2.破られた均衡


「――砕!」


 強烈な拳を叩き込み、甲虫型の魔物を一撃で打ち砕く。

 襲われていた人の感謝の言葉を背に、僕はすぐさま次の場所へ。

 今、首都ハレスは全域で魔物の襲撃を受けていた。山中から大勢の魔物が押し寄せてきたわけだ。こうして走り回りながら、既に三十匹以上の魔物を倒してきたが、街の混乱は全く収まる気配がない。


「ワラビ、三メートル後方に魔法を!」

「りょーかい!」

「よし――バレッジショット!」


 前方でオーガストさんとワラビさんが戦っていた。オーガストさんが矢を放ち、敵が吹き飛んだところに火柱が立ち昇る。見事な連携プレイだ。


「お二人とも、どんな感じですか?」

「中々厳しいね。これが今までのような脅しじゃないことは確実だ。ただ、街を滅ぼすつもりかと言われればそうでもなくて、じわじわと攻撃を続けることで生贄を連れて来させるのが目的な感じかな」

「我慢できなくなってきたってことかもねー」


 そんな会話中にも、魔物は襲い掛かってくる。僕は武器を弓に換装し、


「――ブラストショット!」


 強烈な一発で魔物――マンティスだったな――を爆散させた。


「ひゅう、やっぱり凄いな。それだけ強いのに、弓術がメインじゃないって言うんだから」

「ま、純粋に努力の結果ってわけじゃないんですけどね」


 この武器もスキルも、過去の勇者たちに与えられた恩恵だ。これまでの戦いによって僕自身もそれなりに強くはなったが、まだまだ頼っている部分は大きいだろう。


「謙遜しなくても。……そうだ、ちょっとした弓術のテクニックを教えてもいいかな?」

「テクニック?」

「うん。これができるならある程度の実力はあるってことだし、謙遜だってことが分かるじゃない」

「け、謙遜じゃないんですけど……教えてもらえるならぜひ」


 了解、と笑ってオーガストさんはクロスボウに矢を番えた。


「普通に撃つ矢は、当然ながら直線にしか飛ばないよね。でも、魔力を込めて撃つ矢であれば、ほんの少しだけ弾道をコントロールすることができるんだよ」

「ははあ……」


 すばしっこく動き回っているスネークに狙いを澄ませて、オーガストさんはスキルを発動する。


「――パワーショット」


 魔力はスキルでしか込められないので、一番お手軽なパワーショットで例を見せてくれるようだ。仄かな光を発しながら飛んでいく矢は、確かにゆっくりとその軌道を左に逸らしながら進み、最後は正確にスネークの体ど真ん中を貫いた。


「こんな風にね。敵を油断させるには、これくらいの変化でも十分役立つはずだ」

「凄いです。戦略の幅が広がりますね」

「スキルは世界に七十二ある。ただ、普通はその中でも十種類くらいしか使うことができないから。皆その中で必死に考えるわけだよ、どうすれば上手く戦えるのかを」

「エンチャントなんかもそうですよね」


 ミレアさんのことを思い出して、僕は聞いてみた。


「そうそう。……トウマくんはさ、そういう制限をまるで無視しちゃってるとんでもない勇者なわけだから、幅広く色んなテクニックを手に入れていくと面白いと思うよ。頭も良さそうだし、どんどん吸収して強くなれるはずさ」

「褒めすぎですよ、オーガストさん。でも……ありがとうございます」

「どういたしまして」

「よーし! オーガスト先生から教わったんだから、実践実践!」


 急にワラビさんからそう命じられたので、僕は慌てて弓を構える。まだスネークが地面を這っており、実践の相手とするにはちょうど良さそうだった。

 敵の動きに矢の先を合わせる。そうしておいて、わざと当たらない位置へ向かって矢を放った。

 スネークはその軌道を視認して油断したのか、特に避けるための動作もせずに動き続ける。しかし、曲線を描くようにと魔力を込めた矢は僕のほぼ想像した通りに曲がっていき、見事スネークの体に突き刺さったのだった。


