4.反旗を翻して
「アジトかー……何か凄いデジャヴなのよね」
「はは……似たような経験が多いから」
「そうなの? 流石は勇者さんと従士さんね」
ルエラちゃんのレジスタンス発言からしばらく。
僕たちは彼女とルースさんに案内され、レジスタンスのアジトへ向かっていた。
しかし、そのアジトの場所というのがセリアの言うようにデジャヴを感じるものだったのだ。
まあ、ルースさんが何故ルエラちゃんの家の一室から出てきたのかは納得できたのだが。
「あんな風になってるのって、やっぱりルエラちゃんがリーダーだからなの?」
「元々アジトがニューリイにあった都合上、かな。ただ、入口はもちろんあそこだけじゃないよ」
「ううん、でも仲間の人とは言え、急に家の中にいるっていうのがあり得るのは嫌だなあ、私……」
「はは、どうしてもってときは鍵を掛けてるよ。さっきは急な出会いだったわけだしさ」
「まあ、確かに」
レジスタンスのアジトへ繋がる入口は、要するにルエラちゃんの家の中にあったのだ。物置として使っていた部屋に隠し扉があり、そこを開ければアジトへの道が整備されていて、僕たちは今まさに、その掘り抜かれた道を進んでいるのだった。
「……で、ルース。マットが倒れたってのは?」
「ええ、それがですね……」
ルースさんの話によると、マットという別の隊員が体調を崩して倒れてしまったらしい。レジスタンスは帝都に勘繰られないよう注意しつつ、資金調達などで忙しく動き回っているそうなので、その反動がきたのだろうとのことだった。
ルエラちゃんは母親からある程度薬の知識を得ているようで、自身の調合した解熱剤を手に、こうしてアジトへ向かっているという次第だ。
ニューリイ近郊にいるレジスタンスのメンバーは、ルエラちゃんを含めて六人。州内にはそういった小さな集まりがそこかしこにあるようで、ギルドのように通信機で連絡を取り合ったりもしているそうだ。そんな集まりの中でも、ルエラちゃんは父親譲りの優れた魔術士ということで一目置かれているのだとか。
「あいつ、最近疲れ気味だったからなあ……少し療養した方がいいね」
「はい。元々病弱な身なのに、各地へ奔走してくれてましたしね」
二人がそんなやりとりをしているうちに、鉄製の扉が目の前に現れた。敵襲を受けてもある程度持ちこたえられるようにと考えて取り付けられたのだろう、結構な厚みがありそうだ。
ルエラちゃんが扉をノックすると、しばらくして扉についていた覗き窓が開いた。そこで仲間が来たのかどうかを判断して、扉を開ける仕組みなわけだ。
「待ってましたよ、ルエラさん。……ところで、そちらの二人は?」
扉を開けてくれた男性が、怪訝そうにこちらを見つめる。リーダーが連れてきたとは言え、見知らぬ人間を警戒するのはまあ当然のことだ。
「お待たせ、アントン。この二人は、偶然外で出会ったんだけど……勇者さんと従士さんだ」
「ええッ!?」
ルースさんと同じその反応も当然のことだな。
「ちょっと手を貸してもらおうと思ってるんだけど……とりあえず、マットの治療が優先だ。部屋で寝てる?」
「は、はい。何か用意しましょうか」
「水だけ。薬を持ってきたから」
指示を受けたアントンさんは、すぐに奥の通路へ小走りで向かった。
……アジト内の壁は舗装されておらず土が露出していて、まるで大きな蟻の巣といった感じだ。硬い地層なので大丈夫だろうが、もし崩れたらと思うと少し怖い。
蟻の巣の枝道を進んでいくと、左右にいくつも扉が並んでいるのが見えてくる。ここがメンバーの個人部屋らしい。表向きの生活のほか、ここでも時折寝食をしているのだろう。
「入るよ」
扉に一つを軽くノックして、ルエラちゃんは中へ入る。部屋はほとんど調度品のない質素なもので、隅に敷かれた布団の上にマットさんと思わしきやや小太りの男性がいて、上半身だけを起こしていた。その傍には二人の男女がいて、看病というか、仲良く雑談をしているようだった。
「ルエラさん、来てくれたんですか。ご心配おかけして申し訳ない……」
マットさんは頭の後ろを撫でながら、ぺこぺこと頭を下げる。
「あのう……そちらのお二人は?」
僕たちのことを聞いてきたのは、黒い前髪が目を覆う、小柄な女性だった。
「ん、この二人は勇者さんと従士さんだよ、リズ」
「え……冗談、じゃないですよね」
「当然。そう言いたくなるのも無理ないけどね」
「奇跡みたいな出会いですね、ルエラさん……」
リズさんの隣にいた、茶髪でオールバックの男性も驚きながらそうコメントした。彼の名前はディルというらしい。
ルエラちゃん、ルースさん、マットさん、アントンさん、リズさん、ディルさん。ここに集うレジスタンスのメンバーはこれで全員ということだな。
「とりあえずほら、薬を持ってきたから」
「ああ……ありがとうございます」
マットさんはまた頭を下げて、ルエラちゃんから薬を受け取る。それからすぐにアントンさんが水を持ってきたので、マットさんは一息に薬を飲み下した。
