9.不和の元凶


 盗聴器の捜索が始まってから約一時間。

 中間報告ということでマットさんの部屋に集まったメンバーから発せられたのは、どこを探してもそれらしきものは見当たらないというネガティブな報告だった。


「共用部分はあらかた調べたのですが、何も見つからず」

「私は個々人の部屋を調べて回りましたが、アントンと同じく怪しいものは何も」


 まず、盗聴器と言ってもどのような形状なのかも不明だし、探しにくいことこの上ないだろう。本当にそんなものがあるのかという疑念を生じた人もいるはずだ。


「すいません。僕も体調は良くなってきたんで、そろそろ捜索に加わることにします」

「お、ありがとうマット。……でも、捜索は一度中断しようかと思ってたんだ」

「そうなんですか?」


 ルエラちゃんの一言に、メンバーは首を傾げる。てっきり盗聴器が発見できるまで続けるつもりだろうと思っていたからだ。どう考えても、盗聴器の存在は彼らのアキレス腱なのだから。

 しかし、ルエラちゃんは不敵に笑う。


「これだけ探しても見つからないんだ、実は盗聴器なんて仕掛けられてないのかもしれない。あたしが言い出したのに悪いけどね。……でも、仮に盗聴器が無かったとしたら、どこから抜け道の存在が漏れたのか。考えてみると可能性って案外少ないと思うんだよ」

「ううん、俺も本当にあるのかな、とは思ってましたけど……じゃあ?」

「あたしが話した内容を聞くことができた人物が、その情報を外部に漏らしたんだとしたら?」


 ルエラちゃんが放った言葉に、場は水を打ったように静まり返った。しかし、その静寂は決して良いものではない。最悪な可能性に行き着いた彼らが、恐怖のために口を閉ざした静寂だった。

 やがて、全員の視線がある一点に収束していく。

 それは――僕たちだった。


「もしかして……」

「ねえ、トウマくんにセリアちゃん。……二人が勇者と従士だっていうのは疑ってないよ。でもね。二人は州境の門からこちらへ引き返してきたと言った」

「ルエラちゃん……私たちを?」


 セリアが声を震わせる。突然疑いを向けられたのだから、動揺するのは当然だ。

 僕もドキドキしながら、ルエラちゃんを睨む。


「仮に二人が、こんな取引を持ち掛けられていたら? レジスタンスの情報と引き換えに、リン州への移動を認める……と」

「そんな……勇者様が」

「ちょ、ちょっと待ってください」


 リーダーであるルエラちゃんの言葉に、皆が簡単に信じ込みそうになっているので、僕は反論する。


「可能性で言えば確かに怪しまれても仕方ないですけど……逆に言えば、僕たちが犯人だとしたら盗聴器が見つからない時点で怪しまれるのは予想がつくはずです。それなのに抜け道のことを聞いた直後に、情報を漏らすと思いますか? しかも、漏らしたならすぐにここを立ち去ればいいのにまだ残ってるんですよ?」

「勇者様の言うことも一理あるな……」

「それは勇者という立場に自信があったからじゃないのかな。後は、もっと情報を聞き出せると考えたとか。どちらにせよ、現時点で一番怪しいのは二人だとあたしは思う」

「ルエラちゃん……」


 信じていた者に裏切られた、そんな悲しみのこもった声でセリアは名を呼ぶ。しかし、ルエラちゃんの立場からしてもそれは同じなのだ。

 これ以上の議論に意味はない。


「トウマくん、セリアちゃん。……申し訳ないけど、しばらくの間二人を拘束させてもらう。疑いが晴れたら謝らせてほしいけど、もしも二人がスパイだったとしたら……そのときは許さない」

「……分かったわ、好きにして」


 セリアの言葉を聞いたルエラちゃんは、メンバーにロープを持ってこさせ、それで僕とセリアの体を縛った。足だけは動かせるため、彼女は僕たちを立ち上がらせると、使われていない物置へと連れ込んだ。


