4.生贄の少女は①
公民館に戻って来た僕とナギちゃんは、そこに先ほどのメンバーが集合しているのを発見した。街の魔物を粗方倒し終わったというのは本当らしい。
「戻りました!」
「お、勇者のお帰りだな」
「トウゴ。……すまぬな、少しばかり手こずったので、ナギ殿に向かってもらった」
「いえ、あっちは大丈夫だったので」
アオイちゃんの話をしようかとも考えたが、少々長くなりそうなので止めておく。やるべきことは状況確認だろう。
「各自、向かった場所で目に付く限りの魔物は倒せたようだな」
「はい、シキ様。私とヒュウガは西側一帯を、ギルドの者たちは中央を回りました」
「私は山の入口を張っていたが……まだまだ魔物の気配はあるようだ」
「山中に大勢、魔物がいるってことっすね」
「うむ」
現状、アルフによる直接攻撃は止んでいるようだが、魔物たちの第二陣がいつ押し寄せてくるかも分からない。これで一安心、というわけにはいかなさそうだ。
あちらが仕掛けてきた以上、ここで決着をつける必要がある。
「計画は狂っちゃったけど、今から作戦を始めようよ。相手さんが全力で潰しにかかってきてないってことは、早く生贄を寄越せってことなんだろうしさ。ボクが行ってやれば襲撃も止むし、隙も作れるはず」
「うぬ……そう上手くいけば良いがな。シキ殿、如何いたす」
「ナギがこう言っておるのだから、止めても聞かんだろう。私も大体のところはナギと同意見だ」
「んじゃあ、ナギちゃんを先頭に突っ込んでいきゃあいいんだな?」
「んなわけないじゃん。あ、トウゴは作戦知らないのか」
「悪かったな、知らなくて!」
苛立つトウゴさんに、フドウさんはすらすらと作戦を説明する。この場にいる皆も、おさらいの意味では有難い説明だった。
「なるほどな。かなり危険な作戦ってワケだ。キリカ様に代わって礼を言うぜ」
「別に言われなくてもいいんだけど……まあいいや」
「まあいいやって……」
トウゴさん、不遇なキャラになりつつあるな。キリカさん、仲良くしてあげてくれるかな。
「まず、街の放送を使って生贄を向かわせると、魔皇アルフに宣言する。そしてボク一人でアルフのところまで行ってくる。そうだな……その後ろを、トウマに任せることにするよ」
「僕?」
「勇者サマが一番近くにいる方がいいでしょ。ただし、気配はなるべく消すこと。できる?」
「ん、善処するよ」
「お願い。……で、他の人たちは山のふもとに待機。魔物が来るようなら倒して、街の被害を食い止めて」
「やることはあまり変わらないね。ただ、放送で襲撃が止まる可能性は十分にあるかな」
「オーガストさんの言う通り、止まってくれたらいいけどね。どうなるやら」
ナギちゃんは緩々と首を振る。
「何にせよ、アルフの従える魔物はまだまだいる。ボクが生贄としてアルフのところに到着してから、行動を起こして奴が騙されたと理解した瞬間、いよいよ奴は本気で街を滅ぼしにかかるだろう。配下の魔物たちは一斉に襲い掛かってくるはず」
「そうなりそうですね。……そこからは、総力戦ということですか」
「後はやるだけってことっすね」
「平たく言うとね。まあ、きっとすぐに状況の変化は分かるだろうから、そのときは頼むよ、皆。魔物を倒しながら、ボクたちのところまで上ってきて」
「うぬ、心得たぞ」
自身の命が懸かった重要な作戦だというのに、話をするナギちゃんの口調は普段通りで、落ち着いているように思えた。……でも、きっとそれは皆に心配をかけないようにという精一杯の強がりで。やはり心の中では、年相応に緊張しているはずなのだ。
後ろを任された僕は。勇者である僕は。……彼女を出来る限り安心させてあげたいものだな。
「ナギ。……今更こんなことを言うのもどうかと思うが、私は一度、生贄になってほしくないからとお前を追い出した」
「……うん」
「そんなお前が、自ら生贄役になると決め、アルフの下へ行こうとしている。正直、不安でならない」
「ま、父親ならトーゼンでしょ」
「ふ、そうだな。……だが、父親なら娘を信じてやらねば。今はそう思える。信じて、お前を送り出せる」
それを聞いて、ナギちゃんは少しだけ言葉を詰まらせた。それから照れ臭そうに、俯き加減になって笑い、
「へへ、らしくないこと言っちゃって。……心配いらないよ、アルフをギャフンと言わせてやるからさ」
「……はは。言葉遣いだけは良くならんな」
「それも今更でしょ!」
「うむ。……行ってこい、ナギ。帰りを待っている」
「任せてよ、オトーサマ」
ナギちゃんは自信たっぷりに笑ってみせた。シキさんも、それを見て吹っ切れたように微笑する。
たとえ血の繋がりはないとしても。そこにはしっかりと親子の絆があった。
「じゃ、始めますか!」
ナギちゃんが、高らかに宣言する。
これより――魔皇アルフ討伐作戦の開始だ。
*
領家へ続く上り道。分岐路をどちらに行っても、その更に先から山の深くへと進むことができる。それは、領家が交代で生贄を出し合っていた歴史ゆえのことなのだろうか。
ともあれ、僕たちは既に道なき道を歩んでいた。
シキさんが街の放送機器を借り、最大音量でアルフに届くよう、生贄を連れていくという内容の言葉を流したので、後はナギちゃんがアルフの下まで行けばオッケーだ。
「ここはモスゲイル山って言うんだけど、今までずっと手付かずのままだから、進み辛いけど頑張って上るしかないんだ。魔皇アルフはこの山の山頂付近に毎回出現するみたいだね」
「自然を大事にしてるから、山をそのままにしてるのかな」
「ま、それがリューズの文化だからね」
