7.暗闇に穿つのは


 その日の夜。

 僕たちはルエラちゃんに呼ばれ、再び会議室らしき部屋へと足を運んだ。

 そこには腕組みしながら椅子に座る彼女がいて、僕たちがやって来ると向かいに座るよう促すのだった。


「今日はありがとうね。いやあ、勇者さんと従士さんの戦いを間近で見れて感動したよ」

「あはは……僕たちはルエラちゃんの強さに感動したけどね」

「デモンズサクリファイス、早く使ってみたいわー」


 セリアはまだそんなことを言っている。


「……で、こんなところに呼び出すってことは、重要な話かな」

「ん、話が早くて助かるよ」


 ルエラちゃんは一つ頷くと、その理由について話し始めた。彼女の隣には丸めた羊皮紙が置いてあったが、恐らく説明の中で僕たちに中身を見せるつもりなのだろう。


「二人がアジトに来て丸一日経つんだし、そろそろ何を協力してもらうか、具体的に言っておこうと思ってね」

「ああ……」


 僕たちが、レジスタンスの活動に対してできる手伝い。確かに、ルエラちゃんがどんなことを考えているかは気になる。内容次第では承れないことだって有り得るのだし。


「言わずもがな、ライン帝国における最大の問題は、州を隔てる石壁と厳重な警備だ。その存在によって多くの人たちが繋がりを断たれ、再会を望む者は反逆者として囚われたり、挙句の果てには殺されたりもした。この問題を解決するには、帝国のトップであるオズワルド皇帝をどうにかするしかない。話し合いで分かってくれるのならそれが理想だが、多くの民の思いを踏みにじってまでこのようなことを続けるのだ、希望は限りなくゼロに近いだろう」

「じゃあ、最終的には……?」

「レジスタンスの最終目標は、オズワルド皇帝を倒すこと……それは命を奪うこととほとんど同義と言ってもいい。正直なところ、あたしはそこまでするのに賛成はできないけれど、レジスタンスやその賛同者たちは少なからずそんな思いを抱いているはずだ。エルヴィニオ家を滅ぼせ……と」


 繋がりを断たれた者たちは、煮えくり返るような怒りを皇帝へ向ける。だから言動が過激なものになってしまうのも無理のないことだ。僕やセリアだって、それに賛成はできないが。


「皇帝の処遇については、今は触れないでおこう。とにかく目標はそこなわけだけど、レジスタンスが帝都に攻め込むには結局、石壁と警備の問題が立ち塞がるんだね。既に帝都への侵入に成功した人もいるとは聞いたものの、どうやらほんの数人程度らしいし、内部から工作すると言ってもその人数じゃ限度がある」

「むしろ危ないわよね、その状態って……」

「何とか一般市民に紛れているらしい。でも、セリアちゃんの言うようにバレてしまったら一巻の終わりだ。そこでもっと多く、戦闘能力のある団員を送り込もうとしているんだけど、中々上手く事は運んでない」


 朧気ながら、ルエラちゃんが話をどこに持っていきたいのかが読めてきた。僕は無言のまま、彼女の目を見て先を促す。


「二人には、その送り込みに関する計画を手伝ってもらいたいんだ」

「レジスタンスが帝都へ侵入する手助け……ということだね?」

「うん。そして計画が上手く運べば、二人はそのまま帝都に向かっていいってわけ」

「私たちにもレジスタンスにもメリットがあるってことね」

「そして計画の目処もある程度立っている……」

「その通り」


 僕の言葉に、ルエラちゃんは満足げに首を動かした。


「二人は知らないかもしれないけど、帝都には地下鉄道というものがあるんだ。そうだなあ……馬のいらない馬車が地下の穴を走るってのをイメージしてくれたらいいよ」

「馬のいらない馬車……それって自走車みたいね」

「自走車? それは知らないなあ」


 セリアが思い出したのは、マギアルで試作されていた乗り物なので、ルエラちゃんは知らなくて当然だ。あれも正式に売り出せば普及は早いのだろうが、まだコストとかが実用レベルにまで抑えられないんだろうな。