「良くなるまでは休んでなよ」
「はい、そうします。迷惑をおかけしますが」
「いいんだって。家族には、元気な姿を見せてあげたいでしょ?」
「ええ……そうですね」
マットさんはコップを盆に乗せると、弱々しく苦笑した。
「……さて、と。だいぶ混乱してるだろうから、詳しく話させてもらおうかな。ついてきて、二人とも」
「あ、うん」
呼び出された理由であるマットさんへの処置を終えると、ルエラちゃんは素早く切り替えて僕たちを別室へ招く。反対側の通路にあったその部屋は、木製のテーブルと椅子が置かれただけのとてもシンプルな部屋だったが、だからこそ落ち着いて話せる雰囲気の場所だった。
「ふう。しっかし、ホントに酷いタイミングだったなあ。それが背中を押してくれたわけではあるけど」
「鍵掛けてないときに男の団員さんが入ってきたら怖くない?」
「大丈夫大丈夫、もしものときでも魔法で一発だから」
「そ、それはそれでやばいような……」
勝気な性格に見えると思っていたが、その推測は当たっているようだ。男勝りな女の子だなあ。
「……ルエラちゃんがレジスタンスの、それもリーダーだったなんてね。びっくりしたよ」
「だろうね。でも、リン州を除いた四つの州では、国に対して批判的な意見を持つ者が実に七割を超えてる。レジスタンスの団員は日々増えているし、直接活動はせずとも後援者として金品を支援してくれる人だっているんだ。あたしくらいの子どもがレジスタンスであっても、おかしくはないんだよ」
「こう言っちゃアレだけど、荒んでるわね……」
「荒んでるんだよ、実際」
やれやれと言う風に、ルエラちゃんは首を振った。
「レジスタンスは、国家への抵抗勢力だ。あたしたちは、それぞれ具体的な目的は違うとしても、国という大きな存在と戦うために一人、また一人と集まっていった。その中で一番強かったのがまあ、あたしというわけ」
「ルエラちゃんの目的って……」
「もちろん、父さんを助けることだよ」
元帝国軍の隊長で、今は牢に閉じ込められた罪人。さっき父親のことを教えてくれた彼女の口調はわざとらしいくらいに軽かったけれど、今の彼女にはその軽さがまるでなかった。
「理由はハッキリしていないんだ。でも、あるとき父さんは捕らえられ、牢に押し込まれた。そのときに、あたしは帝都から追いやられてここへ来てね。幼い頃に母さんを亡くしていたあたしにとって、父さんはたった一人心を許せる人だったのに、その繋がりは一瞬で断たれてしまった」
「隊長にまでなってたのに、突然捕まるなんて……それも、理由は公にされてないってことですよね?」
「そう。せめて家族であるあたしくらいには教えてほしいと訴えたこともあるけどね。無駄だった」
今の話で、僕はグランウェールに滞在していたとき聞いた話を思い出した。二十年ほど前、騎士団の隊長が反逆罪で捕まって処刑されたというものだ。ルエラちゃんの父親、ロレンスさんが置かれている状況もそれに近い感じがする。
処刑……か。
「レジスタンスの存在は知っていたけれど、まさか自分がなるとは思っちゃいなかった。でも、帝国憎しと思う人は意外と身近にいるもので、あれよあれよという間に、今の体制が出来上がったんだね」
「ルエラちゃん以外の五人も、国家に恨みを持っている……」
「うん。さっきちらっと言ったけど、マットはリン州に妻と息子がいるのに、働いていた会社が借金抱えて潰れてしまったのを理由に州の移動を禁じられてしまったんだって。ルースの奴は親友が反逆者だと決めつけられて殺されたらしいし、アントンは妹が自殺する原因を国が作ったとか。そんな風に皆、辛い過去を抱えてるんだ。それを燃料にして、レジスタンスとして戦ってる」
共通しているのは、別離。国家というあまりにも巨大なる力に、大切な繋がりを引き裂かれた者たちが、怒りと悲しみを糧にして立ち上がる。それが、レジスタンス。
まだ僕たちは、ライン帝国で起きていることの全体像など掴めてはいない。けれども、こんな風に深く傷つけられた人たちが大勢いる現状を容認はできなかった。国家かレジスタンスかと言われれば、レジスタンスを応援したいと思わざるを得なかった。
「というところで本題。まあ、こうして素性を明かして連れてきた以上、何を言いたいかは察してるかな」
「……ううん、何となくね?」
利用させてもらう。ルエラちゃんはさっき、確かにそう口にしていた。
なら、僕たちに期待していることは簡単だ。
「トウマくん、セリアちゃん。魔皇討伐の旅をしてる最中だってのに悪いけど……あたしたちレジスタンスの活動に、少しだけでも手を貸してほしいんだ」
その純粋な眼差しに、首を横に振ることなどできるはずもない僕たちなのであった。
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