「……ごめんね」

「……構わないよ、仕方ないことだ」


 僕たちを放置し、ルエラちゃんは部屋を出ていく。そして扉が閉められた。

 薄い扉を隔てて、彼女の声が聞こえてくる。


「これでひとまず安心だ。けど、今後の活動について考える必要があるから、一度皆で作戦会議をしよう。……ああ、マットは休んでて。無理を押して捜索してくれたんだから」


 それから遠のいていく足音が聞こえ、やがて辺りは静かになった。作戦会議のため、場所を変えたのだろう。マットさんだけは部屋に戻ったようだ。

 あっという間の出来事だった。それだけルエラちゃんの信頼は厚い、ということだな。たとえ勇者と従士だとしても、こんな風に縛られて放置だ。

 僕が苦笑すると、隣にいたセリアも釣られて笑う。……笑いごとではないのだが、この状況をどこか楽しんでいるような感じもする。というより、そう思わなければやってられないのか。

 僕は一つ、小さく溜息を吐いた。

 そして、セリアとともにゆっくりと立ち上がった。





「……え? そ、それはどういうことですか。場所は正確に伝えたはずですし、現にリーダーも場所がバレたと……」


 部屋の隅で、壁に向かって縮こまりながらボソボソと呟いている人物がいた。その者の右手には通信機が握られており、外部の何者かと連絡していることが傍目にも良く分かった。それなりに警戒はしていたようだが、通話相手からの予想外の返答に慌て、注意散漫になっているのだろう。部屋の扉が静かに開いていくことには気付かない。


「そんな馬鹿な。リーダーも相当焦っていましたし、あれが嘘だとは……ま、待ってください! あ、……」


 相手から一方的に通話が切られたらしく、彼は通信機を握りしめたまま、手を地面について黙り込んでしまった。……絶望的な状況に追い込まれた、というわけだ。

 もう、疑いの余地はなかった。


「――それが、嘘なんだよね」


 ルエラちゃんが、冷淡に言葉を投げかけた。その突然の登場に、四つん這いになっていた彼は驚き、振り向こうとして尻餅をついてしまう。

 情けない恰好だった。

 僕とセリアもルエラちゃんの後ろで、その人物を冷たい目で見下ろす。無論、縛っていたロープなんてすぐに解いたので、痕一つ残ってはいない。ルエラちゃんはわざと解ける程度に僕たちを縛っていたのだ。

 全ては……犯人を追い込むために。


「る、ルエラさん……どうしてここに。いや、勇者様と従士様も拘束されていたはずじゃあ……」

「というお芝居だったんだよ。トウマくんとセリアちゃんには、協力してもらってただけだ。……そしたら思惑通り、スパイが連絡をとってくれたというわけ」

「だ、騙したと……」

「騙した? どの口が言ってるのかな」

「う、……」


 そう。騙していたのは彼の方に相違ない。レジスタンスとして活動するフリをしながら、その裏ではずっと、情報を帝国軍へと流出させていたのだから。

 ルエラちゃんは、それを暴いただけ。


「君にも複雑な事情があるんだろう、それくらいはあたしも理解してる。皆、大切な仲間なんだからね。……でも、その仲間を裏切るような行為をすることだけは、許せない。君は何があったって、せめて正直に話すべきだった」

「ぼ、僕は……」


 追い詰められた絶望か、それとも裏切ったことへの後悔か、彼は手をわなわなと震わせ、通信機を取り落とす。高性能なのだろう小型の通信機は、地面に落ちると嫌な音を立て真っ二つに折れてしまった。


「……今からでも、正直に話してよ。優しいはずの君が、スパイにならざるを得なかったその理由を」


 ルエラちゃんは、彼の傍まで歩み寄って、そっと手を差し出した。


「マット」


 マットさんは、彼女の手をしがみつくように握ったまま、静かに咽び泣くのだった。


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