3.寂れた町、戦う少女


 馬車に揺られること一時間ほどで、僕たちは最寄りの町であるニューリイに到着した。ここまで親切に送ってくれた御者さんには運賃よりも多めにお金を渡して別れ、欠伸を噛み殺しながら町の中へと向かう。


「ここも、特筆するものがないというか……寂れた町ね」

「昨日滞在したコルレインとそう変わらないね。リン州以外は、こういうところばっかりなのかな」


 だとすれば、ライン帝国は実に五分の四が貧困と隣り合わせの国ということになるのではないか。極端だが、そんな考えがよぎった僕は恐ろしくなってしまった。

 ニューリイは、町を外敵から守るような柵もなく、ポツリポツリと家が建ち、それが中央に行くほど密集しているような感じ。もしも魔物が襲ってきたら、端に住んでいる人は危険に晒されてしまうことが確実だ。

 ……などと思っていると。


「トウマ、魔物だわ!」

「みたいだね!」


 新天地に来て初めての魔物、初めての戦いだ。ちょうど体もなまってきたところだし、町の人に被害が及ぶ前にキッチリ倒そう。

 僕はヴァリアブルウェポンを手甲に変えて走り出す。セリアは後方で、封魔の杖を構えて魔法の準備に入った。

 魔物は五匹、これまで戦ったことのない岩石のモンスターだ。大きさは人間くらいあって、亀のような形状と動きをしている。図鑑には確か、ロックタートルという名前で載っていたような気もするが記憶が曖昧だ。まあ、武術士スキルで打ち砕けばすぐに片付くだろう。


「よし、四の型――」


 僕はロックタートルに狙いを定め、拳に力を集中する。

 ――しかし、そのとき。


「――ギガフレア!」

「うおおわっ!?」


 高らかな魔法の発動宣言とともに、五匹のロックタートルを中心とした超高温の炎が発生する。赤や青を超えた真っ白な炎の球体は、生じたと同時にロックタートルを跡形もなく溶かし尽くした。ギリギリのところで助かったものの、あと一歩踏み込んでいたら僕も体の一部が溶けていたかもしれない。嫌な汗が一気に噴き出した。


「死ぬかと思った……」


 ……それにしても、ギガフレアと言えば火属性の上級魔法だ。魔物を倒すために誰かが使ったのだろうが、そんなハイレベルの魔法を使える人がこの辺境の町にいるというのか。


「トウマ、溶けてない!?」

「何とか無事です……」


 生まれてこの方、溶けてないかと心配の声を掛けられたことはなかった。生きていれば色々なことがあるものだ。

 ……なんて考えている場合じゃなく。


「一体誰が……」

「ちょっと、大丈夫!?」


 その答えはすぐにやって来た。

 大きな杖を持ち、僕たちのところへ駆け寄ってきたのは――意外にも可愛らしい少女だった。


「いやー……まさか魔物と戦ってる人がいるとは思ってなかったからねえ。悪い悪い」

「あ、あの……君は?」


 まだちょっと胸がドキドキして喋り辛かったが、何とか声を振り絞って訊ねる。


「あたしはルエラ=ブルーマー、この町に住んでるんだ」


 ルエラちゃんは名前を名乗りながら、クルクルと杖を回して腰のホルダーに収めた。

 燃えるような赤髪は後ろで結ばれポニーテールになっており、頬には微かにそばかすがある。目は吊り上がり気味でどちらかと言えば勝気な性格に見え、服の間から覗く腕や脚は程よく筋肉がついていて健康的だ。


「あんたたちの方こそ何者? 余所者には違いなさそうだけど」

「ええと、僕たちは……」


 ラインに来てから自己紹介の頻度が多いなあと苦笑しつつ、僕たちは素性を明かす。やっぱり彼女も最初は勇者であることを信じなかったが、大十字章の効果はここでもてき面だった。


