13.暴かれる闇


 ギイイ……と軋んだ音を立てて、扉は開かれていった。

 その先に待っていた光景は、異世界転移してきた僕が言うのもなんだが――まるで別の世界のようだった。


「こ、これは……」


 例を挙げるならば、そこはマギアルの地下研究施設のよう。

 金属質の壁に、乱雑に設置された機械の数々。

 点々と取り付けられているのは、青白い光を放つ電灯――。


「よもやリューズの山中にこのような施設が作られているとはな……」

「ここで何かを研究しているんでしょうか……?」

「うぬ……そのように思えるが」


 だとしたら、その対象は一体何なのだろう。まさか、ジョイ=マドックが行っていたような、魔物や人間を使った非道なる実験ではないだろうな。

 今のところ、人気はない。シュウ=スイジンもキリカさんも、別の場所にいるようだ。僕たちはなるべく音を殺して施設の奥へ進んでいく。

 マギアルにあったような培養装置は一つもない。代わりに、炉や作業台といった何かを製造するための設備が複数台置かれている。


「……これ、もしかして」


 僕は、作業台の上に放置されていたそれを手に取ってみる。ずしりと重く、冷たい肌触り。人差し指がちょうど引き金の部分にくる。


「……銃のようだな」


 フドウさんが近づいてきて、銃をしげしげと見つめる。その最中、あることに気づいたようで、


「ただの銃ではないようでござる」

「ただの銃じゃない?」


 その意味が掴めず、僕は思わず聞き返してしまう。


「通常はシリンダーなど、弾を入れる部分があるものだが、見る限りこの銃には弾が入っていない。その代わりに奇妙な装置が取り付けられているようだ」

「どういう装置なんでしょう?」

「……魔導兵器」

「え?」


 魔導兵器。フドウさんの口から発せられたその禍々しいワード。名前からして、それは魔法をエネルギーとした兵器ということになるが。


「……そうか。繋がっているのは恐らくあちらの国でござるな」

「フドウさん、分かるんですか?」

「うぬ。ギルドの端くれとして、ある程度の世界史は頭に入っておる。魔導兵器とは……約二十年前、ライン帝国で開発された代物だ」

「ライン……!」


 と言うことは、シュウ=スイジンはライン帝国の誰か、或いはどこかと協力してこの施設を作り上げたということになる。

 魔導兵器の製造。その需要は決してリューズ国内のものではないだろう。ここで作られた兵器の行く先は、ライン帝国だ。

 シュウ=スイジンはライン帝国に兵器を流すことによって利益を得ている。それだけでなく、ある程度の地位も確立できているはずだ。

 リューズの首都の山深く。こんな場所に、これほど深い闇が眠っているとは……。


「鼠が入り込んだと思えば……おやおや」


 闇の向こうから声が響いた。この声は間違いなく、シュウ=スイジンのものだ。

 部屋の奥に扉があり、彼はそこから出てきたところだった。


「勇者殿に……ギルドのフドウ君ではないか。ここはスイジン家の私有地なのでな、勝手に侵入されては困るのだが」

「シュウ殿。ここを私有地と認めることがどれほど罪深きことか、よもや分からぬわけではあるまいな?」

「罪深き……? それはそちらの解釈でしかないだろう」

「何?」


 シュウさんは悪びれる様子もなく切り返す。


「私はリューズの未来を憂いている。魔皇だけでも毎度深刻な事態を招いているというのに、排他的な環境のせいで発展は遅れ、諸外国……特にライン帝国からは資源確保のために戦争を仕掛けられるほど軟弱な国なのだ」

「確かに、そういう歴史があることは事実でござる。だが世界大戦が集結してから百余年、戦争は起きていないし、数十年前には国際法も制定された。昔とは状況が違う」

「果たしてそうかな? 貴殿の言葉が正しいとすれば、今ここにある兵器は何を目的としている?」

「……まさか」


 魔物と戦うための武器だと白々しく答えることもできるだろう。しかし、シュウさんの言わんとしていることは明白で、それを信じてしまいそうな疑念も十分にあった。


「ライン帝国は今も淡々と狙っているのだよ。世界一の座をな」

「この平和が保たれた時代に、そんなこと……」

「事実なのだから仕方がない。この大量の魔導兵器は、ライン帝国の軍備強化のため製造されているのだ」


 ライン帝国の軍隊に配備するための武器。シュウさんは、そんな危険な物を製造し続けているのだ。この隠された施設で、現在進行形で……。

 さっきフドウさんと戦ったトウゴさんの言葉が蘇る。

 シュウさんが狙っているのはリューズでの地位だけじゃない……。


「なるほどな。過去の歴史からも読み取れるが、リューズはライン帝国にとって簡単に服従させられる国と考えられている。そのライン帝国に支配されるよりも前に、むしろ手を組むことで道を切り開こう……ということでござるな」

