15.過ちの代償
「トウマさん、セリアさん!」
「フドウさーん!」
後方から、僕たちを呼ぶ声と、バタバタと複数の足音が聞こえてきた。どうやらフドウさんの使った発煙筒を見て、全員集合してきたらしい。さっきフドウさんが倒したオニマルさんまでやって来ている。
皆、僕たちのところへ駆け寄ってくると、目の前で倒れ伏すシュウの姿を認めて一様に驚いていた。
とりわけ悲しんでいたのは、コウさんだ。実の父親が血塗れで倒れているのだから、それも当然のことだろう。
「父上……」
掠れた声でそう言ったけれど、シュウから言葉が返されることはなかった。
「ここで一体何があったんだい?」
オーガストさんが訊ねてきたので、僕とフドウさんで簡潔に一部始終を説明する。ここで魔道兵器が製造されていること、スイジン家とライン帝国に繋がりがあったこと、シュウが危険な薬を使用して魔物化したこと……。どれも信じ難い内容には違いなかったが、誰も口を挟まずに最後まで聞いてくれた。話の後には、皆一様に深い溜息を吐いていた。
「そうですか……父上が」
「よもやライン帝国と繋がっているとはな……」
シキさんも、対立する家の長がそのような悪事に手を染めていたことに驚きを隠せない様子だ。尤も、掴みどころのない怪しさは以前から感じていたのだろうが。
「オーパーツねえ……」
ナギちゃんが呟く。視線の先には、棚に保管された魔道兵器があった。彼女にしろ他の皆にしろ、初めてお目にかかる代物だろう。気にかかるのも当然というものだ。ただ、ナギちゃんの口にしたオーパーツはこれではなく、魔道兵器が生まれる基になった銃のことだが。まあ、訂正するほどのことでもないか。
「ねえ皆、とりあえずキリカちゃんを救出しよ?」
大事なことを言ってくれたのはワラビさんだった。恐らくキリカさんは奥の部屋に閉じ込められているはずだ。僕がそう告げると、すぐさまワラビさんとオーガストさんがそちらに向かい、扉を開けて中へ消えていった。
「いたいた! 大丈夫だよー!」
「縛られていたけど怪我はしてないみたいだ」
二人はすぐに、キリカさんを部屋から連れ出した。彼女の腕には縄で縛られた痛々しい痕跡があったものの、確かに外傷はなかった。集まった皆の姿を見ると、ぱあっと笑顔を浮かべ、その中心にいたコウさんに向かって駆け寄ってくるのだった。
「お兄ちゃん!」
「キリカ……!」
コウさんは、しっかりとキリカさんを抱き止める。緊張の糸が切れた彼女は、コウさんの胸に埋もれて静かに涙を流していた。
「無事で良かった……」
「ごめんね、お兄ちゃん」
「いや、キリカのせいじゃない。……悪いのは全て、父上だ」
「……お兄ちゃん」
実の父との決別を示すかのような冷たい目で、コウさんは倒れているシュウを見つめる。彼は未だに起き上がらないものの、薄っすらとまぶたは開いており、意識は戻っているようだった。
「……父上。この状況ではもう逃げられない。観念してください」
「…………」
黙り込んだまま、ゆっくりとシュウが上半身を起こした。口の中に溜まった血を吐き出して、憎らしげに僕たちの方を睨みつける。そんな彼の振る舞いにシキさんは、
「……シュウ」
憐れみのこもった声色で彼の名を呼び、そして……彼の頬を思い切り殴りつけた。
「ぐふっ……」
「……これがお前の選んだ確固たる道だと言うのか。そうであるなら、私は貴様を軽蔑する」
「……ふん。とっくにしておるだろう」
殴られた頬に手を当てながら、しわがれた声でシュウは呟いた。
「そうか。……ここで終いか」
「父上」
「煩い、そう何度も呼ばんでよい……こうなった以上、話すしかないのだろうな」
彼は重い溜息を一つ吐くと、先ほどは隠していた裏の事情について語り始めた。
「……最初にライン帝国がスイジン家を訪れたとき、実を言えばまだ私には明確な計画などなかった。あったのはむしろ恐怖だ。彼らはその気になればいつでも、リューズを滅ぼすことができるだろうという恐怖。ゆえに、使者に対して否定的な態度をとる父に怒りを覚えたのだ。なぜ、そのように軽率な言動をとるのかとな」