「はあー……本物の勇者さんか。こりゃびっくりだわ。間違えて溶かすところだった」

「あはは……僕も軽率に突撃しちゃったから。気をつけないとなあ……」


 あんまりないだろうが、気をつけていないといつかは溶かされてしまいそうだ。或いは氷漬けとか黒焦げとかも。


「でも、凄いわね? ギガフレアなんて上級の魔術士スキルじゃない。魔力消費も激しそうなのに、全然疲れてもなさそうだし」

「そこはブルーマー家の血筋というか。……ま、父親が凄腕の魔術士だったからね」


 なるほど、親譲りの能力、というわけか。……しかし、なら尚更、ここに住んでいるのはどうしてなのだろう。有能な魔術士の家系だったら、帝都に迎え入れられていてもおかしくないのに。

 争いを好まず、ここで静かに暮らすことを選んだとか、そんな理由だろうか。

 ……って、あれ。


「凄腕の魔術士だったから……って、今はどうなのかな」

「はは。トウマくん、ストレートに聞いてくるね」

「あ、いや。ごめん」

「ん、別に構わないんだけどさ」


 そりゃ、言葉から察するにあまりいい事情があるとは思えない。無神経な発言だったなと反省した。

 けれどルエラちゃんは特に気にすることなく、あっさりとブルーマー家の事情を教えてくれた。


「あたしの父、ロレンス=ブルーマーは元帝国軍の隊長だよ。でも、今は大罪人として捕まって牢の中」


 ……その事情は、彼女のさばさばした口調とは裏腹に、とてつもなく重たいものだった。

 元帝国軍で、今は大罪人。ロレンスさんに一体何があったというのだろう。彼は何をしたというのだろう……。


「ふう。とりあえずこんなところで立ち話するのもなんだし、二人ともあたしの家に来なよ」

「あ、うん……分かった。ありがとうね」


 僕たちはルエラちゃんに案内され、彼女の家まで向かうことになった。

 町の中は人気が少ない。進むにつれて建物は増えていくけれど、出歩いている人は珍しかった。所々に作物が植わる畑はあるけれど、土が痩せているため育ちはあまり良くないように思えた。


「遠くの方に湖があって、地下に水が通ってるからなんとかなってるんだけどね。それでも夏場は枯れるときもあるし、中々大変な生活だよ」


 僕たちが畑に目を向けるのに、ルエラちゃんはそんなことを話してくれる。当然のことだが、暮らしは困窮しているようだ。

 すれ違う人がいても、ルエラちゃんに話しかけてくる人はいない。頭を下げて挨拶はするものの、それだけだ。人の繋がりも希薄なのかなと思ったが、


「父さんのせいでちょっと印象が悪くってね」


 と言うものだから、上手い返しを見つけられず曖昧に笑うしかなかった。……まあ、そうでなくともやはり町民たちの交流は浅いようだが。


「着いた着いた」


 彼女が立ち止まったところに建つ家は、町内ではそれなりに大きい部類だった。相応に古さはあるものの、二階建てで面積もあり、家族で十分暮らせる大きさだ。


「お母さんがいるの?」


 セリアが訊ねると、


「母さんはずっと昔に死んだよ。今はあたしだけ」

「そうなんだ……」


 この家に、たった独りきりか。それなら家の広さはかえって寂しさを強く感じてしまう要因になっていそうだ。

 ひょっとしたら彼女は、生活のためだけでなく寂しさを紛らわせたい気持ちもあって、町の外で魔物退治に精を出しているのかもしれない。

 家の中へ招き入れられ、僕たちは居間に通される。四人がけテーブルの席に着くと、ルエラちゃんはテキパキとお茶を用意してくれた。


「勇者さんと従士さんか。ここに来たってことは、ひょっとして州境を通れなかったりした?」

「そうなんだ。厳しくなってるとはいえ、僕たちが通れないとは思ってなかったんだけど」

「んー……まあ、色々あるからね」


 ルエラちゃんは、椅子に座って背中を仰け反らせながら言う。


「レジスタンスのこと?」

「そんなとこ」

「ラインの人は、レジスタンスについてどんな印象を持ってるんだろ。来たばかりだから、情勢が分からないんだよね」

「そりゃあ、帝都から離れるほどレジスタンスの支持者は多いと思うよ。今の暮らしを打開してくれるって期待されてるはず」

「ルエラちゃんはどうなのかしら?」


 セリアの問いに、ルエラちゃんは少しだけ悩んでから、


「今の暮らしが変わればいいとは思ってるけどね」


 そう言って苦笑した。

 

