5.生贄の少女は②


「トウマ、そっちにウルフ!」

「はいはい!」


 ナギちゃんの指示を受け、隠れているウルフ目掛けて突っ込んでいって、剣を振り下ろす。気配を察知する能力は、彼女の方が上のようだ。


「念のため、ボクは戦えない体でいくから、こんな風によろしく」

「まあそれは分かってるよ。どんどん命令してくれていいから」

「お、ホント?」

「邪悪な声色だったんだけど……」

「はは、冗談冗談」


 ううん、弄ばれてる感じがするなあ、僕。


「……どうも、魔物の襲撃は治まってないみたいだね」

「うん。遠くから戦ってる音が聞こえてくる」


 山の下側から響く金属音。それは間違いなく他の皆が魔物と戦っている証拠だ。

 耳を澄ますと、微かに声まで届く。


「――爆!」


 武術士のスキル名と、爆発音。誰の声なのかは明らかだな。


「トウゴ、すっかり元気になったなー」

「あはは、そうだね。辛い時間を過ごしたみたいだけど、ちゃんと元の居場所に戻れて良かった」

「キリカちゃんとは何も進展しないけどね」

「辛辣だなあ」


 キリカさんにはトウゴさんなど似合わない、なんて考えているのかもしれないな。まあ実際、キリカさんは彼を恋愛対象としては見ていなさそうだが。


「そろそろ山も中腹ってところかな。川が横切ってたりもして、障害が多いんだよね」

「自然そのまま、だもんね」


 ナギちゃんが呟いたすぐ後に、大きな川は姿を現した。ここのところ天気が良かったので、流れは比較的穏やかだったけれど、結構深さがありそうだ。


「岩を飛んでくなら、滑らないよう気を付けてよ。雨降ってるし」

「あんまりこういうことしないからなあ……」


 幼少期にも、こんな遊びはしなかった。上手く渡り切れればいいが、失敗したら川にドボン、か。冷たそうだ。

 自信なさげにしていたからか、まずはナギちゃんがお手本を見せてくれることになった。彼女は軽やかに跳躍すると、寸分の狂いもなく突き出た岩の真ん中に着地し、それを何度も繰り返してあっという間に向こう岸へ辿り着く。幅十メートル以上はある川だというのに、ほんの五秒ほどしかかかっていないのには驚きだ。


「身軽過ぎる……」

「同じところを通ればいけるから、早く来なよー」

「お、おー!」


 武術士スキルで反射神経を上げれば何とかなりそう、と安易に考えたのだが、中間あたりで綺麗に足が滑ってしまい、危うく川に転落してしまいそうになった。辛うじて右足を突っ込んだだけで済んだが、ナギちゃんには大笑いされてしまった。


「仕方ないでしょ、冒険だってまだ一ヶ月そこそこなんだから」

「アハハ……そうだね。よくやってると思うよ、ボクも。ハハ……」

「笑わないの」


 無邪気な顔をして笑うものだ。こういうところを見ると、子どもっぽいよなあと思ってしまうのだけど。時折大人びたことや不思議なことを言うものだから、良く分からない。


「あ、近くに何匹か魔物がいるね。やっちゃえ、トウマ」

「あいあいさ」


 主従関係ができあがったみたいになってしまっているが、何となく楽しいので文句は言わない。

 気配は確かに左右に複数あり、僕は頭をぶんぶんと振って意識を集中させた。


「ギャオオッ!」


 両サイドから、ウルフが襲い掛かってくる。大きさや毛の色から、亜種っぽいことだけは判別できた。ちょっと強めなのかもしれない。


「――五の型・舞」


 僕は手甲に切り替え、カウンター攻撃をお見舞いする。自身が突進する威力をそのままプラスされて殴られた二匹のウルフは、キャン、と高い声を上げて吹き飛んだ。……だが、倒した感触まではない。


「起き上がってるよ」

「分かってる!」


 構えは解かず、飛んでいった方向を注視し続ける。すると、僅かに周囲の雑草が揺れ動くのが見えた。

 ――来る。


「――無影連斬!」


 敵が範囲内に入ったと察知した瞬間に、僕は剣術士スキルでの連撃を放った。一帯の雑草が全て粉々になって舞い上がり、それらと同じようにウルフたちもまた、無数の斬り傷を刻み込まれながら舞い上がった。

