3.取り残された家


 街外れと言うだけあって、東の端は古い木造の民家ばかりが建ち並んでいた。それも、何軒かは相当昔に主を失ったであろうに、放置され続けているせいで蔦が這っていた。

 家が建っていた痕跡だけが残る土地もちらほら見える。

 人の姿もあまりないが、魔物の姿もないようだ。とりあえず胸を撫で下ろす。


「……まあ、もう少し探してみようか」


 物陰に潜んでいる魔物や、襲われそうになっている人がいるかもしれないし、念のため見回っておくべきだろう。

 北側は山なので、まだ魔物が下りてくる危険性はある。南は海なので気にする必要はない。そして東はこの先平原が続いているようで、視認はできないが遠くに別の町がありそうだった。これ以上東へ行かなくてもいいだろう。


「……ん?」


 歩いていると、何かの気配がしたように思えて、そちらへ方向を変えてみる。道は北へと伸びていた。

 誰かがいるのか、或いは魔物か……気のせいなのか。注意は払いつつ、ゆっくりと道を上っていく。

 やがて道は平坦になり、また幾つかの民家が建ち並んでいた。ここは、アクアゲートにもあったような、開発の遅れた地区なのかもしれない。若しくは、こういう静かな暮らしを望む者だけが集まった場所なのか、だ。

 建ち並ぶ家々の中に、一軒だけ少し離れた場所で孤立しているものがあった。それも、よくよく見ると外壁は崩れ、家の中が露わになっているし、内部も物が散乱して大変なことになっていた。

 もう長いこと放置されているようだ。

 僕は何となく気になって、その家に近づいてみた。そして、表札が残っていることに気付く。

 そこに書かれている名前には……覚えがあった。


「ミツカネ……」


 ミツカネと言えば、セントグランで出会ったザックス商会の副会長がシオウ=ミツカネという名前だった。リューズ人だろうとは予想していたが、ここが生家だったのか。

 ……しかし、もうこの家は随分前から廃屋になっているように見えるのだが。


「おや……どちらさまですかな?」


 ミツカネ家の前で立ち尽くしていると、近所に住んでいるらしいお爺さんが声を掛けてきた。ここに人がいること自体が珍しくて話しかけてきたのだろう。


「ああ……すみません、街に魔物が出たんで、ここにも見回りに来たんですけど……」

「おや、そうするとあなた様は、勇者様で?」

「あ、はい。分かりますか」

「見慣れない若者というと、今いらっしゃっているという勇者様しか考えつきませんでしたからな」

「なるほど」


 バルカンさんにもらった装備のおかげで、見た目もかなり勇者っぽくなっているし、一目見ただけで分かってくれることも多くはなったのかな。


「この辺りには、魔物はいなさそうですね」

「今のところは見ておりません。ひょっとすると、山の方から下りてくるかもしれませんが」

「ですね……もう少し上を見てくることにします」

「ありがとうございます。一時は生贄を出す出さないで論争になったりもしましたが……勇者様が来てくれたなら安心ですよ」

「はは……頼りないですけど、全力でリューズを守らせてもらいます」


 そう言うと、お爺さんは微笑んでくれた。


「……ところで、失礼ですけどこの辺りは中心部に比べたらだいぶ廃れてますよね……開発が遅れているとか?」

「いえ、そういうわけでは。……この一帯は、前回の魔王復活の際に魔皇アルフの襲撃を受けてしまったのです」

「ああ……」


 つまり、放置された民家や半壊した民家があるのは、魔皇アルフの襲撃によって避難した、或いは亡くなった人がいるからなのだ。その傷跡が今なおここには残っている……。


「この、ミツカネさんというのは?」

「覚えていますよ。どこにも所属はしておりませんでしたが、夫婦揃って戦いの心得がありましてね。この地域を守ってくれていたのです。ただ……アルフの襲撃が、真夜中にあった。二階が崩れているのが分かるでしょう。二人とも、寝ているところに攻撃を受けてしまった」

「そんな……」


 一部分だけが、削れるように露出した室内。あの中で、シオウさんの両親はアルフの攻撃を受けて亡くなった、と……。


「一人息子がいたのですがね。成人したその子は、すぐにリューズを離れてしまいました。今はどこかの国で堅実に働いていると聞いたので、安堵したものですが」

「……そうですか。辛い話をさせてしまいました」

「いえいえ、もう昔のことですから。あれ以来、大きな襲撃はありませんしね」

「復旧は遅れているんですか?」

「と言うより、元々街外れなこともあって、戻ってくる人が少ないのです。なので、住人のいなくなった民家はそのまま放置されているのですね」

「はあ……」


 取り残された家、取り残された地域。それでも愛着があって、まだここに住む人たちがいる。

 もっとリューズが平和になって、人口が増えれば。ここにも人が戻ってくるのだろうかと、少し感傷的に考えてみたりもしてしまった。

 コウさんとシキさんなら、そんな未来を作れるかな。


「……そろそろ行きます。お話、ありがとうございました」

「頑張ってください、勇者様」


 頷き、僕は再び歩き出す。とりあえず、ここから北の雑木林は確認していくことにしよう。

 舗装された道はすぐに途切れ、踏み固められただけの地面に変わる。次第に雑草も増えていき、先に待つのは獣道だ。ここまで来て魔物がいなければ、この地域は恐らく大丈夫だろう。

