十二章 囚われの島―生贄の少女は―
1.雨の日の儀式
スイジン家の事件から二日が経ち。
シュウ=スイジンの国葬が執り行われる日がやって来た。
ハレスで一番大きな建物である公民館が貸切られ、内部には白黒の鯨幕が下げられ。設置された長椅子に、次々と参列者たちが訪れ、席を埋めていく。
街の内外、或いは国外からも。スイジン家当主の死を悼む者は多く、参列者の数は予想された限りでも数千二規模になるようだった。
その日は、空模様も彼の死を悲しんでいるかのような雨だった。激しくはないものの、しとしとと降り続く冷たい雨。そのために、公民館へ向かう人たちは皆傘を差し、それが一輪ずつの手向けの花のようにも見えるのだった。
僕たちも、早めに宿を出発して公民館に到着していた。そこには次期当主としてテキパキと準備を進めるコウさんや、妹のキリカさんがいて、とても長話ができる様子ではなかったけれど、簡単に挨拶だけは済ませた。後は式が始まるのを、椅子に腰かけて待つばかりだった。
「……こんなに沢山の人に見送られるのねえ」
「そうだね。色々あったけれど、リューズで一番権力を持っていた一人なわけだから」
僕の言葉に、セリアは頷いた。
この二日間で、シュウ=スイジンが影で行ってきたことは全て国民に明かされた。シキさんはよく考えてはどうかと助言したのだが、コウさんは隠していては父と変わらないのだと、国民へ伝える決意を固めたのだった。
当然ながら人々は困惑し、怒りを露わにする者も悲しみに暮れる者もいた。大多数の人がシュウへ悪感情を抱いたようだが、それでもこうして国葬には参列してくれている。フドウさんの推察では、生贄投票に乗っかってしまった自分たちの心の弱さを恥じていることも影響していそう、とのことだ。まあ、確かに一度はシュウを選んでしまったわけだし、そういう心理は働いているのかもしれない。
「おはよう、トウマくん、セリアちゃん」
ちょうどそこで、ギルドの人たちがやって来た。フドウさんにオーガストさん、ワラビさんに……トウゴさんもちゃんといる。まだ一緒にいるのに慣れないようだったが、そのうちまた元通りになるのだろう。
「セリア殿、傷の具合は?」
「ありがとう、フドウさん。うーん、まだ痛みはあって、調子は良くないけど……ま、すぐに治るわ」
「そうか。すまぬな、守り切れず」
「いいんですよ、あんな不意打ち。トウマだって全然気付かなかったんですから」
「う……ごめんてば」
セリアを撃った銃は魔導兵器だったようで、出力はセーブされていたようだが彼女の体にかなりの悪影響を及ぼしていた。すぐに治癒魔法を使っていなければ、どうなっていたことか。想像するだに恐ろしい。
「フドウさんもホント、腕が鈍ったもんだよな」
「おや? 土下座までして謝ってきたヤツが何か言っておりますぞ?」
「あ、おい! それは言わねえ約束だろ……」
「はは、ワラビ。もう許してやりなよ」
「だって私はまだビンタしてないもん」
「いつでもやりやがれってんだ」
そうか、トウゴさんは土下座で謝ったのか……。男らしいと思ったけれど、普段の性格が災いしてすっかりいじられているな。
まあ、仲が良くてほっとした。
「しかしよ。あの人も馬鹿だったよな。ちっとは立ち止まって考えりゃ良かったのに」
「トウゴが言っても説得力はないけどねー」
「うるせえ」
「恐怖は人の考えを鈍らせるんだよ。トウゴがそうだったみたいにね。シュウさんはそれの何倍も大きいものを抱えていた。そして、それを刺激する謎の人物もいた……」
「誰だったんだろうね、結局」
「うぬ。星の導きについてはギルドの各支部に連絡したのでな、方々で調べてくれているところではある」
「あ、そうなんですね。ありがとうございます」
