの部屋へ向かうことになった。部屋の中ではマットさんが心配そうな表情で僕たちを出迎え、彼もまたルエラちゃんの声で覚醒したのだと話した。


「それで……一体何があったんです?」

「姉さんらしくないですよ」


 仲間たちが不安そうに訊ねるのに、ルエラちゃんはしばらく悩むように押し黙っていたが、やがて躊躇いがちに口を開いた。


「そりゃあ、あたしだって取り乱すことはあるよ。……こんなことになるとは」

「こんなこと……?」

「実はあたし、昨日トウマくんとセリアちゃんにある作戦を相談してたんだ」

「作戦、ですか?」


 ルエラちゃんが抜け道を掘り進めていた事実は誰も聞かされていないらしく、レジスタンスのメンバーは互いに顔を見合わせ、首を傾げる。どうして作戦を部外者に相談するのだと、多少は不満に思っている人もいそうだ。


「そう。皆にはまだ話してなかったけれど、あたしはリン州へと続く抜け道を一人で掘り進んで、開通させてたんだよ。その道を通ってレジスタンスが帝都へ侵入を果たすため、トウマくんとセリアちゃんには護衛を頼もうとしてたんだ」

「ほ、本当ですか! まさかルートが確立できてたなんて」

「姉さん、凄いです! でもどうして勇者様方に……」


 ルースさんも、昨日僕が感じたのと同じことを疑問に思ったようだ。

 そのことについて、ルエラちゃんはこう説明した。


「ルートは作れた。でも、場所が悪くってね。入り組んだ地形の中にあってある程度身体能力が必要だし、魔物だっている。だからぶっちゃけた話、あたし以外にも強い協力者が必要だったんだ」

「……そういうこと、だったんですか。確かに俺たち、そういう場所を乗り越えられるかと言ったら難しいでしょうからね……」


 アントンさんは、悲しげながらも客観的に見れば自分たちが能力不足であることを認める。……彼らは元々、戦ったことのない人ばかりだったのだろう。それが悲劇を経て、武器を取るようになったのだ。資金調達や隠密活動の方がまだ上手い、というのは自然なことだった。


「隠してたのはごめん。ただ、皆に話して手伝いますって言われた場合、あたしだけで皆を守れる自信がなかったんだ。それで、開通させるまでの作業は黙々とやってたわけなんだよ」

「水臭いですよ、姉さん。……でも、ありがとうございます!」

「流石ルエラさんです。僕もお手伝いはしたかったですけどね……げほ、げほ!」

「マットは特に無理でしょ、体調崩しやすいんだから。……ま、一緒にやろうとしてくれる気持ちはいつだって嬉しいよ」


 ルエラちゃんがそう言って笑うと、メンバーの気持ちも幾分和らいだようだった。

 だが、肝心のハプニングについてはまだ何も話していない。

 ルエラちゃんは区切りをつけるように咳払いを一つしてから、再び口を開いた。


「その、秘密の抜け道のことなんだけど。あたしが早朝、念のために確認に向かったらね。……いたんだよ、帝国軍が」

「え!?」

「そ、そんな!」


 抜け道の入り口前にライン帝国軍がいたこと。

 それはつまり、抜け道が掘られていることを軍が知ってしまったということ……。

 吉報を聞かされたばかりなのに、まさにそれを帳消しにする悲報に、メンバーは一様に嘆きの声を上げた。


「せっかくルエラさんが切り開いてくれた道が……そんなあっさり」

「くそっ、帝国軍め……!」

「皆、落ち着いて。確かに抜け道が潰されてしまったことはあたしもショックだけど、代わりに一つだけ分かったことがあるんだ」

「分かったこと、ですか?」


 ディルさんが訊ねるのに、ルエラちゃんはそう、と頷いて、


「あたしは抜け道の存在を、メンバーの皆には伝えていなかった。トウマくんとセリアちゃんに話したのが初めてだったんだ。そして帝国軍が抜け道を発見したのは話の翌日……ここに因果関係がないとは言えない」

「つ、つまり……?」


 僕がどもり気味に聞くと、


「あのときあたしは、抜け道の場所を詳細に喋った。口に出して説明したんだ。それが原因だったとしたなら……」

「と、盗聴器ですか!?」


 アントンさんが恐ろしい可能性に行き着き、叫ぶ。メンバーも盗聴器という穏やかでないワードに眉をひそめるが、ルエラちゃんは神妙な面持ちのまま首を縦に動かした。


「あり得るんだよ、その可能性が」

「いつの間にそんなもの……」

「そこで、だ」


 ルエラちゃんは腕組みをしながら、


「皆にはアジト内に仕掛けられているかもしれない、盗聴器を探してもらいたい。勿論この会話が聞かれてる可能性もあるけど、とっておきの作戦がバレてしまったんだし、今更だ。盗聴器の存在は、アジトの場所がバレてることもまた暗示してる。……とにかく盗聴器を見つけ、壊すこと。それを速やかに実行してほしい」

「わ、分かりました!」


 降って湧いたような非常事態に、メンバーは混乱しつつもすぐに返事をし、マットさん以外の四人は各々違う場所へと散っていった。ルエラちゃんの言うように、今更ではあれど盗聴器が存在することは命取りなのだから、一刻も早く除去しなければと焦るのは当然のことだった。

 マットさんも、顔色は悪いものの盗聴器発見の手伝いはしたいようで、もじもじと体を動かしている。


「マット、君も動けそうだったら手伝って。もちろん、無理はしなくていいけど」

「だ、大丈夫です。もう少し楽になったら僕も手伝うことにしますね」

「うん、ありがとう」


 マットさんに微笑みかけてから、ルエラちゃんはそろそろ行こうと僕たちに言い、三人で部屋を出る。

 パタンと扉が閉まった後、彼女は小さく息を吐いた。


「……と、言うわけで」


 疲れた、という風に肩を落とすと、彼女は呟く。


「あたしたちも、皆に混ざるとしようか」

「……そうだね、調査開始といこう」


 それは非常に心苦しい調査ではあったけれど。

 ルエラちゃんたちの未来を切り開くためにも、どうしても必要なことだ。

 僕たち三人は他のメンバーと同じように別れ、目的を果たすために行動を開始するのだった。

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