「……二人は、魔皇討伐のために帝都へ向かってたんだ?」

「うん。実際、ライン帝国の魔皇についてはまだ詳しい情報を知らないんだけどね」

「ルエラちゃんは、魔皇の居場所とか知ってる?」

「あんまり国の情報とかも入ってこないんだけど……確か、リン州にある遺跡に出現したって話だったかな。アルマニス遺跡の方」


 また遺跡、か。どうやら本当に、今回の魔皇は全て遺跡に現れたようだ。

 ライン帝国には遺跡が二つある、というのは以前ナギちゃんから聞いていた。リン州にはアルマニス遺跡があり、他の場所にノヴァ遺跡があるわけだ。……しかし、リン州ならばやはり州境の壁は越えないといけないんだな。


「何とかしてあの壁の向こうへ行ければなあ……」

「難しいね。仕事なんかの都合で隣の州へ行ってた人が、戻ろうとしても通してもらえず今の場所に留まるしかなくなって、家族と引き裂かれる。そういうのが増えてきてるくらいなんだ」

「本当に同じ国かって話ね……」


 連合国という過去ゆえ、一枚岩になるのが難しいという理由は分かるものの、この現状は国民の気持ちに反し過ぎている。オズワルド皇帝の意向なのだろうが、彼の真意はどこにあるのだろう。ただ単に、ヴァレス大公のように怯えているだけとは思えない。

 ……とにかく、勇者の使命を果たせるよう、どうにかしてリン州にはいかなくては。


「州境を越えられずにここへ来たんだろうし、二人とも泊まるアテはないよね。この町、宿がなくなっちゃったんだよ」

「え? じゃあ他所から来た人が滞在できるようなところってないの……?」

「今はねー……一軒だけあった宿のお婆ちゃん、亡くなっちゃって。高齢化も進んでるんだよ、ここ」


 そもそもこの辺りでは、商売そのものが上手く成り立たないだろう。ほとんどの人が痩せた土地で懸命に作物を実らせ、何とかそれで食いつないでいるのだ。


「んー……そうだなあ……」


 ルエラちゃんは、僕たちを泊めるかどうか悩んでくれているらしい。泊めさせてくれるならありがたいが、こんな状況の町だし、断られても無理は言えない。


「よし、じゃあこうしよう――」


 何か思いついたように、ルエラちゃんが指を鳴らしながら言った、まさにその直後のことだった。


「姉さん! 来てください!」


 突如として部屋の奥から、謎の男が慌てた様子で飛び出してきた。あまりに突然過ぎるその登場に、僕もセリアも驚いて声を上げてしまう。


「あっ……?」


 出てきた男もそれは同じようで、想定外の人間がいることに混乱しているようだ。

 しかし今、この人はルエラちゃんを姉さんなどと呼んでいたが……?

 疑問符が頭の中に溢れたとき、ルエラさんがすっくと立ち上がった。


「ルース! 用があれば事前に連絡しろって言ったよね?」

「す、すいません姉さん!」


 ルースと呼ばれた三十代くらいの男は、ルエラちゃんに平謝りする。よく見ればこの人の服装は、作業服というか戦闘服のような格好をしている。何故、こんな見るからに怪しげな男とルエラちゃんが親しくしているのだろう。嫌な予感しかしないのだが……。


「……酷いタイミングだったけど、はあ……仕方ない。ちょうど悩んでたところでもあるしね」

「姉さん、この人らは……まさか、帝都の?」

「馬鹿、それならもっと焦ってるよ。この二人は勇者さんと従士さんだ」

「えッ!? むしろそっちの方が驚きですよ」


 口をポカンと開けたルースさんを呆れたような目で一瞥してから、


「……ごめんね二人とも。やっぱり、こんな機会は他にないし、利用させてもらうことにするよ」

「り、利用って――」


 僕が言い終わるより前にルエラちゃんは懐から何かを取り出し、それを掲げてみせる。電灯の光に鈍く光るそれは、銅か何かでできた小さなバッジだった。


「――レジスタンス」

「え……」


 ルエラちゃんはニヤリと笑う。


「私はレジスタンスなんだよ。ニューリイ周辺にいる同志たちを束ねる、レジスタンスのリーダーだ」


 予想外の答えに、僕もセリアもしばらく開いた口が塞がらなかった。

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