こういうところで世界中に支部のある組織は真価を発揮するのだな、と思う。誰かが役立つ情報を寄越してくれるだろうか。アーネストさんやミレアさん、ローランドさんにマルクさんといった顔が次々と浮かんだ。
「コーストフォード支部のアーネスト殿は、少しばかりコーストンで怪しいところがあると口にしていたが……」
「アーネストさんが?」
「うん。公都でのことじゃないらしくてね、調べてみるって言ってたから、その結果待ちかな」
「ふむふむ」
コーストンのどこかで、僕たちが遭遇したような怪しい事件が起きているのだろうか。だとしたら心配にはなる。セリアの故郷なわけだし。
隣を見ると、やはりセリアは不安げな表情をしていた。
「大丈夫だよ」
「……そうね。ありがと」
事件がイストミア付近で起きていないことを願うばかりだ。
「参列者も結構増えてきたな。もうちょっとで始まる頃合いか」
「うぬ。我々も近くに座らせてもらおう」
そう言って、ギルドの面々はまとまった空席があった僕たちの前方に座る。周囲を見てみると、確かにもう三分の二以上は席が埋まっていたし、献花台には沢山の花が並べられていた。
「ふう、緊張するわね」
「やっぱり、こう人が多いとね」
それでも、セリアは以前よりも群衆慣れしているように思えた。いいことだ。
十分ほど経つと席はほとんどが埋まり、人々の雑談で室内はかなりざわめいていた。しかし、前方からコウさんが現れると、お喋りの波は忽ち引いていった。
「それではこれより、シュウ=スイジンをお送りする式を執り行わせていただきます」
そうして、式が始まった。
まずは黙祷を捧げ、コウさんが式辞を述べる。父親の葬儀ではあっても、あえて形式的なものを心掛けたような式辞だった。それが終わると、参列できなかった各国の関係者から寄せられた別れの言葉もまた、コウさんによって読み上げられていき、その後に参列者の中からも数名、別れの言葉が述べられた。
大規模ゆえ、とても長い時間のかかる式ではあったけれど。だからこそ、シュウ=スイジンという人物が如何に大きな存在であったかということが良く分かった。
その大きさは、式の進行を淡々と続けたコウさんにも、ひしひしと伝わっていることだろう。
ここに集まった人々の多さ。それを彼は、受け止めている。
……雨は、いつまでも降り続いていた。
*
「お疲れさまでした」
「いえ。私がしたことなんて僅かです。皆、こんな私の指示を文句も言わず聞いてくれて」
「当主の器を感じてるんですよ、皆」
「お、いいこと言うね、セリアちゃん」
「もう、茶化さないでください、ワラビさん」
式が終わり、参列者もすっかりいなくなってから。
僕たちは控室に集まって話をしていた。
終始緊張しっぱなしだったであろうコウさんを労うために集まったのだが、案外彼は落ち着き払っている。セリアの言うように、当主の器がしっかり備わっているのだろうな。
「これからもしばらくは忙しい日が続くんだろうな、坊ちゃん」
「トウゴさん、もう坊ちゃんじゃなくていいでしょう。……まあ、当主を継ぐための手続きもありますからね。忙しいとは思います。でも、それしきのことで弱音を吐くことはありませんよ」
「はは、そうでなくちゃな」
「トウゴ、坊ちゃんなんて呼んでたんだ?」
「一応仕えてたわけだしよ」
ギルドの人たち、トウゴさんが加わってから賑やかだなあ。
「こんなことになるとは思いませんでしたけど……私は、これでようやくライの遺志を果たすことができそうです」
「うん。お兄ちゃんなら絶対にできるよ。私も精いっぱい支えていくから」
「ありがとう、キリカ」
「うん、やっぱりキリカ様は優しいお方だ」
「キリカちゃんのことはキリカ様なんだ。もっと親しい呼び方すればいいのに」
「う、うるせえ」
……良いことを言っているのに、頻繁にコントっぽいやりとりが入るな。
面白いからいいけれど。
「私のことはさておき、残る問題は一つですね」