 ドサリと倒れればもう、二度と起き上がることはない。


「はあー、便利なもんだよね、それ」

「ヴァリアブルウェポンのことだね」

「大量のスキルも、それに合わせた武器も。……ホント感謝しなよ、バルカンさんとグレンさんに」

「あれ、勇者グレンの話、知ってるんだ?」

「バルカンさんに聞いた」


 そう言えば、バルカンさんはしばらくギルドに居候していたんだもんな。聞く機会はいくらでもあったか。

 ただ、何となく今のニュアンスは、スキルのことも絡めていたような気がするけれど。……まあ、いいか。


「さ、次は岩壁が待ってるよ」

「……マジかあ」


 スイジン家の秘密施設も岩壁がその入口になっていたけれど、こういうところが山中には幾つもあるようだ。よじ登っていくしかないのだろうか。


「よっと」


 ……ナギちゃんはほんのちょっと突き出た部分を足で蹴りながら、簡単にジャンプで上っていく。リューズにずっといたなら、くノ一にでもなれていたんじゃないか、彼女。


「よいしょ……」


 当然ながら僕は、未経験のロッククライミングをする羽目になる。そんな情けない姿に、ナギちゃんはまた大笑いするのだった。


「はあ……疲れた」

「お疲れ。まあ、だいぶ頑張った方だと思うよ、うん」

「そう思うならニヤニヤしないでほしいけどね……」

「はは、ゴメンゴメン」


 一しきり笑った後、ナギちゃんは山頂の方を見つめた。


「というわけで、もうすぐ遺跡に辿り着ける。ここからはボク一人で行ってくるよ」

「……本当に大丈夫?」

「問題ないってば。多分、奴を怒らせたらすぐ音とか衝撃で分かるだろうから、そこで助太刀に来てもらえるかな」

「うん。超特急で駆けつける」

「お、十秒以内じゃないと怒るよ?」

「……せめて二十秒」

「ん、まあそれくらいなら許してやろう」


 これには僕も笑いを堪えることができなかった。


「……じゃ、よろしく頼むよ。勇者サマ」

「ナギちゃんも、気を付けて」


 頷いて、彼女は一人、歩いていく。しとしとと降る雨の中、その姿は木々に隠れ、すぐに見えなくなってしまった。

 それまで賑やかだった分、静かになると途端に寂しさが押し寄せてくる。


「……ふう」


 魔皇に感づかれてはならないので、ここでじっとしておくしかない。でも、魔皇がいるであろう場所にナギちゃんを一人で送り込むというのは、やはり心苦しくなった。

 耐えられると思ったんだけどな。かなりの焦燥感だ。

 森を満たすのは、雨が枝葉を叩く音。さっきは遠くに聞こえていた戦闘音も、ここまで来たらもう届かない。

 後は……自分の心音が、やけに大きく聞こえた。

 もう、遺跡へ向かおうか。動き出しそうになる足を何度も抑えながら、僕は待った。辛抱強く、待ち続けた。

 嫌な想像が頭をよぎっても、そんなことはないのだと首を振って、待ち続けた。

 ……そして。


 ――ゴオォン!


 大きな音が轟いた。間違いない――今のは山頂からだ。


「よし――待ってて、ナギちゃん!」


 ありったけの補助魔法を身に纏って。僕は全速力で、じめじめと湿った山道を頂上まで駆け上がっていった。


「あっ……!」


 坂を上りきると、眼前には大きな遺跡が佇んでいた。苔だらけで、蔦も這っていて、紀元前からここにあるというのも納得の外観だ。

 ナギちゃんはこの中へ一人で入っていき、そして恐らく今、魔皇アルフと対峙している――。

 中は薄暗かったが、躊躇なんて一秒たりともしている暇はなかった。走る勢いを落とさず、僕は遺跡に進入する。


「――ライト」


 光魔法を使えば、視界は確保できる。大丈夫だ、このまま進んでいこう。

 ジア遺跡のときとは違い、遺跡内部は迷路のようぬはなっていなかった。その代わり、一つ一つの空間が結構大きい。真っ直ぐ進んで三つ目の広場に来たが、まだ魔皇とナギちゃんの姿は見えない。