 自走車のことはさておき、地下鉄道というワードが飛び出したのは驚きだった。ライン帝国は研究――特に軍事的な――熱心な国だという認識はあったが、そこまでの技術力を持っているとは。


「と言うことは、ライン帝国の地下には広大な鉄道網があると?」

「トウマくんは理解が早いね、もしかして鉄道のこと知ってたとか?」

「まあ、知識としては」


 鉄道どころか電車というのをよく使ってましたよ、なんてことは口が裂けても言えない。


「残念ながら、地下鉄道は帝都周辺以外、未だに開発中でね。こんなご時世なもんだから、その開発もストップしてる状態だ。……ただ、掘り進められた穴は各地に存在している。レジスタンスはそこを利用してやろうと画策しているんだ」

「ここはちょうどリン州との境目近くだし、工事途中の横穴も確かにありそうだね。それを通れればリン州に向かうことができる……」

「実際、横穴はあるんだよ。だからあたしは横穴に至る抜け道をこの間まで掘り進めていた。そしてほんの数日前、ようやくその道が横穴と繋がったんだ」

「え、ルエラちゃんが一人で掘ってたの?」


 セリアが驚いて言うのに、ルエラちゃんは当然の如く頷いた。


「肉体労働というより、魔法で掘り進めてたからさ。むしろ一人じゃないと下手すりゃ死人が出ちゃうし」

「な、なるほど……」


 ルエラちゃんの魔法の威力はこの目で確認しているので、死人が出るという彼女の言葉が冗談でないのは良く理解できた。


「掘り抜いた後に突貫で蓋のようなものを作ってるから、隠し通路のことはまだバレていないはず。もしもバレたら騒ぎになっていそうだし、レジスタンスの取り締まりも強化されてそうだしね」

「確かに。じゃあ、通っているところを見られたりしなければ、まず間違いなくリン州へ行くことができると、そういうことか」

「うん。自分で言うのもなんだけど、かなり安全な計画だと思ってる」


 秘密のルートなら警備の目もかなり少ないだろう。抜け道に入るまでと、鉄道の横穴に着いてから。始点と終点さえ気を付ければ、無事にリン州へ忍び込むことができるのだ。

 ……ただ、僕は一つだけ疑問が浮かんだので、ルエラちゃんにそれをぶつけた。


「でもルエラちゃん、戦闘のないただの侵入なら、レジスタンスの人だけで行った方が確実なんじゃないのかな。僕たち、潜入工作的なのは全然慣れてないわけだし」


 正直、協力してほしいと言われたものの、今の話に僕たちが協力できる要素はあまり見当たらなかった。というより、付いて行ったらかえって足手まといになりそうな予感すらある。

 彼女がどう考えているか気になったが、僕の質問に対し返ってきた答えは歯切れが悪く、


「ほら、ここの仲間たちは戦闘能力が低くてさ……何かあったときのための護衛が欲しかったんだよ。で、トウマたちもリン州に行きたいんだから、ウィンウィンじゃない」

「まあ、どちらにもメリットはあるけどねー」


 セリアも僅かに引っ掛かりを覚えたようだが、ルエラちゃんはそれ以上特に補足することなく、話を先に進めた。


「じゃあ、一番重要な説明に入るよ? 私が掘った抜け道がある場所についてだ」

「う、うん」


 何故か彼女は、僕たちに顔を近づけ、やや声を潜めながら言う。そうして、ずっと机の上に置かれていた羊皮紙を手に取り、それを素早く机の上に広げた。


「……え?」


 そこに、書かれていたのは。


「説明するね。抜け道があるのは――」


 あくまでも淡々と、そして迷いなく、ルエラちゃんは言葉を紡いでいった。

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