「おお、筋がいいね」

「トウマくんすごーい! そんなに上手くいくとは思わなかった」

「あはは……偶然です。でも、これは本当に便利だ」

「そう言ってくれると嬉しいね。少しは勇者の力になれたってことで」

「はい、とっても。ありがとうございます」


 初めてでこれだけ制御できるのなら、少し練習すればモノにできるはずだ。僕はオーガストさんに、心から感謝の言葉を告げた。


「じゃあ、ぼくたちは他の場所を見に行くよ。トウマくんもよろしく!」

「また後でー」

「お願いします、また!」


 手を振って、僕たちはまた別れた。

 補助魔法を使い、忍者のように跳躍して街を駆け巡りながら、僕はさきほどの、オーガストさんの言葉を反芻する。

 幅広く色んなテクニックを手に入れていくと面白い、か。

 少し前――アクアゲートでは、とにかく自分の持つ力を使いこなそうと一人でトレーニングに励んだりもしたが、それだけが近道ではないんだな。

 僕が関わる人の戦い方、その全てが教本と思えばいい。沢山の人から学んで、それを吸収していくことでも僕は強くなれるはずだ。

 ちょうど今みたいに。


「――レンジショット!」


 視界に捉えた魔物の群れに向かって、魔法の矢を放つ。

 範囲スキルであっても、軌道を曲げるくらいであれば何とかできるようだ。

 飛んでいった五本の矢は全て右方向、つまり魔物たちの走っていく先へズレていき、全発命中してくれた。こうして思い通りに行ってくれると凄く爽快だ。


「きゃあっ」


 ビートルが数匹、近くの民家に攻め込もうとしていた。また弓術士のスキルを使ってもいいが、矢のストックは十数本しかない。軌道コントロールは十分使えるレベルだし、練習はこの辺にしておこう。

 七の型・影で速度を上げてビートルたちの前に立ちはだかる。そのまま腰を深く沈め、ツノ攻撃に対してカウンターを決めていった。


「――五の型・舞」


 腹の部分に強烈な拳をお見舞いされたビートルたちは、数メートルほど吹っ飛んで動かなくなる。念のために確認してみたが、もう生きてはいない。


「あ……ありがとうございます、勇者様!」

「いえ。ギルドの人たちや領家の人たちも戦ってくれているんで、しばらくの間身を守っていてください!」

「は、はい!」


 正直なところ、安全だと言える場所はないし、早急に魔物を倒しきるしか街の人を守る方法はない。ただ、ようやくと言うべきか、魔物の数は減ってきているように思えた。


「トウマ殿!」


 フドウさんだ。声がした方を向くと、そこにはフドウさんの他にトウゴさんもいて、背中合わせに戦っているところだった。


「――交破斬!」

「おら――爆!」


 それぞれ大きなマンティスを一発で仕留め、互いの力量を確かめ合うかのように不敵に笑う。


「どんな感じです?」

「うぬ、二人でもう百は倒したかと思うのだがな。……魔物の姿も減ってきたか」

「んだな。どうも不規則にアルフからの遠距離攻撃もあるみてえだが」


 そう言えば、公民館の近くにアルフの棘が落下してきたのだった。ああいう遠距離攻撃が時折街を襲っているというのは恐ろしい。


「しかし、東の街外れに向かった者がまだおらんのだ。かなり離れた場所ゆえ、あまり魔物もいないとは思うのだが……」

「ここの魔物を倒しきったら行こうとしてたんだがよ、トウマ。もし余裕があるなら見てきてくれねえか?」


 ざっと見回す限り、この周辺にはあと二十匹ほどの魔物が残っている。手伝うかどうか迷ったが、先に見てきてほしいと言ってくれているのだし、行かせてもらおう。


「東の街外れですね。行ってきます!」

「ああ、頼んだ!」


 この場を二人に任せ、僕は再び跳躍する。東の街外れだけ誰も行ってないということは、裏を返せばそこ以外は誰かしらが守ってくれているということだ。安心して任せておこう。

 目指すは東の街外れだ。現れる魔物たちをすれ違いざまに斬り捨てつつ、僕は全速力で東へ駆けていった。





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