14.悪の再臨
キン!
刃が交錯し、火花が散った。
フドウさんが踏み込み、シュウさんが引く。
幾度かの斬り合いの後、後方へ飛び退いたのはフドウさんだ。
「流石はスイジン家当主、といったところでござるな」
「貴殿も中々」
見ると、フドウさんは左手で脇腹を押さえている。そこからじわりと、赤いものが滲んでいた。
「フドウさん!」
「案ずるな。傷は浅い」
しかし、あの瞬間にフドウさんへ一撃を当てることができたとは相当の速さだ。
「――リカバー」
「……かたじけない」
僕の初級癒術で傷は治療した。フドウさん一人で無理をさせるわけにはいかない。
「はあっ!」
弓に換装し、注意を引くための矢を数本放つ。しかし、シュウさんは最小限の動きで当たる矢だけを躱しつつ駆けてきた。
「――交破斬」
スキルは僕とフドウさん目掛け二つ同時に飛んできた。一瞬で二度も刀を振るったということだ。そのことに驚愕しつつも、僕は冷静に斬撃を受け流す。
「――チェインサンダー!」
セリアが後方から魔法を放つも、すぐに察したシュウさんは刀をぐるりと回し、
「――光円陣」
陣を発動させて魔法を防いだ。……そんな使い方をするとは。
「セリア、動きが速いから気を付けて!」
「オッケー!」
相手はスピードタイプだ、僕とフドウさんの隙を突いてセリアが狙われることもあり得る。彼女もそれは十分理解しているので、設備の影に隠れてくれた。
「――ブラストショット」
「ふん」
魔力を溜めた矢を放つも、シュウさんは流水刃を上手く使い、矢柄の部分に刃を沿わせて進路を変えた。矢はシュウさんの後方で虚しく爆発する。
「――剛牙穿」
「うわっ」
いつのまにやら刃が届く場所まで近づかれている。僕は慌てて七の型・影を発動させて刺突を避けた。一撃、二撃、三撃。僅かな間に三回もの刺突が襲ってきたのは恐ろし過ぎる。
「食らうでござるよ」
「甘いわ」
刀を振るう者同士の斬り結び。そこには一切の雑念もなく、ただ研ぎ澄まされた感覚だけ。髪が斬られ、薄皮が裂かれ、それでも動きが乱れることはない。ハイレベルだ。
しかし、経験の差はシュウさんに少し分があるようだった。
「くっ」
刃が交差したとき、足払いを受けてフドウさんがバランスを崩す。そうして生じた隙に、シュウさんは大振りになって強力なスキルを発動した。
「――崩魔尽!」
「――バレッジショット!」
フドウさんに無情の刃が振り下ろされんとするその瞬間、僕の放った矢がシュウさんの刀にヒットした。一度目の衝撃では離さなかった刀も、二度目の衝撃で吹っ飛び、彼にも大きな隙が生まれる。
「――フリーズエッジ!」
そこに、セリアの魔法が飛ぶ。得物を失ったシュウさんは軽やかに跳躍してそれを避け、すぐさま転がった刀を拾い上げた。
「三人がかりなのにー!」
「攻撃がそもそも当たらないね!」
こちらも手数で勝負するとしよう。僕は全員に補助魔法をかけ、スピードを上げて特攻する。
剣も良いが、拳の方が連打ができる。武器を手甲に変え、スキルを使わずシュウさんに殴りかかった。しかし、彼は常に流水刃を発動しているのか、それともスキルを使わずとも器用に受け流せるのか、とにかく一つも攻撃がクリーンヒットしない。
「速い……!」
「噂には聞いていたが……面妖だな」
面白い、とばかりにシュウさんは薄笑いを浮かべる。その笑みに寒気がして、僕は一度身を引いた。
どうしてこれほどに余裕があるのだろうか。
「――ナイトメア!」
闇魔法がシュウさんを襲う。こればかりは避けられなかったようで、彼は鬱陶しそうに顔を顰めて身動きをとらなくなった。