「ラインの使者はトウスイ家にも訪れていたよ。だが、私の父もまた毅然とした態度で接していた。シュウよ、お前はライン帝国を怖がるあまり、誤った考えを持ってしまったのだろう」
「何が誤りなのか、誰にも指摘はできぬさ。……とにかく私には、恐怖と怒りの感情が萌芽していた。そしてその感情に付け込んできた者が一人、いたのだ。そう……ある意味ではあ奴が全てを掌握していたのかもしれんな」
「それは誰だ? その者が、貴様にどのような影響を与えたというのだ」
シキさんが畳みかけるように問う。対立し続けた憎き相手ではあろうが、それは裏を返せば彼にとって非常に大きな存在だということ。真実の全てを知りたいという強い気持ちが溢れているのだろう。
「あ奴は、ライン帝国に長くいたためか、その内情を知悉していた。リューズのオーパーツを研究し魔道兵器を製造したいが、なるべく秘密裡に行える場所を欲していること。もしもそんな場所が提供されるなら喜んで飛びつくだろうことを仄めかされた。そのことがあったからこそ、私の脳裡に計画が浮かんでいったのだ。父を見殺しにし、ラインと裏で繋がりを築く壮大なる計画がな」
「……ラインの者ではないのか」
「会うことは少なかったが……長い付き合いだ。私が使った薬もあ奴から渡された。とある研究の副産物だと」
「あ、あの薬を……!?」
思わず僕は声を出していた。シュウを唆したその人物が薬をも渡していたというのなら、そいつは僕たちが旅の途中で巻き込まれた事件でも、裏で糸を引いていた可能性がある。
そう、グランウェールで二度も耳にした合言葉の……。
「星の導き。……その言葉に聞き覚えは」
「……ほう。勇者殿も知っておったとはな」
……やはり。ジョイが使っていた薬品が出てきたことで疑いの色は濃くなっていたが、またもその言葉が繋がってくるのか。『星の導き』を合言葉とした組織的な何かは、少なくともグランウェールに留まらず、世界規模で暗躍しているようだ。
「お前たちは、私があ奴に唆されたように思っているだろう。だが……そうではない。きっかけはもたらされたのかもしれんが、確かにこれは私が選んだ道なのだ。だからシキよ、そうしたければ軽蔑するがいい。私は私なりに……必死でもがいだのだ。リューズの未来を憂いてな」
「……それを正す者がいなかったと、そう思うほかないのだろうな」
「正しさはきっと、後から決まるものだ」
シュウはそこで力なく笑った。
「……それで結局、その人物とは誰だ。よもや、隠し立てするつもりではあるまい」
「明かしたところで得にも損にもなりはしないだろうがな。……そう、お前も含め、ここにいるほとんどの者が、一度はその名を耳にしたことがあるはずだ」
「……何?」
この場にいる者たちにとって、既知の人物ということか。だとすれば、もしかすると僕とセリアも知っている人なのかもしれない。広く名を知られている有名な人物という可能性だってある。
「ふ。……あ奴の名は――」
名前は。
ごくりと生唾を呑み込んで、シュウの次なる言葉を待った。
しかし、彼は名前を発しかけたその状態のまま動きを止める。
そして、その双眸だけが驚愕したように見開かれた。
「――ぬ!?」
最初に気付いたのは、フドウさんだった。
「いかん! やられた!」
「えっ!?」
セリアが素っ頓狂な声を上げた。僕も一瞬、狐につままれたような顔になってしまったが、すぐにフドウさんの言わんとしていることを理解した。
――そんな馬鹿な。
「あ! 矢が!」
「何だって――?」
ワラビさんが、シュウの首筋を指さす。そこにはいつの間にか、一本の矢が深々と突き刺さっている。シュウはこの矢に射抜かれたことで、驚きの表情とともに硬直してしまったのだ。
恐らく、毒の類も塗られていたのだろう。彼はどう考えても――既に絶命していた。
「父上ッ!」
「お父さん!?」
突然の恐慌だった。
だって、まさか。そんな一瞬で彼の命が奪われるなんて、誰が考えただろう?
