6.戦う意志は強く②


 目が覚めると、ゴツゴツとした岩肌がまず視界に入った。……徐々に昨日のことを思い出し、自分の現状を再認識する。

 ここはレジスタンスのアジト。僕とセリアは空いていた一室で二人、薄いシーツを地面に敷いて眠っていたのだ。幸いシーツは二枚あったものの、部屋が狭いせいでほとんど横並びで寝ているようなものだった。……足が痛いのは多分、寝ている間に蹴られたのだろう。

 窓のない地下で寝たのは初めてだ。ちょっとばかり外の空気を吸いたいと、僕は着替えを済ませて部屋を出る。レジスタンスの人たちはもう活動しているのか、アジト内には人気が無かった。

 とりあえず地上に出ようかと歩き始めたとき、


「うお……?」


 突然どこからか、ブー、という警報音が鳴り始めた。

 アジトの中に監視部屋のようなところがあるのかもしれないが、生憎僕は構造など分からないので、とにかく一度地上を目指した。ルエラちゃんは家の自室で寝ているから、恐らくいるだろうと踏んでのことだ。

 その予想通り、隠し扉を抜けたところでルエラちゃんとバッタリ出くわした。


「おっと、おはよう。呼びに行こうかと思ってたんだ」

「おはよう。えっと、地下で警報が鳴ってるんだけど……」

「だよね。アレはニューリイの周りに張り巡らされた装置が反応したときに鳴るんだ。要するに、誰かや何かが町へ出入りしたときに鳴るってこと。昨日も警報が鳴って、魔物退治に出たところで二人と出会ったんだよ」

「ああ……」


 人と魔物で区別ができればいいのだろうが、流石にそこまでの技術は持ち合わせていないだろう。むしろ研究者でもないのに、そんな装置を町周辺に張り巡らせているだけで凄い。

 メンバーの中に、そういった仕事を経験した人がいるのかもしれないな。


「で、今回は?」

「魔物! だから二人を呼びに、ね」

「あう、それならすぐに準備するよ」

「ごめん、頼めるかな」

「もちろん!」


 魔物から人々を守るのは、勇者の役割でもある。僕は快く引き受けると、武器を取るのとセリアを起こすため、一度アジトへと引き返した。


「ふえ?」


 熟睡中のところを叩き起こされたセリアは、状況を上手く呑み込めないままとりあえず着替えてくれた。そんな彼女に封魔の杖を持たせ、僕はヴァリアブルウェポンを持ち、ルエラちゃんのところへ戻る。


「お待たせ」

「おはよおー」

「まだ眠そうだけど……呼ばなくても良かったんじゃ?」

「ううん、置いてくとそれはそれで後から文句言われそうなんで」


 聞こえないよう小声で言うと、ルエラちゃんはなるほどと納得してくれた。


「ディルとリズが先に向かってくれてる。早く増援に行こう」

「了解!」


 家を出て、ルエラちゃんを先頭に町の西側へ向かう。途中、怯えた様子のお爺さんが一人、逆方向へ逃げていった。あれだけ怖がっているということは、魔物の数は結構多そうだ。

 五分とかからず、町の西端へ辿り着いた僕たちは、大勢の魔物を相手にするリズさんとディルさんを発見した。リズさんは杖を、ディルさんは弓を手に戦っているのだが、戦闘能力は高くないのか押され気味だ。

 魔物の数は十数匹。ルエラちゃんの魔法ならあっさり倒せるレベルではあるものの、場所的にかなり分散している。これは僕たちも駆けつけて正解だったな。


「来たよ! 持ちこたえてくれてありがと!」

「ルエラさん! すいません、倒しきれずに」

「いいんだって。さ、トウマくんとセリアちゃん、手伝って!」

「はいはーい!」


 リズさんとディルさんは後ろへ退き、入れ替わるように僕たちが前線に立つ。位置的に、ルエラちゃんは右側の敵を、僕たちは左側の敵を相手する形だ。


「ようし、やるぞ」


 ルエラちゃんは杖をクルクルと回しながら、魔法を準備する。競うようなものでもないが、こちらもなるべく迅速に魔物を倒したいものだ。

 目の前にいる魔物は、昨日現れたロックタートルのほか、硬い殻を持つサソリ型のスコーピオに、ムカデ型のペンドラ。いずれも物理的な防御力の高い魔物ばかりだった。

 剣術士のスキルはほぼ相性が悪い。ここは昨日と同じく四の型・砕で仕留めていくのが手堅いだろうが、少しは工夫してみたい。頭の中で使えそうなスキルを考えながら、とりあえず体は動かす。


「――ふっ」


 まずは孤立していたロックタートルを砕で一撃。そのまま武器を弓へ換装し、複数の魔物が一列に並ぶ場所まで位置をずらしてから、


「――スナイピング」


 狙撃スキルを放った。スナイピングは長距離でも減衰が少ないだけでなく、高威力ゆえの貫通性能も持っている。だから、位置を調整して矢を放てば直線状の魔物は全て串刺しになってくれるという寸法だ。今もスコーピオとペンドラ、合計して三匹がバーベキューの串みたいに連なって絶命した。