隙だらけのようにも見えるが、視覚以外の感覚を集中して気配を察知しているのだろう。安易に攻撃すれば間違いなく反撃されてしまうな。
……それなら。
「――スナイピング」
狙いを定め、静かに矢を放つ。無音の矢が気配すらなくシュウさん目掛けて飛んでいった。
その名の通り、威力よりも気付かれないことを目的とする弓術士のスキルだ。
そして、使ったのはそれだけではない。
「ぬっ!?」
一度は斬ったはずの矢が、シュウさんの右肩を貫いた。彼は驚いていることだろう、確かに斬った感覚はあったのに、と。
「ダブリング――であったか」
「そうです」
フドウさんが答えるのに、僕は頷いた。攻撃を二重にする弓術士のスキル。オーガストさんも使うことがあるから、フドウさんも知っていたのだろう。
魔力消費は激しかったが、一撃を当てられたことは大きなプラスだ。
このチャンスを逃すまいと、フドウさんは勢い込んで斬りかかった。シュウさんの視覚は戻りつつあるようだが、利腕を射抜かれた彼の反応はやはり鈍っている。流水刃も上手く機能せず、左腕と左側の腰辺りが斬り裂かれ、鮮血が噴き出た。
「ぐうっ……」
遂にシュウさんが片膝をつく。如何に武芸に長けた人物と言えども、この状況では多勢に無勢だろう。
勝負あった、というところか。
「……なるほど、面白い」
肩の矢を引き抜きながら、シュウさんはニヤリと笑う。何故? 彼は確実に追い詰められているはずだ。それなのに……。
そのとき、パン、と乾いた音が響いた。
ほぼ同時に、後ろで呻き声と、倒れる音。
驚いて振り返ったとき、そこには太ももの辺りを押さえて苦悶の表情を浮かべるセリアが。
そして、シュウさんの着物には不自然な穴が開き、そこから白煙が立ち昇っていた。
「セリアッ!」
僕は反射的に名を叫び、駆け寄っていた。隙だらけだがそんなことを気にする余裕など全くなかった。
「ううっ……」
彼女が押さえている足からは、どくどくと血が溢れ出ている。そっと手を除けると、そこにはぽっかりと丸い穴が空いていた。
「貴様……!」
フドウさんが、怒りの眼差しをシュウさんへ向ける。彼はそんな視線を浴びながらも未だ笑い続けていた。それが……憎らしくて堪らなくなる。
「――ハイリカバー!」
覚えている中で一番効果のある回復魔法を使う。愈術士のスキルは少ない方だったが、中級スキルでもセリアの傷は綺麗に塞がっていった。彼女の苦悶の表情もだんだん和らいでいく。
ただ、多量の血を失ったためだろう、顔色はすっかり青白くなってしまっていた。立つこともままならなさそうだ。
「……ごめん」
「違うわよ、ちょっと油断しちゃっただけ。……私こそごめん」
「ううん、いいんだ」
あんな不意打ちを、見切るというのは至難の業だ。
まさか、油断したところで懐に忍ばせた銃を撃ってくるなんて。
「最初から、勇者殿には勝てぬだろうと思っておったよ。このままでは、な」
「このままでは……?」
不穏な台詞を口にして、シュウさんはゆらりと立ち上がる。その妙な威圧感に、隙だらけだとは思いつつ、僕もフドウさんも攻撃を仕掛けることができなかった。
シュウさんが、懐から何かを取り出した。セリアを撃った銃だと思ったのだが、手に持っていたのは銃ではなく、細長いものだった。目を凝らしてみると、それは注射器のように見えた。
――注射器。
「ま、まさかそれは……!」
「ほう……勇者殿は知っているようだ」
マギアルでのおぞましき記憶が蘇ってくる。
注射器の中に入った血のような赤黒い液体。あれはきっと、ジョイ=マドックが使っていた悪しき薬品……!