「流石はフドウ殿だ、理解が早い。政を担う上では、そういった駆け引きも非常に重要なことなのだよ」


 駆け引きとシュウさんは言うが、考えようによっては国を売ったととらえる国民もいるだろう。彼がやっているのは政策とは呼べない。その権力を使い勝手なことばかりするのであれば、それは単なる独裁、いや背信だ。


「何ということを……」

「ふん。私は形だけの平和を信じ込んでいるような者たちとは違う。真にリューズを思い、憂い、こうして着々と計画を進めてきたのだ」

「そのために、どれだけのものを犠牲にした。そして……これからしていくつもりなのだ」

「歴史は常に犠牲の上に成り立っているではないか」


 シュウさんはそう吐き捨て、嘲るように笑った。


「私の父もまた、その犠牲の一人だ」

「シュウ殿の、父上……?」

「そう、二十数年前に亡くなった父だ。当時、父の死は単なる老衰として処理されたが……そうではなかった。父はライン帝国の暗殺者によって葬られたのだ」

「な……」


 ライン帝国は、そんなに昔からスイジン家と接点を持っていたのだ。それも、当時の当主を暗殺するという大事件で。

 しかし、それが老衰で処理されたというのは……。


「……お前たちは、オーパーツという言葉を聞いたことがあるかね」

「それは……」


 聞き覚えのある言葉だ。グランドブリッジで遭遇した事件で、僕たちはそのワードを聞き、そして現物も目にした。オーパーツとは恐らく、僕が元いた世界からやって来たのであろう科学的な機械器具のこと。あのときは、カメラがオーパーツであり、それをウィーンズ盗賊団が盗んでいった……。


「天よりもたらされし奇跡の道具と形容されることすらある、現代の技術では作り得ない装置のことだ。父が生きていた時代、リューズにはこのオーパーツが出現した。それはちょうど、この魔道兵器の原型とも呼べる銃だった」

「それが、きっかけだったと」


 フドウさんが問う。


「そうだ。トウスイ家とスイジン家は当時、オーパーツについて秘匿することとし、森の奥深くにある社へ納めたのだが、どこかでその事実が漏れたのか、ライン帝国がそれを求めて極秘裏にスイジン家を訪ねてきた。父はオーパーツを帝国に渡すことに抵抗があったようだが、私はむしろそれを転機だと思っていた」

「……待て。シュウ殿、それは……」

「私は次期当主であり、真正面から父に反抗することはなかった。ただ、オーパーツの場所だけは聞いていたのでな。家を訪ねて来ていた帝国の者に、オーパーツの在り処を告げることにした……」


 恐るべき事実だった。シュウさんはそのとき既にライン帝国との繋がりを築いていたのだ。しかも、その過程で父親を裏切り、暗殺者によって殺されたことを隠匿した……。


「酷い……あなたは家族を何とも思っていないの?」


 罪深き暴露に耐え切れなくなって、セリアが口を挟んだ。僕も彼女のように、批難の言葉が喉元まで出かけていたが、こういうときはいつも彼女の方が早い。


「そうではない。時には家族という小さな枠組みよりも重要なものがあるということだ。私はスイジン家の長であり、この国を治める大きな義務があるのだから」

「犠牲の上に、か……貴殿の考えは良く分かった。しかし、残念ながらその考えに納得できる者はそう多くないだろう」

「少なくとも、この場にいる私たちは全員反対です」

「生贄のことだって、国民の恐れがそれを選ばせただけだと僕は思います。統治者がもっと良い道を示したなら、人々は必ず付いて行くはずだ」


 勇者がやって来て魔皇を討ち滅ぼそうとするならば。皆がそこに希望を託してくれるはずだ。

 それでもあえて生贄を差し出そうとはしないだろう。

 帝国との繋がりも、肯定するものはほとんどいないに違いない。

 きっとシュウさんも、それを分かっているからこそ事実をひた隠しにしてきたのだ。


「シュウ殿。我々はキリカ殿を救出しに来た。彼女はこの先の部屋でござるな?」

「答えることはできんな」

「彼女を生贄になんかさせないわ。私たちが必ず、彼女を助ける!」

「……お主ら部外者は黙っていてもらいたいが」


 シュウさんはそう言いながら、腰に差した刀を抜き放つ。

 ここからは、穏便にとはいかないようだ。

 リューズの権力者と刃を交えるというのは畏れ多いけれど。

 生贄も、兵器の開発も。見逃すわけにはいかない所業だ。


「勇者と言えど只の人間。悪いが、リューズの未来のために消えてもらう。安心せよ、じきに次の勇者が現れることだろう」

「……目の前の人を救えずに、消えるわけにはいきません」


 僕たちも武器をとる。青い光が照らす研究施設の中で、互いに睨み合う。


「フドウさん、いけますか」

「フ。如何に統治者と言えど、最早地に落ちたも同然だ。……斬ることに躊躇いはないでござる」


 それに、と彼は続ける。


「我がギルドの友を傷つけたこと、それも許せぬ」

「……そうですね!」


 戦いが――始まる。


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