理由は単純明快だ。口を封じること、それしかない。
だが……それを実現するのは至難の業なはずだ。
こんなに沢山の人が取り囲んでいたのに。気配も感じなかったのに。
気付けば首に、矢は突き刺さっていた――。
「間違いない、トップクラスの弓術士でござる!」
「多分これは、スナイピングだ。僕たちが開け放したままの入口扉がルートだったんだろうが……そんなことがあるか!?」
流石のフドウさんとオーガストさんも、信じがたい状況に取り乱してしまっている。そんな中、逸早く行動に転じたのはシキさんで、
「仕立て人を追う。この場は任せた」
そう言うが早いか、凄まじいスピードで入口扉を抜け、犯人を追って行った。
残された僕たちは、とにかく落ち着こうというコテツさんの言葉で、深呼吸をしたりして、冷静さを取り戻すよう努めた。
「……まさか、こんなことになるなんて思わなかったっすね」
「シュウ様……」
「トウゴ。お主は仕立て人の心当たりがあったりはせぬのか?」
「いや、まるでねえ。俺が仕え始めた頃にはもうほとんど接触がなかったのかもしれねえし、あったとしても俺の前では会わなかったんだろ。信頼されてたわけでもないんだしな」
「……そうか」
トウゴさんの言う通り、シュウは彼のことを信頼してはいなかっただろうから、隠していたのは本当のことだと思われた。シキさんが仕立て人を捉えられなければ、手掛かりはほぼゼロだ。
「……父上」
惨めな姿のまま絶命したシュウを優しく寝転ばせながら、コウさんは一筋の涙を零した。どれほど悪事を働いた人間であっても、実の父親なのだから、そこに情があるのは当然だった。
……悲しいことに、父親の方にはそれがなかったのだけれど。
「父上は……遠い先のことばかりが見えていて。近くのものを見ることを、忘れてしまっていたんですね」
「コウ殿……」
「……すみません。皆さんからすれば、大悪人に見えることでしょう。私もそれを否定はしません。ただ……どうか父を、手厚く葬ることを許してください。父がリューズを愛していたことは、間違いないことですから……」
その言葉に、捕らえられていたキリカさんもまた、そうしてほしいと言うように黙ったまま頷く。二人がそう思っているのならば、他の者たちにそれを否定するような権利はないだろう。
シュウ=スイジン。悲しい人だ。とても近い場所に、信頼できる存在がいたというのに。遠くを見続け、独りで罪深き道を進み続けた結末は……とても哀れなものだった。
「……まずは、ここを出ようよ。こんな場所じゃ、気持ちが沈んで仕方ないでしょ」
ナギちゃんが、わざと軽薄な口調で言った。彼女だって少なからず動揺しているはずだが、気を遣ってくれているのだ。皆もそれを察して、
「そうっすね。とにかく、こんなところは出ましょう。シキ様のことも気になりますし」
「うむ。……では、出るとしよう」
反対する者は当然おらず、僕たちはぞろぞろと施設から出ていった。コテツさんとヒュウガさんがシュウの遺体を運び、しんがりのコウさんは父親の造り上げた光景を一瞥してから、未練を断つように首を振って歩きだす。
……こうして、キリカさんの失踪事件は解決を見た。父親であり、リューズの統治者の一人であるシュウ=スイジンの死を以て。
誰も口にはしなかったけれど、同じことを考えていたはずだ。これから先、リューズという国はどうなっていくのだろうか、と。
そして、それはきっとシュウの跡取り……コウさんに託される、非常に重い問題なのだった。
*
施設を出た後、僕たちはひとまずスイジン家までシュウの遺体を運んだ。家に仕える者たちは、当主の変わり果てた姿に慌てふためいていたが、その頃にはコウさんも落ち着きを取り戻していて、自身が次期当主として今後のことを決めていくと宣言し、的確に指示を与えていった。
遺体はしばらく当主の部屋に安置されることになり、二日後に国葬を行うことで話がまとまった。そのことはすぐに街中へ放送され、首都ハレスの外にも通信機での連絡がなされていった。
国葬の手配が終わったところでシキさんが戻ってきて、仕立て人が捕まらなかったと悔しそうにコウさんへ告げた。彼を以てしても、その手掛かりすら掴むことは叶わなかったようだ。殺害に使われたのが矢であることから、仕立て人が弓術士であろうことだけは明白だったが。
……星の導き。その合言葉が、だんだんと恐ろしく感じられてくる。人体実験に、国王の暗殺計画、そして魔道兵器の開発……。闇に満ちたそれらの事件にはいつも『星の導き』を合言葉とする者が裏で糸を引いていた。僕たちはその尻尾を、未だに掴めてはいない。
セントグランで、ヒューさんはこんな可能性を口にしていた。何らかの信仰心を感じるのであれば、挙げられるのはクリフィア教会くらいだ、と。……クリフィア教会。もっとその組織のことを調べるべきなのだろうか。魔王討伐の道からは少し外れることになるけれど。
或いは、誰かに調べてもらうか、だろう。
何にせよ、勇者の役割は魔王討伐であり、リューズでやらなければならないのは、魔皇アルフを討つことだった。生贄の期限は五日後であり、立てられた作戦がそのまま実行されるのなら、四日後にはアルフと戦うことになる。
……今は、目の前に立ち塞がる敵だけを見た方がよさそうだ。確かな平和の形を求め、様々な思いが渦巻いていたこの国を、結局絶望に叩き込むようなことだけはあってはならない。
勇者の役目を、きちんと果たさなくては。
全てが終わったころ、陽は傾いて茜色に染まりつつあった。
その色が今日はどうしても、悲しい色に思えてならないのだった。
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