「……ん」


 ただ、音は微かに聞こえてきた。固いものが壁か地面に衝突する音だ。走っているので分からないが、多分揺れも起きていることだろう。

 四つ目の部屋で、魔物の群れが進路を塞いできた。マンティスが三匹、ビーが四匹だ。数は中々多いが、立ち止まってやる時間はない。


「はあ――大牙閃撃!」


 駆け抜けざま、巨大な二対の斬撃を生じさせる。僕はその斬撃を追い抜かして走り去ったが、背後では断末魔の鳴き声と、肉の裂ける音がハッキリと聞こえた。

 止まることなく、遺跡内を突っ切って。

 六つ目の広場が見えてくる。

 ――いた。

 あれが、魔皇アルフ。これまでに見た二体と比べ、とんでもない巨体だ。頭は遺跡の天井スレスレの位置にある。目算ではあるが、体長は四メートルほどか。ただ、高さ以上に凄まじいのは体の造りだ。竜を思わせる深緑の鱗、そこから突出する無数の棘。大きな尻尾は数えてみると三つもあり、それらにも棘が生えている。奴はこの棘を射出して攻撃してくるわけだ。

 相対するだけでも相当な威圧感のある敵。……そして今、前に突き出されている手の中には。


「ナギちゃんッ!」


 固く握り締められたその手の中に、ナギちゃんの姿があった。

 息ができなくなっているのだろう、とても苦しげな表情をして。


「うおおおおッ!」


 ボロボロになったナギちゃんは、今まさにアルフに食らわれようとしている。

 間に合ってくれ。そう念じながら、僕は限界まで速度を高めて飛び込んでいった。


「――!?」


 アルフが醜悪な顔をニヤリと歪める。嫌な予感がして、咄嗟に二の型・剛を発動させた瞬間、死角から二本の棘に挟み撃ちされた。片方は避けたが、もう片方が直撃し、僕は右側に吹っ飛ばされる。


「ぐっ……!」


 剛のおかげで怪我はなかったが、救出のチャンスをフイにしてしまった。慌ててもう一度駆け出すが、そのときにはもう、奴の手は大きく開かれた口のすぐ近くにあって。


「ナギちゃーんッ!」


 叫びながら、必死の思いで飛び込む。

 けれども、最早明らかに手遅れな距離だった。

 弓を使おうがスキルを飛ばそうが、どうにもならない僅かな刻限。

 嫌だ――心の中で吼えながら、僕は我武者羅に剣を振った。

 ……ごめん、ナギちゃん。


「何か言った?」

「えっ?」


 予想外のことに、僕は勢い余って魔皇の手に衝突しかけ、慌ててその手を蹴って飛び退いた。

 今の声は、間違いなくナギちゃんだ。でも、彼女は今もあの手の中に……。

 ……いない。


「ちょっと油断したけど、あんなんでやられるワケないって。心配ご無用」

「ナギちゃん……」


 安堵して一気に力が抜けてしまい、魔皇を前にしているというのに僕はへたり込んでしまった。


「おーい、勇者サマ。これからが戦いだよ」

「あはは……そうだね。ごめん」

「はい、立った立った」


 ナギちゃんに言われ、僕はゆっくりと立ち上がる。……うん、一番危険な場面は乗り越えたんだから、大丈夫だ。

 彼女が自分で乗り越えてくれたから。


「……ま、心配してくれてアリガト」

「……どういたしまして」

「助けられたらもっと格好良かったけどね?」

「……スミマセン」


 助けにくるまでに激しい攻防があったのだろう、ナギちゃんの服は所々破れている。少し恥ずかしそうにしているから、あまり見ないでおこう。

 いよいよ魔皇との戦いなんだから。今はただ、集中するのみ。


「……行くよ、トウマ。一緒にヤツを倒そう」

「……うん!」


 僕とナギちゃんの共闘で、魔皇アルフとの戦いが――始まった。


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