進み辛いと言っておきながら、ナギちゃんはさほど苦労している様子もなく、雑草の少ない場所を選んでずんずん歩いていく。僕は置いていかれないよう必死に彼女の後を追うしかない。
「ちなみに、山頂には遺跡があるんだよ。アルパ遺跡っていうんだけどさ。……今回の魔皇は、ひょっとすると全部遺跡に出現してるのかもしれないな」
「どうして?」
「グランウェールでもそうだったじゃない。で、コーストンのギルドメンバーにも聞いたけど、そっちも遺跡付近の廃村にいたとか。そこからの連想」
「言われてみれば、そうだね……」
今回の魔皇は遺跡に出現する、か。その法則が正解かどうかは分からないが、とりあえず目的地とするのはいいかもしれない。
「……トウマは、リバンティアにある遺跡について、どれくらい知ってる?」
「え? 特に何も……知る機会もなかったし」
「ふうん……」
何も答えられないのが申し訳なかったので、
「もしよかったら、教えてもらえないかな?」
そう聞いてみた。
「ん。……リバンティアには、合計五つの遺跡が存在する。コーストンのテウラ遺跡、グランウェールのジア遺跡、リューズのアルパ遺跡、ラインのアルマニス遺跡、ノヴァ遺跡だね。これらはリバンティア歴三十年くらいの頃にはもう発見されていたんだけど、明らかに紀元前のものだった。不思議なことにね、世界中の誰もが紀元前のことを何一つ知らなくって、遺跡が何故あるのか、誰が造ったのかは全く分かっていない。グリーンウィッチ・ストーンに何らかの関わりがあるんじゃないかとも言われているけれど、具体的な証拠はまだ全然ないんだよ」
「紀元前から存在してる、謎の建造物ってことか……」
リバンティアに紀元前の記録がまるでないことは、グランウェール騎士団のニーナさんから聞いていた。世界各国に存在する遺跡もまた、そんな忘れられた時代に造られたもののようだ。
「ところで、五つって聞いて思いつくものはない?」
「五つ……って、もしかして」
「この世界には五つのクラスがある。剣術士、武術士、弓術士、魔術士、癒術士……。ただの偶然と思う?」
「……ナギちゃんは、そう思ってないんだね」
「気になってるだけさ。研究者じゃないし、その疑問をハッキリさせることはできないけど」
でも、ナギちゃんの仮説はとても面白いものだと僕は思った。
それを本職の人に話せばもしかしたら、ハッキリさせることができるのではないだろうか。
……たとえば、ライルさんとか。
「でもまあ、ボクが思いつくことなんて他の人も思いついてるよ、絶対」
「そうかなあ……」
「そうそう。だから気にしないでよ」
何だか、言ってしまったことを少し後悔しているかのように、ナギちゃんはそこで話を打ち切った。曖昧なことはあまり言いたくないのかもしれない。
「……っと。ここは……」
「どうしたの、ナギちゃん」
ナギちゃんが急に足を止める。気になって前方に目を向けると、そこには苔むした社のようなものがあった。
「シュウ=スイジンが話してたらしいね、オーパーツのこと」
「うん。魔道兵器の基になったっていう」
「ボクも一応トウスイ家だから知ってるんだけど、この社に銃が納められていたんだ」
「ああ……」
そう言えば、シュウはオーパーツについて森の奥深くにある社へ納めたと口にしていた。それがここというわけか。こんな場所にあるなら、なるほど他の人は見つけられまい。
「この社には、実はもう一つ納められていたものがあってね」
「そうなの?」
「短い間だけどね。それは神器と呼ばれていた」
「神器……?」
何やらオーパーツと並んで神秘めいた響きだ。世界には不思議なことが沢山ある、といういつかの言葉が蘇る。
「それは美しい弓だったってさ。何故神器って呼ばれたのかと言うと、弓が納められるより少し前に、山に光の柱が出現したからだとか」
ん? 似たような話をどこかで聞いたような。
「あれ、ジア遺跡でもそんなことがあったんじゃ?」
「……そうだね。よく覚えてるじゃん」
「まあ、印象に残ってるから」
だとすれば、ここで出現した光の柱も遺跡が発生源なのだろうか。
「関連性は分かんないよ。ただ、光が出てしばらく経ってから、一人の男が弓を納めて去っていった。そういう話が伝わってるだけさ」
「へえ……その人は、神の使いだったりしたのかな」
「さあ。今となっては確かめようがないことだよ」
素っ気なく、ナギちゃんは答えた。
「それっていつのこと?」
「オーパーツが納められるより前のことさ。三十年くらい前だっけか」
「でも、シキさんもシュウもそれについては何も言ってなかったな……」
「知らないんでしょ」
「……え?」
「……気にしないで」
今のは明らかに、失言を後悔しているようだった。
ナギちゃんが知っているのに、シキさんもシュウも知らない歴史。
そんなことが……?
「君は……」
「はあ。調子狂うなあ、トウマといたら」
諦め気味に溜息を吐いて、ナギちゃんは言う。
「そのうち分かるよ、嫌でも」
「……そっか」
ここで打ち明けるつもりはないようだ。突っ込んで訊ねても答えてはくれないだろう。
でも、彼女の言葉は思ったよりも優しくて。そこに悪気がないことだけは良く分かった。
……何を知っているんだろうな、ナギちゃんは。
恐らくは――この世界の秘密について、か。
「はいはい、ムダ話終わり。反応しなきゃ良かったな。……さっさと行こ、トウマ」
「……りょーかい」
生い茂る草木の間を、僕たちは再び進んでいく。
この山の頂上付近にあるという、アルパ遺跡を目指して。
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