 そう思ったところで、気配を感じた。


「……!」


 背の低い何かがガサガサと走り回っている。人間ではなかった。反射的に武器を構えると、茂みからウルフが飛び出してきた。

 やはり、ここにも幾らかはやって来ていたのか。

 剣を振るい、スキルでウルフを斬り裂こうとする。そしてスキルが発動しようというまさにその瞬間、


「――あっ」


 遠くから一発の矢が飛んできて、ウルフの首筋を貫いたのだった。

 ……オーガストさんがここまで来てくれたのだろうか。


「……ふう」


 矢が飛んできた方向から聞こえてきたのは、予想を裏切って女性の声だった。戸惑ったまま立ち竦んでいると、茂みを掻き分けてその人物がやって来る。


「あ……どうも、こんにちは」


 僕と同じ年くらいの、女の子だった。藍色の長髪が花の形をしたかんざしで留められ、片側だけ耳が出ている。丸っこい目に明るいブラウンの瞳、そして白い肌。身に着けているものはどれも着古した感じのものだったが、それでも大和撫子と言いたくなるような少女だった。

 彼女は自身の得物である弓を下ろして、僕に挨拶をしてくれる。


「こ、こんにちは。今のは、君の?」

「はい。私、一応弓を使えますから。魔物が襲ってきたっていう話を聞いて、近くを見回っていたんです」

「そうだったんだ……ありがとう、助かるよ」


 ギルド以外にも戦える人がいてくれるのは心強い。ミツカネ家もそういう一家だったようだし、案外戦力は多いのかもしれないな。


「ひょっとして、勇者様ですか?」

「うん。僕もここの見回りにね」


 勇者と分かってくれたことに気をよくして、僕は笑顔で答えた。


「まあ、君がいるなら大丈夫そうだけど。……僕はトウマ。君は?」

「私は――」


 彼女が名乗ろうとしたところで、またガサガサという音が聞こえた。魔物か、と身構えたのだが、


「やーっと見つけた!」


 そう言って駆け寄ってきたのは、セリアを宿まで送って戻ってきてくれたナギちゃんだった。多分、フドウさんたちに僕が東側に行ったと聞いて来てくれたのだろう。


「あれ、アオイじゃん。久しぶり」

「ナギ様。お久しぶりです」

「あ、知り合い?」


 僕が訊ねると、


「まあ、同年代だし。この辺に住んでるけど、学校は一緒だったからさ」

「そうですね、とても懐かしいです」


 学校か、この世界に来てからあまり意識することもなかったが、若者の知り合う場所と言えば確かにそこだよなあ。


「どうしてアオイとトウマが?」

「ん、この子が付近の魔物を倒してくれてたみたい」

「あー、弓術士だもんね。なるほど」


 納得したようにナギちゃんは何度も頷いた。


「あ、失礼しました。私はアオイ=ハヅキと言います。お会いできて嬉しいです、勇者様」

「こちらこそ。どうもこの辺は君に任せても良さそうかな」

「多分、いたとしてもあと数匹ほどでしょうし、大丈夫だと思います」

「アオイなら楽勝だよ。とりあえずトウマ、魔物の数はだいぶ減ったらしいから、一度集まろう」

「ああ、了解。……じゃあ、よろしくお願い、アオイちゃん」

「勇者様も、魔皇アルフの討伐、どうかよろしくお願いします」

「もちろん!」


 力強く答え、僕はナギちゃんとともにその場を離れた。一度だけちらりと背後を振り返ると、もう弓を構えて魔物を警戒するアオイちゃんの姿があった。ナギちゃんの言う通り、彼女がいれば問題なさそうだ。


「あの地域のこと聞いた?」


 ふいに、ナギちゃんが聞いてくる。


「昔、魔皇の襲撃があったって話かな」

「そ。あの子もそのせいで、両親がいなくってね。寂しそうにしてたんだ」

「……そうだったんだ」

「だから、元気そうで良かったや。今どうしてるのか、正直怖くて行き辛かったんだけど、来て正解だった」

「ふふ。優しいね、ナギちゃん」

「だー、何でそういう方向になるの!」


 やっぱり褒められるのは慣れないらしい。反応が面白いな。

 ……ナギちゃんはこの戦いが終わったらどうするのだろう。ギルドに戻るのか、それともここに残るのか。

 聞いてみたいとも思ったが、今は止めておいた。

 全部終わったら、そのとき彼女はちゃんと答えを出すはずだ。

 それを見届けるだけ、できればいい。


「頑張ろう、ナギちゃん」

「……おう」


 気のせいかもしれないが。

 彼女の白い頬が少しだけ、赤らんでいるようにも見えた。




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