「ひゅー、さっすがトウマ」


 口笛を吹くマネをしつつ、セリアも準上級魔法を易々と発動させる。


「――ヘルフレイム!」


 地獄の業火がペンドラの群れを包み、焼き尽くす。これが草原なら辺り一帯焼け野原となっていただろうが、ここは不毛の地。死が待っていたのは魔物たちだけだ。


「後は一匹」


 僕は前回の魔皇戦でクライマックスを飾ったコンボをもう一度試してみようと、弓を構える。あのときは大技を推進力に使ったが、今回は軽くでいいだろう。


「――パワーショット!」


 初級スキルを敵とは逆方向の地面に放ち、それを反動にして敵へ飛び込む。後は拳が全てを終わらせる、それだけだ。


「――砕!」


 突き出した拳が、軽々とスコーピオを打ち砕いた。吹き飛ぶのではなく、その場で破裂してしまったのがこのコンボの威力を如実に物語っている。

 やはり僕自身は勢い余ってかなり遠くまで射出されてしまうのだが、有用なコンボなのは間違いなかった。


「す、凄い……これが勇者様の力」

「噂には聞いてましたけど、びっくりです……」


 戦いを見守っていたリズさんとディルさんが、感動したようにそう呟いた。純粋な気持ちでそう言ってくれているのが分かって素直に嬉しい。

 とにかく、これでこちらは戦闘終了だ。

 後はルエラちゃんだが――。


「――デモンズサクリファイス」


 彼女の方を向いたとき、そこには死神の大鎌を構える恐ろしい姿が。闇属性の上級魔法なのだが、こんなエフェクトだとは全く知らなかった。

 黒いオーラが全身から溢れ出すルエラちゃん。魔物たちも本能的な恐怖からか、たじろいでいるように見える。彼女がゆっくりと歩を進め、そして意を決したように大鎌を横薙ぎに振るうと、魔物たちはいとも簡単に両断され、その斬り口は崩壊を始めるのだった。

 ……とんでもない闇魔法だ。


「片付いたね、お疲れ!」


 禍々しいオーラが消えるや否や、まるで対照的な明るい笑顔でルエラちゃんは労いの言葉を掛けてくれた。僕たちもお疲れ、と返したけれど、今の光景がしばらく目に焼き付いて消えなかった。


「あたしの適正は火と闇だからね」

「そっかあ、私ももうちょっと強くなったらアレを覚えるのねえ……」


 セリアはどちらかと言えば、デモンズサクリファイスに対して格好良いという印象を抱いたようで、魔法を行使する自分の姿を思い描いてしばらく呆けていた。似合わないような気もするんだけどなあ。


「従士さんって、全属性を好きに使えるんだなあ、羨ましいよ」

「まだ全然使いこなせてないけどねー」

「伸びしろ、伸びしろ」


 女の子二人で楽しくお喋りしているのは微笑ましい。基本的に二人旅だし、同じ年ごろの女の子と話すのは刺激があって楽しいんだろう。僕もレオさんと話すのは楽しくて有意義だと思っている。

 ……レオさん、もしかしたらライン帝国に来てるのかな。僕たちの到着をまだかまだかと待っている可能性もあるかもしれない。


「んじゃ、駆逐も終わったことだし帰るとしよっか」

「はい、ルエラさん」


 リズさんとディルさんも含め、僕たちは五人で揃ってルエラちゃんの家――というか、レジスタンスのアジトへ戻っていく。その道すがら確認したが、他のメンバーは療養中のマットさんを除き、町の外で活動しているそうだ。

 ……それにしても。


「……あの」

「どうしたの、トウマくん」

「いや、……なんと言うか」


 魔物と戦っている辺りから、視線は感じていたのだが、どうやら町の人が僕たちの様子を遠めに窺っているらしい。ただ、その目は魔物を退治したことへの称賛ではなく、どこか忌避するような印象があった。

 ルエラちゃんは、僕の言わんとしていることを察したのか、しばらくは何も言わずに歩き、家の中に入ったところで溜め息を吐く。


「町の人たちも、悩んでるんだよ。表立ってレジスタンスの味方をしちゃあ、目を付けられるからね」

「……だから、よそよそしいのか」

「そういうこと」


 初日にルエラちゃんと町を歩いたとき、彼女は父親のせいで印象が悪いと口にしていた。しかし、それだけが理由なのではなく、レジスタンスという肩書もまた少なからず影響していたのだ。

 ただ、そういうことなら町の人も、心の中では応援してくれている可能性だってあるか。


「相手は国ですからね、私たちレジスタンスの方が悪に見えることだってあるでしょう。それでも、私たちは諦められないんです。困難を、壁を越えて、また人と人とが繋がり、笑い合える日々を取り戻すために」


 照れ臭そうに、だけど淀みなくリズさんはそう口にした。彼女もまた、大切な繋がりを引き裂かれた一人なのだろう。

 今は暗黒の日々でも、いつかは。彼らみんなに、ライン帝国の人々に、リズさんの語るような未来が訪れてほしいものだ。


「必ず来ますよ、そんな日が」


 確証はなくとも、僕はどうしても言いたくなって、彼女に微笑みかけるのだった。

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