「待つのだ!」
フドウさんもその薬品が危険なものだと感じ取ったのだろう、慌てた様子で叫んだ。しかし、それで相手が待ってくれるはずもない。シュウさんはあっさりと注射器を左腕に刺すと、恐ろしい色をした薬品を自らの体内に注入していった。
「……ははは」
変化はすぐに表れた。
シュウさんの体は見る見るうちに膨らんでいき、皮膚が悪魔のような漆黒に染まっていく。ただでさえ鍛え上げられた肉体は人間の限界を超えた異形に変化し、踏みしめた床はミシミシと音を立てひび割れた。
「これが悪しき力の効力か……」
「シュウ殿……貴様、何をした!?」
「そうだな。簡単に言えば、魔物たちの根源たる力をこの身に取り込んだのだ」
やはり彼は、ジョイ=マドックが使ったのと同じ薬品を注入したようだ。だが、彼は一体どこからそれを入手したというのだろう。
裏の繋がりとしては、ライン帝国しかなさそうだが……だとすれば、マギアルでジョイが行っていた研究のクライアントもまた、ライン帝国の人間という可能性が高い。こうして魔道兵器の製造をさせているところからしても、怪しさは確かにあった。
「フドウさん、僕たちはあれを見たことがあります。『悪しき力』を抽出し、一時的に魔物のような力を手に入れる薬……それがシュウさんの使ったものの正体です」
「そのような恐ろしい薬が存在するというのか……信じられぬが、実際に奴はあのような姿になってしまっているのだな……」
「ええ。……どこから手に入れたのか、倒して聞き出したいところです」
「うぬ。ここからが正念場でござる」
与えた傷は、魔物化によって完治しているようだ。アドバンテージは完全に無くなり、そればかりか形勢はかなり不利になった。セリアの支援も期待できないし、厳しい戦いになりそうだ。
だが……魔物化の弱点は既に把握している。
「注射を打った部分が急所です、そこを狙いましょう!」
「承知した!」
僕とフドウさんは左右に分かれ、ヒトの姿を失ったシュウ=スイジンに向かって駆けていった。
「――交破斬」
シュウの刀から、力強い一撃が放たれる。斬撃の大きさが倍化しており、直撃すればただでは済まないことが容易に理解できた。救いなのは、肉体が無理な変化を遂げたせいでスピードが落ちていることくらいか。
補助魔法により速度を上昇させ、交破斬を避けていく。向かい側では、フドウさんも軽やかに飛び上がって回避していた。
「――無影連斬!」
僕とフドウさんで、左右から同時にスキルを発動する。刃が肉に食い込む感触は確実にあったが、鋼のように強化された肉体には深い傷をつけることができなかった。シュウは嘲笑を続けながら巨腕を振るい、僕たちを払い飛ばす。
「くっ!」
最早あの体全てが武器のようなものだ。全力で殴られたら潰されてしまいかねないな。
「拙者が何としてでも隙を作ってみせよう」
「……お願いします!」
フドウさんの真剣な目と声色に、僕は委ねることにした。一瞬でも無防備な場面ができれば、急所に一撃を叩きこむことは可能なはずだ。そのためのスキルならば幾つかある。
「――迅」
「ほう……?」
フドウさんが発動したのは、武術士の第三スキルだった。反射神経を高めるカウンター用のスキルだ。僕は普段からよく他のスキルと併用しているが、それはコレクトによって他職のスキルを収集しているから。フドウさんは剣術士が適正なので、他職の第三スキルを使えるというのは凄いことのはずだ。
「ふっ」
素早い体捌きで、フドウさんはシュウの背後に回り込む。僅かに遅れて彼が振り向いたとき、そこにはもう振り上げられる刀が。
「ぬう……!」
鋭い一太刀が入ったが、やはり傷は浅い。しかしフドウさんは気にも留めず、更に速度を増していく。純粋にスピードが上がっているというより、動きのムダを極限まで減らしているような感じだ。
「ちょこまかと――光円陣!」
流石に苛立ったシュウは、範囲スキルでフドウさんを吹き飛ばそうとする。その陣が当たるよりも前にフドウさんは自ら一歩退き、体を深く沈めて突進の構えをとった。
「――剛牙穿!」
突き出された刃が光円陣を破る。だが、陣の中にいたシュウには当たらない。流水刃を発動させて、かろうじて躱したようだ。今度は逆に、フドウさんに隙が生まれてしまう。僕は慌ててフォローに入った。
「――パワーショット!」