「魔皇アルフの討伐……」
「ええ。シキさんが中心になって立ててくれた作戦があるようですが」
「私というよりも、ナギが考案者だな」
「ボクは生贄役やりますって言っただけだよ」
あくまで素っ気なくナギちゃんは言う。キリカさんに余計な気遣いをされないためだろう。無駄なのは何となく分かっていそうだけど。
「……ありがとう、ナギちゃん。こんな私のために」
「だーかーら。この方がキリカちゃんがやるよりいいんだってば」
「……ふふ。そういうことにしておくわ」
ナギちゃんとキリカさん。互いを思い合う素敵な友情だな。
「作戦の決行日は二日後を予定しているんでしたか」
「うむ。シュウ殿の動きだけが気がかりだったが……もうそれを気にする必要もなくなったのでな」
「ですね。後は決行に向け、各自英気を養うだけ、と」
「そうしてもらいたい。特に、セリア殿にはな」
「あう。気遣ってもらってすみません」
一応、普通に動けるくらいには回復しているものの、戦闘になったら不安が残る。セリアにはしっかり休んでいてもらわないと。
「では皆さん。本日は参列いただいて、本当にありがとうございました。また二日後、よろしくお願いします」
「コウ殿も改めて、お疲れ様であった。ではな」
「またね、コウ様ー」
「あばよ、坊ちゃん」
口々に別れの挨拶をして、全員が終わると僕たちは控室を出る。
そして、さあ帰ってゆっくりするぞとセリアが大きく伸びをした、そのときだった。
「うおっ?」
突如として、揺れを感じたのは。
「何だ何だ、地震か?」
「まあ、そんなに大きくはなかったけどね……」
オーガストさんは小さな声で言いつつ、早歩きになって外の様子を確かめに行く。その後をワラビさんが追った。
「襲撃だーッ!」
「えっ?」
街の人の叫び声が、ここまで聞こえてきた。――襲撃。それはつまり、魔物の……。
「まずいぞ皆! 外に魔物がいる!」
「何?」
オーガストさんの報告に、全員が駆け足で外へ出た。扉を抜けた先には、なるほど彼の言うように数匹の魔物が我が物顔で歩き回っている。
「また、アルフの脅しか……?」
コウさんが首を傾げたが、どうもそのレベルではなさそうだということをすぐに理解させられた。
――ドオォン!
大きな衝撃音と揺れが、僕たちを襲ったのだ。
それを発生させたのは。
「……棘?」
細長い、一本の棘。どこからか飛んできたその棘が、地面に突き刺さったのだ。
これは……。
「魔皇アルフ……!」
「え、じゃあアルフが攻撃を……?」
先日のような脅しではなく、どうやらアルフが本気で攻撃を仕掛けてきたようだ。
ひょっとすると……スイジン家の当主が死んでしまったことに気付き、生贄が差し出されなくなると思われたのかもしれない。
タイミング的に、それなりに有り得そうな仮説だった。
「皆の者、とにかく街に現れた魔物どもを倒すのだ! 被害を食い止めねばならぬ!」
フドウさんの掛け声で、全員が散り散りになって魔物を倒しに向かった。流石の行動力だ。
状況の急転にまだ頭はついていけていないが、とにかく僕たちも現れた魔物を倒していくしかない。
ただ――セリアは。
「トウマ! セリアはボクが宿まで連れてくよ」
「ナギちゃん……」
「……分かった。お願いしてもいいかな」
「とーぜん! すぐ戻るから、それまで頑張っててよ! ほら、セリア」
「わっ。あ、ありがとね、ナギちゃん!」
ナギちゃんは風のように颯爽と、セリアを連れて宿まで走っていった。どこまでも気の利く子だ。ここに来てからというもの、彼女には救われっぱなしだな。
「……さ、やるか!」
頑張れと応援もされたし、半端な活躍じゃ終われない。
街の被害を最小限に食い止めるため、魔物どもを掃討しよう。
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