まだダブリングの効果時間が残っていたらしく、矢は二重になってシュウの喉元へ放たれる。それをすぐさま察知した彼は、攻撃の動作を解いて矢の対処を優先させた。
「かたじけない!」
「気にしないでください!」
フドウさんは、突進した状態からくるりと身を翻らせ、後退しながら刀を振るう。
「――大牙閃撃」
二対の斬撃が至近距離からシュウに襲い掛かった。一つは刀で防いだが、もう一つは防ぎ損ない、肩口を裂く。黒ずんだ血が噴き出たものの、どうしても決定的な傷は負わせられないようだ。
それでも、フドウさんは攻撃の手を緩めない。
「――崩魔尽!」
怒涛の連続攻撃。しかし、シュウも全く同じスキルを発動したようで、二人の刃が目にも止まらぬ速度でぶつかり合い、無数の火花が散っていく。
「ぐぅっ!」
「ふん、甘いわ」
速度の代わりに、一撃が重くなったシュウの刃に圧し負けて、フドウさんの胸が斬り裂かれた。間一髪で体を逸らせたおかげで致命傷は避けられたようだが、傷口は広く、絶え間なく血が流れ続ける。
「フドウさん!」
「まだだ!」
駆け寄ろうとした僕に待ったをかけ、フドウさんは尚も攻撃を続けた。全ては、ただ一度の隙を作るため。そこから先を僕に託すため、命を懸けて刀を振るってくれている。
なら、僕は託された一撃を必ず決めるために、集中しておくほかない。
「――無影連、」
「死ね!」
スキルを放とうとした刹那、刀を左手に持ち替えたシュウがその巨大な拳を突き上げて、フドウさんを殴りつけた。とてつもない衝撃音がして、フドウさんの体は易々と宙に浮かぶ。
「フドウさん――!」
負けた、と思った。助太刀に入るべきだった、と。打ち上げられたフドウさんの姿に、僕は激しい後悔の念に襲われる。
――けれども、そんな後悔は無用だったのだ。
「――剛」
「何……?」
強烈な一発を食らったはずのフドウさんが、空中でニヤリと笑った。そして刀をしっかり握り込むと、天井を足で蹴って勢いよく落下していった。
「食らえ――地竜鳴動!」
まるで矢のように垂直落下したフドウさんは、その勢いのまま地面に刀を突き立てる。その瞬間、剣術士の第十スキル――地竜鳴動が発動し、シュウの周りの地面が轟音とともに隆起を始めた。
「ぬおっ……!?」
「今だ、トウマ殿!」
それはまさに岩の檻。彼の周囲に何本も柱上の岩が出来上がり、身動きを困難にした。シュウは戸惑いながら、その岩を破壊しようと試みるも、両腕を挟むように発生した岩もあるせいで、上手くいかない様子だった。
さあ、チャンスはこの瞬間しかない。
動きを止めた、ほんの小さな的に向かって、弓を引き絞る。
限られた時間の中で、それでも冷静に、息を整えて、僕は――矢を放つ。
「――スナイピング」
吸い込まれるように、撃ち放った矢はシュウの注射痕を直撃した。突き刺さった瞬間、シュウは凄まじい悲鳴を上げながら地面にくずおれた。
「ぐおおおぉぉッ……!」
どす黒い血が噴き出し、地面を汚していく。しばらく悶絶していたシュウは、ゆっくりと魔物の姿から人間の姿へと戻っていった。
もう、戦う力は残っていないだろう。
強敵だったが……僕たちの勝利だ。
「フドウさん、大丈夫ですか!」
「うぬ……何とかな。しかし、見事な一撃だった」
「はは……フドウさんがあんなに大きな隙を作ってくれたおかげです」
言いながら、僕は彼にリカバーを施す。胸の傷は柔らかな光に包まれて塞がっていった。また、かたじけないと感謝の言葉をもらう。
「二人とも、お疲れ様。先にリタイアしちゃってごめんねー」
物陰からセリアも出てきた。シュウに撃たれた部分にはまだ手が添えられていたが、立ち上がれるまでには回復しているようだ。……本当に良かった。
「これで勝負はついた。あとは、まだ話していないことを洗いざらい、打ち明けてもらうだけでござるな」
「ええ、そうですね」
ジョイ=マドックのときは、傷が深かったことや魔物化に肉体が耐え切れなかったせいで死に至ってしまったが、彼の場合はそこまで酷い状態になっていないようだ。暴れられたら困るので、回復魔法は使わないでおくけれど、命の危険はないだろう。
こんな状態の彼に尋問のようなことをするのは多少気が引けるが、聞き出したいことはまだある。全てを語ってもらうことにしよう。
彼が築いてきた罪の全てを。
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